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第六話 最大の障壁?

「ひっく、ひっく……なんで、何でなの……うぇーん……」


 佳奈はその場にしゃがみこんで、

 嗚咽をもらしていた。


 さっきまで戦場のように騒がしかった狭い会議室は、佳奈の泣き声だけが響いていた。


 minaはちょっと言い過ぎたかなというような、少し悲しそうな表情で、佳奈を見つめていた。


 オレはというと、まだ事態がよく呑み込めないまま、ぼんやりと突っ立っていた。


「カズくん……」

 minaがふいにオレの方を向いた。


「悪いけど、佳奈ちゃんと二人っきりにしてくれる?」


「えっ?」


「大丈夫、私にまかせて」


 キャットファイトとか、芸能事務所殺人事件とかならないよね?

 チョビ髭の自称名探偵とか、蝶ネクタイに半ズボンの大きいメガネをかけた見た目は子供とか来ないよね?


 オレの心配をよそに、minaはオレの背中を押して、ドアの方へ押しやった。

「大丈夫だから、カズくん……一時間ほど、その辺を散歩してきて」


 そこまで言われたら、自分の彼女を信じるしかない。不本意ながら、オレはminaの指示に従うことにした。




 C社は所属芸能人が約三十人、従業員数も三十人弱くらい。都心のビルのワンフロアーが事務所になっている。

 オレは数カ月前、minaの以前の事務所、上原プロの吸収合併騒ぎで散々事務所に通っていたから、顔見知りの社員も何人かいる。


 週末だというのに、芸能界はそんなこと関係ないのか、十名くらいの社員が忙しそうに働いていた。

 たぶん、外回りに出ている者もいるのだろう。


 minaのマネージャー、岡安さんに挨拶しようとしたが、彼は留守のようだった。


 仕方がない、社長に挨拶でもしておこう。

 一応、事務所にお邪魔しているわけだし。仁義だけでも切っておくのが礼儀だからな。

 忙しそうなら、伝言だけでもよい。

 正直、以前交渉でいろいろやりあったせいもあり、あんまり会いたくない。


 受付の人に聞くと、一旦奥の社長室まで様子を見に行ってくれ「社長が会うと言っております」とオレを案内してくれた。

 うわ、いるのか、挨拶してすぐに出よう。


「よう、久しぶりだな、銀行員」

 重厚なダークブラウンの木の机、革張りの椅子に掛けて書類に目を通していた社長は、気安くオレに声をかけた。


「失礼します」

「今日はどうした? 儲け話でも持ってきたか? そんなわけはないか。今日は日曜で、お前は私服だからな」


 前はもうちょっと丁寧な言葉遣いだったと思うのだけど。こっちが地なのか?


「いえ、従姉妹がminaさんのファンで……ご厚意で少しお会いさせてもらえることになりまして。すぐに帰りますので」


「まあまあ、ちょうど休憩しようと思っていたところだ。座れよ。おい、コーヒー二つ!」

 社長はドアの外に向けてどなった。フロアの奥にまで響きそうな声だ。


 やれやれ。オレは社長に促されて、仕方なく机の前の応接椅子に腰を降ろした。

 こっちも革張りか……座り心地が固すぎず、柔らかすぎず、ちょうどよい。

 前も思ったけど、応接コーナー、結構金かかってそうだな。


「もう二カ月くらいになるか? まったく、妙な銀行員がしゃしゃり出てきたせいで、あの時はさんざんやられたぜ」

 社長はそう言っておどけて見せた。


 年の頃、四十代後半、日焼けした精悍な顔立ち。短く整った髪。がっしりとした肩幅。左手首だけ白い所を見るとゴルフ焼けか。若いころはたぶんイケメンだったんだろう。


 ノーネクタイで、上質な仕立てのダークブルーのジャケットを羽織っている。

 袖口からは、金ピカじゃないけど、ロ○ックスか。いかにも業界の人って感じっだな。

 柄モノのポケットチーフも彼がすると、不思議と似合ってしまう。


「いえいえ、こちらも必死だったもので。社長のご英断に救われただけです」


 一見とっつき安そうだが、こういう相手は油断ならない。オレは長年の銀行員生活から、そんな空気を感じ取っていた。こちらも伊達にたくさんの経営者と膝を突き合わせて話をしているわけではない。


「何言ってんだ、こっちが欲しかったのはminaだけだったのに。他の芸能人と、おまけに愛想のないマネージャーまで付けやがって。まあアイツは意外と使えるみたいだけどな」


 岡安さん、高評価か……さすがだな。


「喜んでいただけて、こちらもうれしいですよ。いい買い物だったでしょ」

 minaや岡安さんをモノ扱いしたくなかったが、オレは愛想笑いをした。


「ついでに、いらん金まで貸しやがって」


「それは、こっちも仕事ですから」

 C社にはminaの前の事務所の買収資金として、東和銀行からまとまった額を貸し付けていた。


「ふん、まあいい……minaは順調に稼いでいるからな。ところで……」


 社長はそう言って、一旦言葉を切った。


「岡安から聞いたが、お前、minaと付き合ってるんだって?」


 えっ? 岡安さん、喋ったのか? 

 誰にも言いませんって言ってたけど。

 社長だから、しょうがないのか?


 社長の方をぼーっと見ていると……


「お前、すぐに顔に出たな……そんなんで本当に銀行員が務まるのか……ハハハッ」

 社長はさも愉快そうに笑った。

 もしや! カマをかけたのか?


 背筋に一瞬、冷たいものが走った!

 不覚……油断ならない相手だと思っていたのだが。

 まるで自分の胸元を銃口で狙われているような感覚を受けて、オレは黙ってしまった。


「ま、付き合うならご自由に……別に量産型のアイドルみたいに恋愛禁止ってわけでもないしな。お前は毛並みもいいから、認めといてやるよ。あと節度を守れよ。安いホテルになんか連れ込むんじゃないぜ。minaもイメージってもんがあるからな」


 下品だな……言われなくても、そんなことしねーよ。


「ただ、minaと結婚したいのなら、無理だな」

 社長は急に真面目な顔になった。


「えっ?」

 さらに不意を突かれて、そんな言葉しか出てこなかった。


「何度でも言ってやるよ。お前とminaが結婚するのは、無理だ」


 ?? どういうことだ?


「付き合うのは良くて、なぜ結婚は?」

 なんとか、言葉が出てきた。


 社長は出来の悪い生徒でも見るような目で、オレを見た。


「そんなの自分で考えろよ! 学校と違って簡単に答えを教えてくれるわけじゃないんだ……まあ、苦労知らずのお坊ちゃんにはわからないだろうな……」


 いちいち突っ掛かってくる。

 前の交渉の事、根に持っているのか? 

 だから会いたくなかったんだ。

 オレが意気消沈していると、


「さあ、仕事に戻るとするか……じゃあな、儲け話があったら、また来い」

 社長はそう言って、自分のデスクに戻った。

 オレは取りあえず挨拶をして、その場を去った。



 ふと、腕時計を見た。

 minaの所を離れてからまだ十五分しか経ってない。


 他に行くところもない。

 オレは外に出て少し散歩することにした。

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