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最終話 君と出会うために、生まれてきたんだ


 C社のビルを出ると、辺りはすっかり夕暮れ時になっていた。


 西の方の空がオレンジ色に輝いて、ビルの隙間から、太陽の光が漏れている。


 いつの間にか、日が長くなってきたな。

 忙しい銀行業務に身を投じていると、そんな季節の移り変わりにも、心が鈍感になる。

 これからは、もう少しゆっくりできる、かな。


 傍らのminaを見つめる。

 minaの白いカーディガンが夕日を浴びて、まるで黄金色のように輝いていた。

 歌姫の無垢な表情に、オレはしばし見とれた。


「どうしたの? カズくん?」

 オレの視線に気付いたのか、minaはこちらを見上げて微笑んだ。

 その透き通るような瞳も、可愛らしい口元も、全部オレのものなのだと思うと、思わずその場でガッツポーズをしたくなるほど嬉しい。


 まさか、minaに見とれていた。なんて、言えない。

「いや……なんでもないよ……今からどうしようか?」


「もうすぐ私も忙しくなりそうだし、今日はどこかでゆっくりとお食事でも、行く?」


「うん、……、あっ、そうだ! 忘れてた」

「どうしたの?」

 minaは怪訝そうな表情で、オレを見た。


「mina、ちょっと寄りたい所があるんだ!」

「えっ!? どこ、私も一緒に行くよ!」


「い、一緒だと、ちょっとまずいんだ。二時間くらい、別行動にしてくれないかな? お願い!」

 オレはそう言って、minaに向かって両手を合わせた。


「ふーん、まあ、いいけど」

 少し疑うような、ジト目のminaの表情。

 でも、これもminaを喜ばすためなんだけどな。

 きっと……喜んでくれるよね。

 たぶん……

 大丈夫かな……


 そして待ち合わせの場所を指定して、minaとしばし別れる。



 オレは地下鉄に乗って、昨日の夜、雨宮先生に教えを請うた、ある店へと向かった。




 それから、約二時間後。

 辺りはもう、すっかり日が落ちた。

 春の夜風が、少しだけ、冷たい。

 でも、緊張して火照ったオレの体には、心地よい。


 minaを、一年前のバレンタインデーに告白された、上原プロダクションが入っていたビルの屋上に呼び出した。


 上原プロはC社に買収されて無くなってしまっている。この場所に来たのは約一年ぶりになるが、周りのビルから漏れる明かり、そして地平線のように広がる宝石のような夜景は、当時のままだった。


 少し遠くの幹線道路を、闇に遊ぶ蛍のように、車が過ぎ去っては遠ざかっていく。


 minaは先に待っていた。

 屋上の手すりにもたれかかったまま、長い髪を風になびかせていた。


 白いカーディガンが、ビルから漏れる光に、優しく照らされている。

 満月に映し出された、minaの、可憐な瞳、長いまつ毛、愛らしい口元。

 オレを見つけて、優しく微笑んでくれた。


「カズくん、何の用事だったの? もう、隠し事は無しだよね?」

 少し咎めるような、minaの表情。

 でも、そんな仕草もたまらなく愛おしい。


「うん、実は……これ……」

 オレはそう言って、minaに向かってひざまずいた。


 スーツの内ポケットから、手のひらに乗るサイズの小さな箱を差し出した。

 紺色の上質の生地に包まれた、金色の刺繍が施された箱。


 その箱に、目が行く、mina。


 やっぱり、ここは、ストレートに決めるべきだよな。

 昨日の続き。もう一つの、一世一代の大勝負。


「mina! オレと、結婚してください!!」


 オレは、万感の想いを込めて、minaの方を見つめる。


「カズくん……」

 頬に手を当てて、驚きの表情を見せる、mina。


「一応……プロポーズ……ちゃんとしたかったから」

 照れ隠しに、オレはそう、笑った。


「ありがとう……カズくん!」

 オレから紺色の箱を受け取る、mina。

 その瞳は、早くも、潤み始めていた。


「開けてもいい?」

「もちろん!」

 果たして、気に入って貰えるだろうか?


 大事そうに、小さな箱を開く、mina。


「わぁ……綺麗……」

 箱を開けたminaの目の先には、月の光を浴びてキラキラと光沢をまとった指輪があった。

 永遠の愛を示すダイヤモンドは夜の薄明かりの中、何重にも輝いて見えた。

 (まばゆ)い光を放つプラチナの台座には、音符があしらわれている。


『どうせお前のセンスには限界があるんだから、直感で選べ』

 宝石店で目を惹かれ、雨宮さんの言葉を思い出して購入を決断したオレからの愛の証。


「ねえ、はめてもいい?」

「うん、いいよ」


「そうだ、カズくんがはめてよ」

「うん」


 オレは、minaから箱を受け取り、小さな指輪を取り出した。


 そして、minaの差し出した小さな左手の薬指に、ゆっくりと指輪をはめた。


 弥生の夜風に当たったせいか、少し冷たい、minaの手の感触。


 愛の証。

 minaの可愛らしい左手に、オレの選んだ指輪が光沢を帯びて輝いていた。


 そのまま、嬉しそうにこちらを見て微笑む、mina。


「ありがとう、カズくん!」

 minaがそう言って、オレの背中に手を回して、抱きついてきた。


 華奢な歌姫の体を、全身で受け止める。

 少しひんやりとした空気の中、minaの体の温もりを、より一層感じる。


 もう、誰に遠慮することもない、オレたちは、堂々と歩んでいくんだ。

 これからも、ずっと、二人で。


「mina……もう離さないよ!」


「カズくん、これからもずっと一緒だよね」


 甘い……愛の言葉を、お互いの耳元で、ささやく。

 minaのとろけるような、透き通った優しい声に、オレの体の中からぼうっと熱が灯る。


「カズくん……私、今、世界で一番幸せだよ……」


「オレもだ……mina……」


 そして、お互いを見つめ合い、どちらともなく、口づけを交わす。


 久し振りの、歌姫との、甘い……ただひたすらに甘い、キス。

 何度でもしてみたい、そんな、情熱的な口づけ。


 小さな可憐なくちびる越しに、minaの熱い想いが伝わってきて、オレの脳は、甘美な刺激に包まれた。


 そして、長い口づけが終わり、minaと、熱い視線を交わす。


 minaの潤んだ瞳、夜風になびく美しい黒髪、抱き締めたら折れてしましそうなほど可憐な姿。


 その全てが……愛おしい……


 minaと出会ってから、今まで閑散としていた景色が、虹色の魔法を掛けたかのようにカラフルに色づいて見えるようになった。

 日常の繰り返し、抜け殻のように過ごして来たありふれた日々。

 それが、一分一秒が、愛おしい……


 最初にminaと出逢ってから、四年。

 偶然の再会から、丸二年。


 困難もたくさんあったけど、それらを乗り越えて、オレたちの絆は世界中の誰よりも深いものになった。

 今なら、胸を張って、日本中に堂々と宣言できる。


 オレは、愛する人を、minaを、守りきってみせる。



 都会のビルの明かりに優しく照らされながら、オレとminaはいつまでも飽きることなく、抱擁と口づけを交わした。


 林立するビル越しの満月が、そんな二人を羨むかのように、静かな輝きを放っていた。


 minaと出会えて……


 本当に……


 幸せだ……


 そしてこれからは永遠の時を……


 二人で刻んでいく……


 いつまでも……






【場末の支店の銀行員と】


 例え、全てを投げ出したとしても……



【華やかな芸能界の歌姫】


 minaを、愛し続ける……



【本来決して交わるはずのない】

【二人が出会った時】


 二人が出会えた奇跡に、感謝したい……



【恋の協奏曲がメロディを奏で始める】


 もう離さない! これからは、ずっと一緒だよ!



【あなたは日本中を敵に回しても】

【愛する人を守る覚悟がありますか?】





『歌姫と銀行員 第二幕』

『~二人の恋の協奏曲~』





ー fin ー

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