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真実ノ英雄譚  作者: Black
第壱章 日常ガ知ラナイ日常
10/12

第九話 『告げる者』

 〇 〇 〇 〇 〇


 あの少年はいつも独りだった。


 小さい頃よく遊んだ。少女はその子といるととても元気が出るというのが一番の理由だった。

 もちろん出会ったばかりの頃なんか見向きもしなかった。いつも一人で何かをしている。周りも気持ち悪がっていたし、そういう人種なのかと思い込んでいた。




 ある日のこと。もういないお父さんの形見の指輪を少女はなくしてしまった。周りの子は大丈夫と励ましてくれたがそんなのは頭に入ってこなかった。


 なくしてしまった。やってしまった。どうしよう。


 大声で(わめ)いたのを覚えている。その日が人生で一番泣いたと思うから。

 幼稚園の先生達と友達で日が暮れるまで一生懸命探した。

 しかし、どこにも無い。行き場の無い気持ちが少女を余計に痛みを与えた。


 お母さんになんて言えばいいのだろう。写真のお父さんにごめんなさいと謝っても許されるものじゃない。

 声を殺し下を向きながら歩く度、少女の後ろに雨の跡が出来ていた。


 手で拭き取ってもすぐ溜まってしまう。

 最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最あ、




「ねぇ、君!」




 話しかけられているということすら気付かず、何秒か反応が遅れる。

 …いつも一人で何かしているあいつだった。


「………ぐすっ、……な、…なに」

「君、なくし物したんでしょ?」

「うん……、ひっ……でも見つからなくて………ぐす、見つからなくて…もう帰るのよ」


 目の前の少年から唐突にグーを突きつけられる。殴られると思い、少女は咄嗟に目をぎゅっと閉じた。


「…っ!!」


 しかしそれは少女の方へぶつかることは無く、正面で止まっていた。

 そして、だんだんと握っていた指の力が緩められていく。その掌の影に隠れていたものが姿を現した。


「指輪って言ってたし…多分、これかな?」


 少女が諦めていたものが、目の前にあった。


「え…これだ………!!!こ、これどこにあったの!!?」

「俺もよく覚えてないや。探すのに必死だったから、ははは」


 よく見ると泥だらけだった。腕や足などは擦り傷ばっかでそのくせ、指輪だけ汚れ一つない。

 そういえば皆が探すのを手伝っている間、姿が見えなかった。


 まさか…、一人で探していた…?


「これ…私のために…?今まで一人で…??」

「だって、父ちゃんの大事な形見なんだろ?だったら、探さなきゃだろ」

「…!」


 例え理由がそれでも、ここまでボロボロになってまでするのだろうか。

 嬉しくて、嬉しくて。静かに指輪を受け取った。


「ありがと…ぐす、ありがとう……ありがとう」

「おう!よかったな!!」


 鼻の下を人差し指で照れくさそうに(こす)る。なぜか、少女よりもとても嬉しそうだった。

 すると、泥んこの男の子は何か思い出したようで、


「あっ!今日は早く帰んなきゃ行けないのに…やっちゃった!急いで帰んなきゃ」


 気付いた頃にはだいぶ遠くへ行っていた。さらに少年の背中が小さくなっていく。

 待って。お願い。まだ、行かないで。待って…。



「待って!!!!」



 後ろを向き、ダッシュで帰ろうとしていた所を止めた。


「うん、何?」


 知りたい。こんな恩人に対して、知っていないのは少女自身が許さなかったから。


「あなた、名前は!?!」


 彼は日が隠れ、暗さが侵食を始めている空に向かって思い切り手を突き上げた。

 その後、親指を外へ出し少女の方へ向けて、



「俺の名前は…!!!!」







 次の日から彼をよく見るようになった。たまに遊ぼうと声をかけたり、一緒にお昼も食べるようになった。

 近くにいるようになって、ようやく理解した。彼は一人でいるのではなく、困った人に片っ端から手を伸ばし助けていたのを。


 それで例え傷ついたり失敗しようとも、自分を曲げず、転んでも立ちあがり、泥まみれになっても必ず無邪気な笑顔で返答する。

 当時の私には衝撃だった。大切なものすら諦め泣いてしまう少女よりも、明らかに本物だったから。




 その大きすぎる背中にとてつもない夢を見た。こんな風に強くなりたいと。




 一緒にいればいるほどその在り方が凄まじいものなんだと体感した。勿論、本人は直接語ってはいない。しかし、どれほどの決意と覚悟を持って一歩一歩を踏み出しているのかなんてのはすぐに分かった。

 子供の頃だ、難しい言葉は知らない。

 ただ真っ直ぐと何処かを見据えているような、そんな目がとても好きだった。

 少年の強さを刻む度、自然と感情は強まっていった。



 しかし、周囲の評価はとても辛辣なものだった。何故認められないのか首を(かし)げる程に。

 だが、少女はあっち側の人間だった事に気付くと、すぐに察した。

 助けられなければ、絶対に分からないのだと。


 しかし、あの少年も無垢な夢を追う一人の子供だ。それを全面的に拒否するなんていうのは、作りかけの創作物を破片になるほど粉々に壊すかのような非道さに等しい。

 そんなものが正当化されていいはずがない。他とは違うからといい、潰れていいはずなんてない。


 だから、彼の横を歩いた。不毛さを投げつけられたのならば声を出して笑い飛ばし、目が合った時には今出来る最高を渡した。

 これは決して、作りではない。心の底から生まれたもの。



 このおかげで、本当の意味の『笑顔』を知った。



 そして、途端に彼は変わった。楽しい夢から覚め、生き甲斐(かい)を落としてしまった人間を私は見た。


 今度は彼が作り笑いをするようになった。

 その時、きゅっと胸が締め付けられた。下唇を噛み、その苦しさをただ我慢しなければ水が頬を伝いそうで。


 けれど、彼は私を変えてくれた人。一人でびくびく震えていた所に手を差し伸べ、笑うことを教えてくれた私の大切な人。



「なら、今度は私が手を差し伸べる番だ」



 迷える人を救うなどそんな上から物を言ってるのではい。義務感や使命感でもない。私がすることは、いつも通り隣で微笑む事。

 着飾った特別なことなど要らない。

 それで今の私と出会うことが出来たから。




 …誠が私にしてくれた事を私もしようと、覚悟を決めた。





 〇 〇 〇 〇 〇





 今、この場には似合わない情景が脳裏に()ぎった。

 胸に引っかかっていたモノが外れた気がした。


(そっか…)


 朝に感じたあれは、やっぱり間違っていなかった。昔に戻ったような感覚に襲われたから。


 いや、きっと前よりも…。


 身の危険よりも、彼が腐った何処かから生還を果たした事の喜びで目を熱くさせた。

 恩人であり、目標であり、象徴であり、尊敬そのものであった。



 そう、私はこの在り方を目指したのだ。



 あの頃よりもずっとずっと(たくま)しく成長して……。




 …この顔が私を救ってくれたんだから。







「おかえり、………誠」



「あぁ、ごめん。遅くなっちまった」

















 誠はただひたすらに見つめる。力強い笑顔なのに日光が反射して目元が白く光っている。

 …目立った外傷は無い。会話も可能だ。

 無事を確認すると、自然に息が漏れた。


 しかし鈴華も自分のことなど気にも止めず、当たり前の疑問をぶつけた。


「それと、誠…その力…」


 その時、後ろでザリッとコンクリートを靴で擦る音を複数聞き取った。あの速さならすぐには来れないとは思うが、かといい余裕があるという訳でもない。

 誠は優しく微笑みながら鈴華を見つめた。


「ごめんな。今は時間が無いからその話は後でちゃんと説明する」


 左手で不安を払うように鈴華の髪の毛に触れる。

 左右へ動かす度、(つや)のある綺麗な一本一本が柔らかさと温かさを魅せ、掌を陣取った。


 そして眼球だけを動かし、四人組を背中で睨みつける。




「すぐに終わらせる」




 鈴華を背に、倒さねばならない相手をしっかりと目に収め、威嚇する。

 身を(かが)め、相手の攻撃に対応出来るような体勢をとる。ペンダントを握りしめる力は徐々に強まっていくが、光が結束していくのは下半身。



 そして、跳躍。



 弾丸のように飛び向かう事はそのままぶつかるだけで十分な凶器となる。

 しかし、これは攻撃では無い。あくまでも移動の一つに過ぎない。

 それに殴るという絶対的な裁定が加わることにより、誠の必殺が完成する。


 だが、今回は大振りではいけない。理由は簡単、多数対一のために次を考えなければいけないこと。

 そして目的は行動不能か気を失わせればいいのだ。

 だからこそコンパクトに、しかし威力は殺さない。



 強く固めた誠の右手は一人の男性の腹に直撃した。


「っ…………………!!!!?!?」


 加減されてるとはいえ、コンクリートなぞ簡単に穴を開ける攻撃をモロに食らった男は地面を跳ねながら五〜十メートル投げ出される。

 痙攣(けいれん)していたが、意識を失ったようでそれは止まった。


 誠はその一部始終を見届けると、その脇や背後にいる三人の男を再び睨みつける。


 行動は冷静を装っているのに、感情と表情は炎で猛っていた。

 それを三人は視認してしまったのだ。誠の放つ圧に怖気付き、自然に一歩を引いてしまう。


「俺はどうなってもいいんだ」


 ただ、と言い捨てるように小声が響く。

 瞬間、握りしめる光は更に肥大化された物になる。それと連動するかのように、垂れていたチェーンがビリビリと震えた。


「鈴に手出すなよ」


 その言葉が第二ラウンドの合図となった。

 先程まで冷や汗が滲み出ていた相手は前傾姿勢となり舌を外へ出し向かって来た。正気では無いことは一目瞭然。

 一人倒せたからと油断はせず、一体一をひたすらに心がけ、囲まれない事を最優先に、常に冷静を維持しろ。



 相手の一人は走りながら喉元を目掛けて両手を伸ばしてくる。対して誠は左で相手の左手を掴み、思い切り横へ引く。

 意図しない勢いが相手にかかり、前のめりに倒れかける。

 そう、


 右手で殴るにはちょうどいい位置に顔が移動してきたのだ。


 誠の目の前にもう人はいなかった。飛ばされた男がコンクリートの壁に頭からぶつかり、気絶しているのが目の端に映った。


「あと二人」


 今度は誠から一歩を踏み出す。まるで標準を定め、逃がさないとでも言うように。


 残りの二人は奇声を発しながら距離を縮めてきた。声をあげたのは力を入れるためという訳ではなく、やけくそになっているという方が適切だった。



 自然と、誠の足は動いていた。



 二人の空いた隙間に誠は音もなくいた。






 驚愕という言葉が数秒相手二人の世界を止める。

 誠はこの間両手にひたすら光を溜め続けていた。


 蒼く光を強く放つ毎、甲高い独特な振動が起こり、その音を耳が拾う。

 その音で後ろにいるのだと二人は初めて理解した。


 しかし気付くにはあまりにも遅く、怠惰だった。


 蒼光は振り返りざまの顔を鷲掴みにし、そのまま土より硬い地面に叩きつけた。

 その反動で数センチ体が浮き、再度その体は地と接触する。

 軽い脳震盪(のうしんとう)のおかげで立ち上がることは無かった。




 静かに誠は空を見上げる。そばには勝利があった。




 ふぅ…、と一息つくと学生服を全体的に軽くはたく。

 静寂が唐突にこの場を牛耳(ぎゅうじ)る中、誠は鈴華の元へ戻っていく。

 彼女に近づくほどに光は解かれていき、目の前に立った時、いつもの調子で声をかけた。


「大丈夫か?」

「うん……、へーきだよ」


 その後変な空気が少し漂い、鈴華がふふっと笑う。


「え、なになに!?どっかおかしいとこあるか!?!」

「いやいや、なんでもないよ〜!」

「なんだよそれ!」


 そう言いながらも誠は笑っていた。

 そして、立ち上がろうとする鈴華に手を貸す。



 片方は手を差し伸べられ救われて、もう片方は喜びを彷彿(ほうふつ)とさせた。

 二人を繋げた笑顔で、お互いの手をしっかり掴み彼女は起きる。

 朝方から昼へ移り変わる太陽の動きが二人を際立たせていた。












 その後、誠と鈴華はその場をすぐ立ち去った。

 偶然かもしれないが二度、三度と新手が来ないとも限らないため鈴華の家まで誠が送る形になった。


 その際に語った。昨日の夜について。

 何故、このような力が宿ったのか。香織が無事だった訳、犯人の行方、その他謎の数々。


 鈴華は真剣に話を聞いてくれた。あんなのを見せられては当然かと思うかもしれないが、それでも茶化さなかったのはとても嬉しかった。


「これが俺の昨日体験した出来事だな」

「つまり…誠はリヒトさんって人?から貰ったその力で犯人とあの人たちを倒したってこと、か」

「そうだな。犯人の話については後味悪いけど、香織を守れたことは何よりも安心してるかな」


 静かに相槌をする鈴華。

 少し間を空けて「でもさ、」と浮かぶモヤモヤをぶつける。


「黒スーツの人ってなんで誠と香織ちゃんの名前知ってたんだろうね…」

「あいつは全部『企業秘密だ』の一点張りだったからな。まぁ簡単に情報を漏らさないのは当たり前だろうけど」

「それだけじゃないよ、どうして殺人犯と繋がってるのかがまるで見えてこないし」

「そうなんだよな。本当に、どうなってんだ…」


 気味悪く感じるのは、接点が不明だから。あの時、『仕事仲間』とは言っていたが、では何故共に行動しているのか。目指しているものがとても同じようには見えなかった。

 あの時の記憶を奥底から蘇らせたせいか、要らないことまで思い出し首を思いきり左右に降った。


「もしかすると、さ」


 鈴華は人差し指と親指に自身の顎を置く。その眼差しはとても他人行儀で語ってはいないような、そんな気がした。



「この街で起こってることって、私達が考えてるよりもとても危ない事なんじゃないかな…」



 歩が止まった。凍え固まった。

 誠も薄々その結論に達していた。安直に考えたくなかったから奥にしまっていた。

 これは単なる連続殺人事件では無い。日本に残り、新聞紙で大々的に取り上げられて終わりでは無いと勘づいていた。


 明確には分からずとも、もっと大きく恐ろしい『何か』が暗闇で(うごめ)いている。


「あれ、誠…?止まってないで一緒に来てってば〜!」


 心配そうに振り返り、小走りで駆け寄ってくる鈴華が瞳に映った。



 もしかしたら、さっきこの何気ない日常も永遠に見ることは叶わなかったかもしれない。



 先程殺されていてもなんら不思議ではなかった。誠の傷が一瞬にして癒えたのは奇跡的だったし、次はあるのだろうか。

 殺人鬼と戦った時もそう。これは偶然が重なっただけの勝利。例えば、適当に積み重ねたらたまたま立っただけの積木のような。


 しかしそれは触れただけで崩れ落ちる脆い城。

 誠はそんな付け焼き刃もいい所の結果だけで満足し、(おご)っていたのだ。


 だから、理論を元にし内部構造を把握した上で、もう一度組み直さなければならない。

 頑丈で完全な勝利を構築しよう。


「誠ってば〜!…って誠?」

「あぁ今度は絶対に」

「まこ……と?」




 全ては平穏な生活を取り戻すために。











 それから、鈴華の家手前まで来た。

 前を歩く鈴華は短い髪を踊らせ、振り返りながら申し訳なさそうに発言する。


「誠、本当に今日はありがとう…。私なんてお礼を言ったらいいか…」

「だから大丈夫だよ。いつも通りなだけで嬉しいから」

「だめ!命助けて貰ったのにそれじゃだめですぅ!!」


 両腕をクロスさせ、バツ印をわざわざ体で表す。顔は風船に負けないくらい膨れていた。

 かと思えば、今度は人差し指をリズムよく突きつけながら迫ってくる。


「こ!ん!ど!何か高い物奢るから!いいね!!?」

「っ…、はぁ…。分かったよ奢ってもらおうかな」

「うん、約束だぞ!!?」


「えへへ、やった」と小さく呟いたのを誠は聴き取れなかった。


「なになになんて言ったの??」

「な、なんでもないからあ!世の中知らなくてもいいことってあるし、ね??」

「それとこれとはまた違う気が…」


 口に溜まった空気が思わず外部へ出る。

 クスッと笑ったのを片手で隠す。

 それに気づいてから、引かれるように鈴華も同じ反応を見せた。


 居心地がいい所の話ではない。むしろ、安らぎさえ覚える今この時。

 だからこそ、失いたくないのだ。


「鈴、俺そろそろ帰るわ」

「ここまでわざわざごめん…」

「いやいや、いいってことよ。それよりも手首まだ痛みとか続くか?」

「もう大丈夫かな。なんともないよ!」

「ほんとに、よかった」


 鈴華は後ろで手を組み、手中を遊ばせていた。

 脱力していた掌に力を込め、ゆっくりと二つを遠ざけ、手を振る。


「それじゃあ気をつけてね」

「あぁ、ありがと」


 誠も手を振り、さよならを送る。


 両手をそっとポケットに入れる。左は慣れない材質の空洞しかなかったが、右は宝石と触れる。

 誠の肌と接していたため、微妙に温かい。それを強く閉じこめた。


 幼馴染に背を向け、帰路に着く。誠の靴が地を蹴る度、コツッという気持ちのいい音が跳ね返り、自宅までへの道を示してくれる。





 そして、重なる音が一つ。
















 その後誠は自宅へ到着し、ドアノブを捻りながら四月の少し肌寒い風と共に玄関に入る。

 両親は帰ってきてるのではと少し期待したが、ただいまの返事がない事から居ないことを確認し肩を落とした。


 毎日行ってきた日課のように二階の自室で部屋着に着替える。それから、ペンダントを机にそっと置く。


 とりあえずすることも無いので、換気がてら窓を開けた。

 自室にある妙に気だるい空気が逃げていくような気がして、ほんの少し気分が良くなった。

 その後机と対面し、肘をついて特にこういった表情を出さず、明後日の方向を凝視していた。



 自然と身に付いた不思議な力について考えていた。



(多分、光を出すには何かしらの『きっかけ』が必要なんだ。今日もただ出そうと意識しても何も起こらなかった。またああいう相手が出てきて「出ませんでした」じゃ間違いなくやられる。ペンダントに、何をすれば…)


 予測と妄想だけがただ散らかっていく。


 途中式までは完成している。誠なりの答えも出せた。

 しかし、模範解答がない。でなければ回答と照らし合わせることが出来ない。

 モヤモヤは時期に形を変える。


『きっかけ』が不明である以上、下手な行動はできない。それで今日のように傷つくのであれば自滅行為にほかならない。


「はぁ……」


 頭を抱えながらため息をつく。

 そのまま机に突っ伏し、やり場の無い声を籠らせ続けた。

 誠の声だけが寂しく室内に響き渡る。


 意味の無いことだと放棄し、机からベットに移動しようかと考え出したその時だった。




『お困りですか?』




 反射的にガッ!と勢いよく体を起こした。誠自身すら予期せぬ行動というのもあったが、どこからか聞こえる声に驚いたというのもあった。

 心臓が活発に動く。落ち着かない呼吸のまま、ある一点をじっと見つめ続けた。


「ペ、ペンダント…から?」


 右手を伸ばす。

 あの声は聞いたことのある声。間違えるはずなどない。知らず知らずの内に腕に力が入っていた。

 そして、


『はい、その通りです』

「や、やっぱり!リヒトさんなのか!?」

『えぇ。誠様と私を繋げる力が更に強まったおかげで、ようやく話せるようになりました』


 あの光を誠が自力で発動したと同時に二人(と呼んで良いのだろうか)を繋げる力というのが一気に高まり、会話が可能なくらいに引き上げられたとの事。

 それが実現できたのは昨日リヒトがペンダントに手をかざし、何かを唱えたからだという。

 あの世界だけでしか意思疎通が出来ないのは不便だからだと、リヒトは話した。


 そこから誠もさっき悩みに悩んでいた出来事を話した。

『蒼い光の発動条件』である。

 小さく息を吸い込むリヒトの声がペンダントから聞こえた。


『誠様の能力、いやこれはこのような境遇に身を置いている方全てに共通することですが、ある「想い」や「行動」が鍵となるようです』

「ある、『想い』や『行動』…?って……?!!」

『例えば、強く(こころざし)高く考えていたり、心の中心で絶対に譲れないものなど、です。行動に関しては、扱い主の心情に比例した何か、ですね』


 心当たりがないはずが無い。むしろ考えてる事は同じだった。


『万人を救う英雄になりたい』。


「そ、そっか…やっぱり」

『なるほど、それで先程からあのようなお声を出されていたのですね』

「え、さっきの聞こえてたの…?」


 誠の頬が少しだけ赤くなる。いつしかの立場が逆になり、今度はそれを払うように咳払いした。


「リヒトさん。そういえば他にも聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

『えぇ、答えられる範囲ならばいくらでも』


 ごくりと音が聞こえるくらい唾を飲み込む。鈴華に言われた事を思い出しながら言葉という形にした。


「リヒトさんが戦ってる相手って、俺が戦ってる相手って、誰なんだ…?」


 少しの間無言が二人を包む。

 しばらくしてリヒトはゆっくりと話し始めた。


『私は天使です。先日それはお伝えしましたよね?では、誠様は天使と対になる存在といえば何をご想像しますか?』

「あ、悪魔…?」

『そうです、私達の相手は悪魔。事の発端は現在から何百何千年と前の話に(さかのぼ)ります。当時、天使と悪魔の大規模な戦争が勃発しました。それこそ地球全土を巻き込むくらいの。その戦争の名を「天地戦争」。当然それぐらいのスケールですので、両者とも被害は甚大で大半が戦火に飲まれ命を落としていきました。しかしやはり両者ともに全滅までとは至らず、一部の天使や悪魔は生き残っていました。その中の一体が私です』


 ただ、淡々と語る。悔恨を連ねるように。

 それを誠は黙って聞いているしかなかった。


『我々天使は生きているのも時間の問題。それは悪魔も同様でした。このまま互いに消えていくのだと悟ります。ですが、事は綺麗に収まりませんでした。。それだけならば、私達は消える運命を受け入れました。しかし、逆に悪魔は消えるのを拒んだ』

「消えるのを、拒んだ…?」

『長生きしたかったのか、まだ破壊をもたらしたかったのか。理由は定かではありませんが悪魔は人々の体を借り、存命、延命しようと考えました。ならば我々も消えるだけではいけない。それを、我々は再び阻止しなければならない。あの時を繰り返さないように』

「………」

『これが、真実です。以上が私の、いや私達がこうしている理由です』


 言葉を失った。

 今までの誠は正体が分からない者達と拳を交えていた。

 守らなきゃ。勝つ。それに必死で身を引いて考えるという行為が出来なかった。

 しかし、今この時。敵がいかに強大で凶悪なことか。誠は倒さねばならない相手を知った。

 全身には鳥肌と身震いだけがあった。


 それもそうだ。どんな力を手に入れようとも、つい昨日の夕方までただの男子高校生だったのだ。

 普通に生きていればあんな風に死にかけることも無く、身を守るための剣を取ることも無い。


 矮小な男子高校生が、凡なる一人の人間として、次元があまりにも遠すぎた。

 本当に、場違いなのである。まるで戦場に手ぶらで歩き回るが如き。

 いや、きっと戦場だろう。これは戦う土俵が天使対悪魔から『呪われる(ひと)』対『救われる(ひと)』になっただけ。そこに生まれるは、純粋な命の駆け引き。


 だからこそ恐怖が誠を襲った。戦闘時は己の使命を(まっと)うする事だけに夢中になれる。それだけで軽くなるというもの。

 冷静な今だからこそその際に感じ取れなかった分も含め、一気に爆発したのだ。


「……………………………………………………ッ」

『…誠様?どうなさいました?』

「あ…、あぁ。す、少し目眩がしただけだから大丈夫…」


 リヒトの一言で漂流していた誠の意識がぐっと引き戻される感覚が確かにあった。

 気付けば呼吸は乱れ、汗が首筋を静かに流れていくのを肌で感じる。

 誠は震えながら息を吐くことしかできない。

 しかしペンダントからは、語り口調から明らかににこやかなトーンへと変わっているのが分かった。


『確かに悲惨なことがありました。ですが、私は安心です』


 それは落ち込んだ人を励ますような、救われた子羊のようなとても朗らかに、心地よく跳ね返るものだった。



『こんなにも他人の事を心配し、心強く勇敢な方が我が主人になったのですから』



 冷たく縮こまっていた固い殻が、適切な温かさを得てじんわりと融解した気がした。


 そうだ。護ると誓ったんだ。それだけは守ると。

 今更怖気付いた所で何も始まらない。

 畏怖のせいにして後戻りなんて絶対にしない。それは己を放棄することになる。

 この男がすることなんて決まっている。

 昔してきたように、笑うんだ。

 胸を張って、笑って、不安や重圧を押し退けて。

 そして、誰かに向かってピースサインを出来るように。


「ははっ…、リヒトさんは全く口が上手いなあ」

『今この場で偽りを吐いても意味は無いですよ』


 一言一言が染み渡っていく。じんわりと広がっていくそれのおかげで落ち着きを取り戻せた。

 それはとても気持ちが良くて、ふとこんな事を言わせる程には。


「ありがとう、リヒトさん」

『こちらこそ。誠様のおかげで今こうして話せている訳ですから』

「ふふっ、お互いに助け合っていいコンビなんじゃない?」

『なのかもしれないですね』


 この温かい雰囲気で二人は顔をほころばせた。誠とリヒトは互いに顔を直接見れはしなかったが、何故か確信していた。

 それはこれからの相棒となる存在を知れたことによる信頼が芽生えたからなのかもしれない。


 しかし、それを退けるように重い自宅のドアの開音が鳴り、聞き慣れた声が誠の耳に届いた。


「ただいまー」


 声の主は香織というのは誠本人が一番先に理解した。

 しかし、それは同時にリヒトとの会話終了の合図となる。


『誰かいらっしゃいましたか?』

「あぁ、俺の妹がね」

『そうですか…。私達のこの会話はおそらくなんの力も持たない人々にも聞こえてしまうでしょう。確かにこのままいけば念話も可能になるでしょうが、まだそこまで至ってはいません』

「妹を混乱させるし巻き込む訳にもいかない…。つまり、会話は一旦中止か」

『そういうことになりますね。それと初めての会話なのであまり長くはもたないというのもありますが』


 仕方の無い事実が少しの沈黙に浸透(しんとう)し、誠の首を縦に動かした。


 誠が迷いを抱える時に現れ、手を差し伸べた天使。

 使いは悲惨な戦争を語った。

 一つの終結が見えかけた。それでもなお続き、その降りかかる火の粉は人へと標的を変える。

 その悲惨さを、その痛酷さを告白され青年は真実を知った。

 そしてそれらを伝えて尚、共に戦おうという宣言。


 リヒトの覚悟が垣間見えた。


 誠は昨日のうちに覚悟なぞとうに決まっている。

 ただ、今日の話といいスケールの壮大さに怖気付いただけ。


 もう迷わないと、そう心に決めた。


 決意ならそこにある。


 ならば他は不要。

 必要なのはその覚悟に応えること。

 多くは語らない。今はこれだけでいい。


「ありがとうリヒトさん。またよろしくね」

『えぇ』


 そういうと、ほんのりと発光していたペンダントは次期に色を失っていった。


 リヒトが前に言っていた経路(パス)を繋げているというのはこういうものなのかと、なんとなく肌で感じる。


 気づいたら右拳に力を入れていた。


 誠は今にも落ちそうなリヒトの命を握り、またリヒトは死にかけた誠に力を与え縛られた鎖を断ち切った。

 そして、互いの誓いを示した。二人の本当の信念をさらけ出せたのであれば、その意志は揺らがぬものとなろう。


 そっと、拳から力を抜いた。

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