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第六十二話 二人の協奏曲

 目黒川沿いの広場。桜並木が澄み切った青空に広がる。

 minaのラジオの公開生放送中。


「岡安さん! 私のギター、持ってます!?」

 minaが舞台袖に向かって叫んだ。


 一瞬、反応が遅れる岡安さん。

 でもすぐにいつもの表情で応えた。

「あります、ちゃんとありますよ」


 小柄な岡安さんがギターケースを大事そうに抱えて、ゆっくりとこちらへやってきた。

 そして、それをminaに渡す。


 minaは黒いハードケースを開けてギターを取り出すと、ストラップを付けてギターを抱え、慣れた手つきでチューニングを始めた。

 まるで何かの衝動に取り憑かれたかのように、一連の作業を行っていた。


 もしかして……歌を……歌うことができるのか!?


 岡安さんは、minaの意図を察したのか、どこからかマイクスタンドを持ってきて、それをminaの前にセットした。


 愛用のメイプルブラウンのカラーのギターを抱えたminaがコードを一つかき鳴らした。


 そして、指でギターの弦を弾いて、印象的なアルペジオを奏で始める。


 この曲! minaがオレたち、仲間たちを想って作った曲!

 紅白歌合戦初出場を掴んだ曲、『大切な人達へ』だ!


 観客も、minaのギターの調べに、期待を込めた眼差しを寄せた。

 イントロが終わり、歌い出しが始まる。


「はじ……て、あった……、あ……」


 えっ!?


 minaの声が、かすれている……

 本調子とは程遠い……


 minaは自分でがっかりしてしまったのか、すぐに演奏をやめてしまった。

 肩を落とし、視線を下に向ける、mina。


 ダメか……そんなに映画みたいに上手くいくはずはないよな。

 でも、オレの気持ちをminaに伝えることができた。minaもそれに応えてくれた。二人でじっくり、時間を掛けていけば、minaもやがては……


 観客席からも、あーっ、というため息が漏れた。


 落ち込み、悲しそうな顔をして、オレの方を見つめる、mina。


 いつか、必ず歌を取り戻せる。その日まで、二人で、一歩ずつ、頑張ろう。


 ライブで楽しそうに歌うmina。

 エレキギターを奏でながら、バンドメンバーを従えて力強く歌うmina。

 オレはそんな愛しい歌姫の姿が脳裏に浮かんだが、それはもう少し先のことに……


 その時だった。


 オレの頭の中で、もう一回、minaが『ノンフィクション』を歌うシーンが再現された。

「人生の主役は、いつだって自分自身!」


 そうか、minaの人生は他でもない、mina自身の物語なんだ!


 オレは寄り添って、minaに自分の言葉を伝えた。

「mina! 他の誰でもない、誰かのためじゃない! 自分のために歌うんだ! minaの人生は、minaのもんだ! 他の誰のものでもない!」


「カズくん……」


「だから、歌が大好きだった、憧れの歌手を目指していた、その時の自分を思い出してみて!」

 ありったけの想いを込めて、今のオレの率直な気持ちをminaに伝えた。


 かつてのハヤトとの決闘。外房でminaと想いを遂げたあの日。

 慣れないマネージャー業務。家族との絆を取り戻したmina。

 そして、今……

 

 minaが励ましてくれた数々の出来事。

 今度はオレが、自分の想いを乗せて、彼女に届ける!

 想いを、形にする! 

 それが、歌なんだ! 

 きっと!


「自分の可能性を全て信じて、もう一回だけやってみよう」

 そうminaに伝えて、オレは優しく彼女の肩を叩いた。


「カズくん……ありがとう……」

 minaは肩の力が抜けたのか、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

 そして、一つ、深呼吸をした。


「カズくん、私、もう一度だけ、やってみる!」

 力強くオレに向かって宣言した姿は、まさにかつてステージ上で輝いていた歌姫の姿そのものだった。


 もう一度、ギターのアルペジオが繰り返される。

 それを傍らで、そっと見守る、オレ。


「初めて会ったあなた どこか冷めた表情をしていた」


 minaの歌声が! 戻っている!

 全盛期にはまだ及ばないが、ちゃんと、歌えているよ!!


 笑顔で歌う、mina。

 観客も、心から嬉しそうな表情を浮かべている。


 minaは自ら奏でるギターの美しい調べに、小さな体を揺らしながら、楽しそうに歌い始めた。

 

 minaの頬からは、涙が伝っていた。

 それでも彼女は……笑顔だった。


「私も 夢に向かって進んでいるよ」


「だからあなたも 自分の信じた道を どこまでも駆けて行って」


 一瞬オレの方を向いて、泣き顔で笑う、mina。


 会場が、観客が一体となって、minaの歌声に酔いしれた。


 よかったな! mina!

 minaの歌は、やっぱり最高だよ!


 大切な人達へ、悩んでいる、迷っている人の背中を押す。

 minaの熱い想いが伝わってくる。情熱的なバラード。


 歌姫の透き通った歌声を、ずっと聞いていたい。

 そう思わせる、情熱的な、曲。


 最後のアルペジオの調べが終わると、minaは自ら余韻に浸るように目をつむった。


 そしてその数秒後……

 

 minaは観客に向かって、頭を下げた。

 トレードマークの長い髪が、彼女に合わせて、はらりとなびいた。


 観客からも、拍手と歓声が鳴り止まない!


「minaちゃん! おめでとう!」

「お帰り! minaちゃん!」

「minaちゃん! 大好き!」


 そんな歓声が、桜の木々が並ぶ、会場内にこだましていた。


 minaは髪を整えて、観客の声援に笑顔で手を振った。

 世界で一番美しい涙が、春の日差しを浴びて、彼女の頬に輝いていた。


 歓声が、徐々に、弥生の澄み切った青空に、広がっていく。


 歌姫minaの、見事な復活の瞬間だった……


 愛用のギターをケースの上に置くと、minaがオレに再び抱きついた。

 愛しの歌姫を、全力で、抱きしめる。

 人前でだって、もう気にするもんか。

 minaは、オレのもんだ!


「カズくん! 私……歌えたよ」

 オレの胸で、喜びを全身で表現する、mina。


「よかったよ! mina! 最高のステージだった! 歌姫minaの復活だ!」


「カズくん! カズくんのおかげだよ! 本当にありがとう!」


「うん、これからは、ずっと一緒だ!」


「カズくんこそ、カッコよかった! 最高のプロポーズだったよ!」


「えっ!? プロポーズ!?」


「今のって、プロポーズでしょ? 違うの?」

 オレの腕の中でminaが少しだけ、首を傾げた。


「いや、minaをさらって逃げることで頭が一杯だったから……実はプロポーズとか、そういうつもりじゃなかったんだ」

 や、やばい……照れながら、頭を掻く、オレ。


「えーーーっ!! 何それ! もう一回やり直し!」

 頬を膨らまして、むくれる、mina。

 でもそんな表情も、全てが上手く行った、今だからこそ、出来るものだよな。


 会場は、今日一番の大笑いに包まれた。


 そしてその笑い声は、春風に乗って、澄み切った空へ、どこまでも、どこまでも広がっていった。


 オレと、mina、二人が奏でた協奏曲の結末を、目黒川沿いに咲き誇った薄ピンク色の桜の木々が、優しく、見守っていた。

 


ここまで作者の妄想にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

このあと、後日談が3つほど続き、今回のお話はおしまいの予定です。

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