第八話 -mina視点ー ヒロイン
~mina視点~
四月に事務所を移籍してから、私はがむしゃらに働いてきた。
新しい事務所の力なのか、早速ラジオのパーソナリティという仕事が決まった。
ただ、慣れないうちは大変だった。
生放送の緊張感……
今まで、歌番組とかで経験はしてきた。
でも今回は、私の番組。
私のパフォーマンスが、全てを決める。
そんな気持ちが空回りしたせいか、最初は失敗ばかりで、カズくんに電話で泣きついちゃったこともある。
カズくんはうんうん、と話を聞いてくれ、私を優しく慰めてくれた。
少しラジオに慣れると、今度はラジオの仕事が楽しくなってきた。
私のトークに、時に生放送でのギターの弾き語りに、リスナーからの反応のメールが次々とくる。
ライブと同じ、生のお客さんの反応。
私が考えたコーナーに送ってきてくれる、面白くて、時に真剣なお便り。
女子高校生や、大学生からの恋愛相談もあった。
切なくて、思わず胸がきゅんとしてしまうような内容で。実は私、恋愛経験はそんなに多くないんだけど……
自分が高校生の時に抱いていたほのかな思い、過去の少ない経験談、カズくんとの思い出……それらを頭に浮かべながら、私は真剣に相談に答えた。
そんなリスナーとのやりとりがうれしくて、私はいつからか、ラジオのパーソナリティをやる時間がかけがえのないものになっていった。
そして、私はついに歌番組で、憧れの女性シンガーソングライターAさんとの共演を果たした。
私が歌手を目指す、その原動力になったAさん。
初めてお会いした彼女は、私より十歳以上も年上なのに、とても可愛らしかった。
普段はなんかぼっーとしているのに
放送本番ではスイッチが入るのか、
生で聴く歌声は、狂おしいほどに情熱的だった。
今でも第一線で活躍している、私にとって憧れの存在。
メールアドレスも交換していただいて、
「今度、おいしいご飯でも食べにいきましょうね」
って言ってくださった。
天にも昇る気持ちというのは、まさにこんな時のことをいうのかな。
作曲や作詞もノリに乗っていた。
みんなに伝えたい、メロディーがすぐに浮かんでくる。
それを、こぼれ落ちないように、そっと、携帯の録音機能に吹き込む。
歌詞もどんどん浮かんでくる。
カズくんとの出会い、恋い焦がれる片思い、失恋……?ではないけど、すれ違い、そして告白、感動の両想い、甘いキス
同世代の女の子達が経験するような。でも、私は久しく忘れていた……そんな感情が、あふれるように飛び出してきて、私はそれを素直にノートに書き連ねた。
いつもお世話になっている女性のヘアメイクさんにも、
「最近、minaさん、綺麗になったんじゃないですか? もしかして、恋……とか?」
冗談ぽく聞かれた。
もちろん、私は笑って否定しておいた。
恋をすると、女の子は綺麗になる。
それってやっぱり本当なのかな。
佳奈ちゃんには、少し嫉妬しちゃった。
でも、あれから仲良くなった。
たまに、メールもしている。
「カズ兄に変な虫が付かないように佳奈が見張っているから、mina姉は安心していて」
だって。くすくすと笑ってしまった。
なんか、年の離れた妹が新しくできたみたいで、うれしかった。
佳奈ちゃんって、本当に可愛らしい。
同じような女の子にも共感してもらえるように、背中を押せるように、時には慰められるように、私も頑張って歌を作るからね。
この前は、ついにカズくんに
「私の全てを、あげる」
なんて、思いだしただけで、全身がかあっと熱くなるようなことを言ってしまった。
肉食女子だと思われたかな……。
でも、また佳奈ちゃんみたいなライバルが来る前に、
私は……早くカズくんのものになりたいの。
次のデート、まだ決まってないけど、
楽しみ……いや、緊張する?
考えただけで、ドキドキしてくる。
やっぱり、新しい下着がいいのかな?
カズくんの好みは……? 派手なヤツ?
意外と男の人は清純系が好きだって、愛読しているファッション誌に書いてあった気がするけど、どうなんだろう?
こういうのは雨宮さんに聞いてみよう。
きっと、いいアドバイスがもらえるはずだ。
日々、入ってくるスケジュールを忙しくこなしている私の元に、マネージャーの岡安さんがビックニュースを届けてくれた。
「minaさん! 」
岡安さんは慌てて走ってきたのか、息が上がっている。
この顔は……心の激しい動き、興奮しているとか、そんな感じ?
「minaさん、映画の仕事です。決まりましたよ」
「映画って、ことは主題歌か、何か?」
ドラマの主題歌の仕事はやったことがあるけど、映画は初めて。
どんなお話なのかな? やっぱり、ラブロマンスとか?
よーし、頑張るぞ。真っ先に、カズくんに報告と……
「違います。出演ですよ。それも、ヒロインの役」
「えっーーー!!」
今まで、話題作り程度にちょい役でドラマに出たことはあるけど、
演技の経験なんてないし。大丈夫かなあ。
そういえば、最近ずっと、岡安さんの機嫌が良かったように思う。
あの人のことだから、表情にはほとんど出ないんだけど、声がほんのちょっとだけ弾んでいたり、目元が少しだけうれしそうだったりするのだ。
もしかして、映画の話が進んでいたせいかな。
その日の夜、私はさっそくカズくんに電話をした。
「という感じで、映画のヒロインの話が来たんだけど」
「本当か! すごいなmina! 音楽だけじゃなくて、映画、しかも主役級か!」
「私自身も……驚いているんだ」
「まあ、いきなりヒロインとは思わなかったけど、ドラマや映画の話はくるかもとは、思ってたけどね」
カズくんは、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。
「えっ! なんで?」
「事務所の移籍の時に、なんでC社を選んだか覚えてる? 今のC社は若手を中心に俳優陣は売れっ子が多いけど、音楽系はこれからだ。映画やドラマにある程度コネがあるなら、minaが役者をやるという話もそのうち出るかなとは思っていたよ。でも、もっと先だと思っていたし、ヒロインの役とは想定外だったけど……」
「う、うん、カズくん……なんかすごいね。でもさ……私、不安で……」
「大丈夫、ラジオも初体験だったけど、あんなに上手くやれてるじゃないか。リスナーからも反応いいし。オレも毎週ラジオの前で爆笑しているよ。歌手から俳優業で成功している人も多い。minaの真っ直ぐな思いがあれば、大丈夫!」
「なんか……元気出てきた。ありがとう! カズくん」
「新しい可能性を試すと思って、チャレンジしてみて。今後のminaの芸能界のキャリアにも役立つはずだよ。でも……」
今まで、はきはきと喋っていたカズくんが少し口ごもった。
「どうしたの?」
「いや、主役の人、龍野ハヤトだっけ? 最近話題のイケメン俳優。なんていうか……さ……」
「えっ? どうしたの? カズくん、……もしかしてヤキモチ?」
「いっ、いや! そんなんじゃないって!」
カズくんは慌てて否定してた。
「だから! 私はカズくんにメロメロなの。これはお芝居だから。気にしないで。あと、こないだの約束……覚えているでしょ」
「う、うん。ごめん、ちょっと言ってみただけ……ちゃんと覚えてるって!」
たぶん、電話の向こうで、カズくんは赤面しているはずだ。
「オフの日決まったら、すぐに連絡するから!」
私は、恥ずかしくなって、電話を切った。
私に嫉妬? カズくんって可愛い!
佳奈ちゃんの件とおあいこだよ。なんて。
それにしても、カズくん、すごいな。仕事でもいつもこんな感じなのかな。アドバイスも適確だし……私の芸能界での今後のことまで考えてくれているなんて。
ああ、一日でいいから、カズくんと同じ銀行で働いてみたいなぁ。
スーツ姿のきりっとしたカズくん。爽やかなベージュのネクタイがよく似合う。
私も真由ちゃんみたいに銀行の制服を着て。髪型はお団子ヘアとかでまとめてて……
仕事ができて、頼れる、憧れのカズくんに絶賛片思い中!
平日は、真由ちゃんと一緒にお仕事終わったら、二人で女子会。
話題はその日あったこととか、仕事のグチと、あとはカッコいい先輩の噂話。
ある日、私がカズくんにうっかりぶつかって書類を落としちゃって……
それをカズくんが拾おうとして……手と手が……そして、見つめ合う二人……
キャー!!
私はそんな妄想を繰り広げながら、深夜、一人、マンションで、クッションに顔を埋めながらジタバタしていた。




