一つに重なれ
幼馴染同士の間で恋は発展しない。誰しもがそう口々に言う。
「いやいや、それはねーっしょ」
そんな、人生に定石なんてあったらつまらない。
幼馴染だからといって、そこに友愛しか育まれないだなんて、決め付けることはできないはずだ。
そんな風に、ずっと思ってきた。
「……うーん」
昔から、決められたことには逆らいたくなる性分だった。
「アンタはお兄ちゃんなんだから、妹に先に選ばせてあげなさい」
そう嗜められた後で差し出されたケーキの箱。勿論、妹に見せる前に、モンブランをくすねたのは言うまでもないことだろう。
「ねぇ、私、響くんのこと良いなって思ってるんだよ。
祭くん、幼馴染なんだよね? 仲をとりもってくれないかな」
俺の大好きな店の中でも値が張るプリンを賄賂に俺にそうねだってきた女友達がいた。勿論、美味しくプリンを頂いた後、断固拒否の姿勢を貫いた。
「こうして」
「ああしろ」
「こうするといいよ」
「こうしてみようよ」
依頼にしろ、懇願にしろ、命令にしろ、助言にしろ。
俺の体は、それを受け付けないように出来ているらしい。
もう、「出来ている」としか言いようがない。頭で考えるよりも前に体がそういう風に動いてしまうんだから。
脊髄反射の勢いで、どう対応すればいいか、体がよく知っているという感じなのだ。
「どんだけひねくれ者なんだかなー、俺って」
ぽつりと、一人ごちる。
誰も聞く訳でもない独り言。
「なんだ祭、自覚できてたんだ。意外ー」
おい。独り言って、聞かれてた時の恥ずかしさが半端じゃねえんだぞ。
ぐるりと重い首を回すと、後ろにはやはり、奈留がいた。
「……聞いてたのかよ」
「今は学校帰り。同学年なんだから同じ時間帯に道を歩いていてもおかしくないでしょ。
それでもって、この祭の家と私の家の近くを通る人って私たち位なもんじゃない。聞かれてもおかしくないよね?」
「……そーだな」
どうやら、10年来の腐れ縁殿は、最近は推理小説にハマっているらしい。
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「知れば迷い 知らねば迷ふ 恋の道」
とは、かの有名な土方歳三の「豊玉集」に収められた句である。
恋というのは複雑で、恋を知っていても知らなくても、思い煩うことの多いものだ、と言いたいんじゃないかと思う。
確かに、こういう問題はデリケートなもんだし、厄介極まりない。
恋というのは損得勘定だけでできるものではないから、絶対に見込みのない相手や、常識では考えられない相手に惚れてしまうことだってままある。
「……本当、厄介だよなぁ」
中高生という多感な時期に、周囲があれこれ勝手に想像を膨らませて、ぽんぽんと遠慮なく投げつけてくるのだから、色々と参ってしまう。
「お前、奈留といるとすっげーイキイキしてるよな」
「あっそれ俺も思った。やっぱり祭、奈留のこと好きなんだろ」
「奈留も、祭といる時は自然体って感じだよな」
今日も、友人達は好き勝手に俺達の関係を決め付けていた。
いい加減、合間合間に訂正を入れるのにも飽きてしまった。
しかし、少しだけムッとしたことがあったので、それだけは反論しておいた。
「でもさ、幼馴染同士って、結局、恋には発展しないもんだよな」
「だよなー。もうお互いの色んな面も見てるし、家族みたいな感じになって、恋愛のムードになりにくいって言うよな」
「……そんなの、必ずしもそうとは限らないだろ」
友人達は、俺の返事を聞いた後も
「相変わらず絶賛反抗期だなぁ」
だなんて、笑っていたけれど。
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俺は、あいつとどうなりたいんだろう。
制服を脱がないままに、ベッドに沈み込む。
同じ高校に進んだのは、決して単なる偶然だけではなかった。
部活の仲間から、
「高校でも一緒に野球をやろう」
と、遠方の野球強豪校を受験しようと誘われていたこともあった。
気の置けないクラスメイトから、
「祭は頭が良いから、県外の進学校に行ってもおかしくないよね」
と羨ましそうに言われたこともある。
けれど。それでも。
俺は、そうしなかった。
仲間の誘いを断り、大方の予想を裏切り、俺は地元の商業高校に進学した。
手に職をつけたかったし、資格を早く得て即戦力として雇われたかったんだ、と周囲には話した。
でも、それだけが理由ではなかった。
奈留が通うと決めた学校だったから。
奈留と離れる未来が、ちっとも想像できなかったから。
つまるところ、そういうことだった。
しかし、こうして奈留の側で過ごす日々を得たものの、俺は小中学校の頃と大差のない毎日を繰り返していた。
自分でも自分がよく分からない。
自分の人生を決める重要な「進学」を、奈留の側にいたい一心で簡単に決めてしまったのに、これから先をどうしたいのかが、ちっとも見えてこない。
告白をしたいのかと問われれば、それは多分「ノー」だ。
付き合いたいのかと問われれば、それも多分「ノー」だ。
けれど、奈留が誰かと付き合ってもいいのかと問われれば、それはもう、間違いなく「ノー」だ。
奈留を、他の誰かに譲ってやるつもりはない。
奈留がどんな風に生きてきたのかを知らないぽっと出の野郎なんかに、くれてやる気は微塵もない。
これが、恋情からくるものなのか、子どもじみた所有欲からくるものなのかも、俺には皆目見当がつかなかった。
「ひねくれすぎだろ……」
我ながら情けない。
沈み込んだベッドのスプリングが、俺を嘲笑うように盛大に音を立てる。
高校の3年間は、猶予期間だ。
この3年間の間に、俺と奈留との関係性が変化するかもしれない。あるいは、しないかもしれない。
そして、この猶予期間が終わったら、今度こそ、俺と奈留との歩む道は別たれる。
さすがに、就職先まで同じ場所にという訳にもいかないだろう。
そこまでいったら、さすがにおおらかな奈留でも、薄気味悪く感じるだろうし。
……いかん。気味悪がる奈留を想像したらちょっとへこんだ。
天井に向かって手をかざす。
頭の中で、ライトの向こうにあいつの笑顔を思い浮かべてみる。
ライトの光を、掌でゆっくりと包み込んだ。
この光が、俺の選ぶ道を照らせばいい。
ひねくれ者の俺が、間違った道を選ぼうとした時に、そっと導いてくれればいい。
奈留を好きになったことを、この学校を選んだことを、決して後悔しないように。
こうしてよかった、と納得できる結末に辿り着けるように。
できるなら、その結末は、どうか俺とあいつの歩む道のりが一つに重なるものであるように。