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エピローグ② 見守っていてね

 銀行の支店を後にして、オレとminaはC社の事務所へと向かった。


 雨宮さんを通じた情報によると、C社の電話はじゃんじゃん鳴っていて、回線はパンク寸前らしい。

 まあ、そりゃあそうだよな。

 

 まさか、minaが歌を取り戻すなんて思わなかった。

 公開生放送でminaに気持ちを伝えたら、オレはそのまま二人でインドネシアのバリ島あたりに高飛びするつもりでいた。

 そのために、雨宮さんを通じてこっそりminaのパスポートも入手していた。


 でも、昨日からの報道を見ていると、どのマスコミも概ねminaに好意的だ。

 まったく現金な奴らだ。


 出る杭はベコベコになるまで叩くくせに。

 世間の評価が好転すると、一転して、百年も前から味方だったかのように振る舞う。



 C社のフロアに入ると、社員が総出で、電話の応対に追われていた。

 でも、どの社員も活き活きとした表情を見せている。


 壁に大きく貼られたホワイトボードに

「Mステ、出演 4/5 20:00」とか

「雑誌取材 4/6 10:00」

 などと、次々と書き込まれている。


 minaの今後のスケジュールが、どんどん埋まっているのかな?

 これじゃあ、しばらくは、南の島で羽を伸ばすなんてできっこないな。


 まずは、社長に挨拶か。

 オレもあれだけ勝手なことをしたんだ。

 嫌味の一つくらいは覚悟しておこう。


 ノックしたあと、社長室の扉を開けると、社長は珍しく疲れた顔で机に向かい、書類の山と格闘していた。

 でも、精悍な顔つきに、鋭い目線は相変わらずだった。

 今日はグレーのスーツに、薄いピンク色のボタンダウンシャツ。

 胸元にもピンク色のポケットチーフを差していた。

 この人、スタイリストでも付いているんじゃないか。

 まあ、元役者だもんな。


「よう、銀行員。お前、とんでもないことをしてくれたな」

 セリフとは裏腹に、社長の口元は少し笑っていた。


「色々とご迷惑をお掛けしました」

 スーツ姿のオレはそう言って、深々と頭を下げた。


「社長! カズくんを責めないであげてください! カズくんは、私のためを想って、色々とやってくれたんです!」

 白いカーディガンに襟付きのシャツ。下は紺色の膝丈のスカートとシックな服装のminaは必死の様子で、オレをかばってくれた。


「ふむ、だが、お前もいい大人だ! それ相応の償いは受けてもらおうか?」


 なんだ? しばらくタダ働きとか? そんなのか?

 まあ、minaと一緒に働けるんなら、喜んでやるが。


「まあ、お前らは夫婦になるらしいから、旦那の尻拭いは未来の嫁さんにしてもらうか」


「えっ!? minaに? それはダメです。minaは悪くありません」


「お前ら、そんなこと言える立場だと思ってるのか? minaには、これをやってもらう」

 社長はそう言って書類の束を出してきた。


 そこには、四月からのminaのスケジュールがびっしりと書かれていた。

 テレビ番組の収録はもちろん、雑誌の取材や、ミニライブもある。

 と、いうことは……?


「当分の間、頑張って働いてもらうぞ。今まで散々充電してきたんだ。大丈夫だろ?」

 社長は執務椅子に座ったまま、少しおどけた仕草でそう言った。


 minaは、また芸能界に復帰できる!

 事実上のお咎めなし!

 いや、それ以上の収穫だ!


「社長……私、今まで通り、ここに居させてもらって、いいんですか?」


「当たり前だ。シンガポール行きの話は無しだ。先方には俺から断りの電話を入れといた。歌を歌えるようになった以上。今まで通り、いや、それ以上に働いてもらう」


「あ、ありがとうございます!」

 minaは目頭が熱くなるのを必死で堪えているようだった。


「社長、なんだかんだで、minaには優しいんですね」


「ふん、俺は稼げる所に投資をする。ただそれだけだ」

 社長はそう言って、執務椅子の上で腕を組んでいた。


「社長、最初、オレたちの結婚に反対していましたよね。でも、今は夫婦になることを認めている。そういや、なぜ、結婚に反対していたのですか? オレとminaは、結婚は無理だと」


「えっ!? そんなことがあったんですか?」

 驚いた表情のmina。そうか、minaにはちゃんと話してなかったな。


「全く、最後まで答えがわからなかったな。お前は……まあ、いい」

 社長は、そう言って、言葉を続けた。


「付き合い始めた頃のお前たちは危なっかしかった。佐伯は頼りなく見えたし、minaも心の闇を抱えていた。上手く行くはずがない。ヘタにminaのキャリアに傷がつくよりは。と、そう思っていた」


「でも、社長の予想に反して、オレたちは数々の試練を乗り越えた」


「ふん、そうだ。全くつまらねえ」


「社長の読みもハズレることがあるんですね」

 オレは、普段言われている嫌味を返したつもりだった。


 すぐに嫌味で返してくる、と思ったが社長はしばし黙ったままだった。


「二回だ!」

 社長は急に指を二本立てて、オレとminaに示した。

 オレの予想に反して真剣な表情。社長はさらに続けた。


「俺は今までに二回、結婚に失敗している」


「そうだったんですか……」

 minaの驚いた表情。確か、社長は独身だったよな。


「一回目は、まあしょうがねえ。お互いガキだったんだ。だが、二回目はかなり真剣だった。上手くいく! いや、絶対に成功しなきゃならねえ。そう思っていた。俺はその時中堅どころの役者だったが、相手は一流女優。結局マスコミに有る事無い事書かれて、俺達の仲は引き裂かれた……」


 社長は、そこで少し言葉を切った。昔の出来事を思い出したかのように。


「お互い、完璧な愛だと思っていた。そんな俺達ですらそうなったんだ。ましてや不完全なお前らなんて……そう思っていた。minaが……傷つくよりは……な」


「ハヤトを焚き付けたのは?」


「あの時点ではハヤトの方がminaに相応しいと思っていた。まあ、失敗しても映画の宣伝にはなるしな。minaも一皮剥けるだろう。そのくらいの考えだった。お前が予想以上に健闘したな」

 

 真の策士はどちらに転んでもいいように策を練るという。

 この人、やっぱり只者では無いな。


「社長、もう一つ質問が?」

 

「何だ? オレは忙しいんだ」


「minaに随分肩入れしているように聞こえますが。単なる所属事務所の歌手としてではなく、それ以上の……何か理由があるのでは?」


 社長は腕組みをして椅子に座ったまま、難しい顔をして、しばし考えていた。


「お前みたいに、頭のいいヤツは、嫌いだ……」

 社長はオレの方を少し睨んだ。


「と、いいますと?」


「草橋さん……minaの父親には、恩義がある。それこそ、命の恩人と言えるくらいにな」


「えっ!? お父さんに!」

 さらに目を丸くする、mina。

 社長は、亡くなったminaの父親と、つながりがあったのか?


「俺が新卒で入社した石油会社で一緒だったんだよ。兄貴のように面倒を見てもらった。ミスをかばってもらったことも一度や二度ではない。まあ、minaは覚えてないだろうが、小さい頃のminaに会ったこともある」


 そうだったのか!


 そういえば、鎌倉のminaの実家で社長の話が少し出た時も、minaの母親は一瞬表情が固まっていた。あれは、社長と面識があったからか!


「minaの履歴書を見てびっくりしたのはこっちだ。まさか、あの草橋さんの娘だったとはな。草橋さんの葬儀の時は、俺は自分の離婚騒動でそれどころではなかった……世話になったのに不義理をしちまったよ」


「もしかして……たまに、お父さんのお墓参りに、行ってくれてますか?」

 minaが、ためらいがちにそう口にした。


「なんだ、minaまで鋭いな。まあ、たまにはな……」

 社長は照れくさそうに、顔をそらした。

 minaのお父さんのお墓に言った時も、花が供えてあったよな。あれは社長が供えたのか。


「まあ、恩人の娘とは言え、厳しい芸能界だ。ベタベタするつもりはなかったが。シンガポール行きも俺なりに良かれと思って奔走したんだ……空回りに終わったな」

 社長は少し寂しそうに、そう告げた。


「社長……そして、お父さん……亡くなってからも、私のことを見守ってくれているみたい……」

 minaの目には、涙が光っていた。


「お父さん……私、こんなにたくさんの人に支えられて……とても、幸せだよ」


 天国にいる父親に想いを届けるように、声を絞り出す、mina。

 そんなminaの華奢な肩に、オレは優しく手を触れた。


「佐伯、お前には負けたよ! minaとは好きにしろ!」

 社長に初めて名前で呼ばれた。オレのことを認めてくれたのだろうか。


 minaのお父さんは亡くなっていたとしても、草橋支店長、そして社長、minaのことを温かく見守っている人は他にも大勢いるのだ。


 人々との絆、そして周りから愛されていることが歌姫minaの最大の原動力であり、財産だよな。

 その中で一番太い絆、何よりの支えになれるよう、オレもこれからも精進を重ねよう。


「さあ、行った行った、俺は忙しいんだ」

 社長はオレたちを追い立てるように、手を振って社長室のドアの方を示した。


「社長、本当にありがとうございました!」

 涙を手で拭きながら丁寧に頭を下げる、mina。オレもそれにならう。


「さあ、行こっか。mina」

オレはminaの肩を抱いて、外へと促した。


 そして社長に背を向けて出ようとすると、社長の声が後ろでした。


「結婚式にはちゃんと呼べよ! 感動的なスピーチ、してやるから」


 振り返ると、社長はすでに執務椅子をくるりと窓の方に向けて、外を眺めていた。


 表情を伺う事は出来なかったが。


 その声は……心なしか、震えているように感じられた。

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