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第六十一話 届けたい想い

 桜咲き誇る、目黒川沿いの広場。

 澄み切った弥生の空は、遠くに見えるビル街にまで広がっている。

 

 CMが終わって、ラジオのテーマ曲が流れた。


「はい、みなさんこんにちは! minaのラジオの公開生放送! 今日は桜がとっても綺麗な目黒川からお届けしています」


「番組もいよいよラストに近づいてきました。ここで、私minaから、皆さんにお知らせがあります」

 そこで、minaは一旦言葉を止めた。息を吸い込んで、再び言葉を続ける。


「私は、四月から芸能活動を一旦休止して、シンガポールで新しいチャレンジをすることにしました!」


 ええっ!!

 ホントにーー!!

 悲鳴にも似た声が、観客から響き渡った。

 その声が静まったあと、minaは再び言葉を続けた。


「今まで応援してくださったファンの皆さんには本当に申し訳ないのですが……」


 今だ!


 ガタンッ!


 オレは荒々しく席を立って、minaの方を向いて叫んだ。


「mina! 行くな!」

 マイクのスイッチがONになっているので、オレの声が会場に拡散される。

 もちろん、全国のラジオにも流れているだろう。


「えっ!!」

 驚きの表情の、mina。

 薄いピンク色のワンピースの裾が、風に揺れる。


「シンガポールには行くな!」

 力強く、オレはそう宣言した!


 ざわつく、会場。

 観客の若い女の子達が、お互いの顔を見合わせながら、しきりに舞台のコチラを不安そうな目で見つめている。


「な、何よ……」

 minaの肩が少し震えている。


「だから、何度でも言う。シンガポールには行くな!」


「今さら、何を言ってるのよ! あなた! 私を捨てるだけじゃ足りなくて、私の最後のラジオ番組までぶち壊そうというつもり?」

 もはやマイクが入っているのを忘れたのか、minaも立ち上がって、オレの方へ詰め寄ってきた。


 ここまで来たらオレも腹を括るしかない。


「minaを捨てたのは悪かった……ある人と取引をした。minaがもう一度歌声を取り戻すためにシンガポールで療養させる。その代わり、オレはminaと別れるようにって」


「えっ!?」

 minaの驚く声が、更にエコーになって会場に響き渡った。


「minaを傷つけて本当にすまなかった。その時はminaにとってその方が一番いいと思ったんだ。でも、オレの仲間たちが気付かせてくれた!」


「そんな……本当なの……?」


「mina! 好きだ! この世の誰よりも! だから、もう一度、オレと一緒に……」


「そんなこと! 今さら言われても!」

 minaの瞳には涙が滲み始めていた。


「えっ!?」


「あんなにヒドイこと言われて捨てられたんだよ! あなたのことなんて、もう信用できないよ!」


「そんな……mina! もう一度だけ、オレの話を聞いてくれ!」


「何言ってるのよ! 帰ってよ! あなたなんて! 顔も見たくない!!」

 minaはキッと目尻を釣り上げてさらになじるような瞳でオレを睨みつけた。


 そんな……公開生放送で、思いのたけを打ち明けて、そのまま勢いでminaをさらっていこうかと思っていたのだが。

 現実は、ドラマのようには上手くいかないか。


 オレの想いは……このままminaには届かないのか……

 

 そうか……

 オレは、勝負に負けたんだ。


 オレががっくりと肩を落とした、その時だった。

 一人の男性の影が舞台袖から姿を現した。


 龍野ハヤト!

 黒のジャケットに白色の細身のパンツ。整えられた清潔感のある短い黒髪。

 相変わらずモデル雑誌から抜け出てきたようなシルエット。

 今をときめくイケメン俳優は、舞台の上から、minaと観客に向かって呼びかけた。


「mina! 本当はわかっているはずだ! 佐伯が、どれだけお前のことを想っているのか!」


「ハヤト……」

 一瞬、ハヤトの方を見つめ、そのあとオレの方をじっと見つめる、mina。


「みんなも聞いてくれ! こいつは、佐伯は、俺の大切なダチだ! 俺はコイツの言うことを! その想いを! 信じる!」

 ハヤトは、突然のことで戸惑っている観客達に向かって声を張り上げた。


「だからみんなも、もう少しだけでいいから、コイツの話を聞いてやってくれないか!?」

 ハヤトの真摯な、心からの訴え、叫び!

 その想いに心を打たれたのか、さっきまでざわついていた観客達も、静まっていった。


「そうだよ! mina姉! カズ兄はmina姉のこと、今でも大切に想ってるんだよ!」

 いつの間にか観衆の最前列に出てきた佳奈が、こちらに向かって叫んだ。

 やっぱり、来てくれていたのか!


「minaちゃん! もう一度だけ、佐伯さんと、きちんと向き合ってみて!」

 真由ちゃんも真剣な表情で、minaに向かって声を張り上げた。


 その隣には、雨宮さんそして田中もいる。

 少し離れた所に、minaの妹の真理や母親の姿も見えた。

 みんな、観客と同様、固唾かたずを呑んで、オレたちの方を見守っていた。


 そんな仲間たちの、そして会場の雰囲気のおかげか、minaはオレの方を向いてくれた。


「わかったよ……もう一回だけ聞くよ。あなたの、カズくんの気持ちを」



 みんな、見ていてくれ! この佐伯和弘、一世一代の大舞台を!


 一瞬、春風が、オレとminaの間を通り抜けた。

 桜の花びらがひとひら、風に乗って、二人の間をゆらゆらと舞った。

 その花びらは、温かい春の日差しを浴びて、宝石のようにキラキラと輝いていた。

 そして、その花びらがゆっくりと舞台の上に落ちた。


 オレは、すっと息を吸い込む。

 自分の、精一杯の想いを伝えるために。


「何度でも言うよ。今でもminaのことが好きだ! もう、離れ離れになるなんてイヤだ! ずっと一緒にいよう!」


「本気……なの!?」

 何かを問いかけるような、minaの表情。


「ある人に言われたんだ。『例えば日本中を敵に回したとしても、minaを守り抜く覚悟があるか?』って、その時には、言葉に詰まって答えられなかった」


「だから、耐え切れなくなって私を捨てたの?」

「あれは、本当に悪かった。ごめん。でも、仲間たちが気付かせてくれた。例えminaがどんな状況に置かれても、日本中の人が敵に回ったとしても、minaを守り抜く!」

 オレは、自分の想ったままを吐き出した。


「オレは日本中を敵に回してまで戦えるほど、強い人間じゃないんだ。でも逃げるくらいならできる! minaを抱いてどこまでだって逃げてやる、逃げて逃げて逃げまくってやる!」


「カズ……くん」

 minaの瞳に、熱が、灯り始めた。


「世間の目にさらされるのが辛いなら、どこか田舎で二人で暮らしてもいい。日本がイヤなら、どこか海外で、minaの好きな海が見える南の島で暮らしてもいい。minaだけはなんとか守り抜く! ようやく、その覚悟が出来たんだ!」


「カズくん、その気持ちはとても嬉しいよ。だけど、カズくんは銀行のお仕事があるじゃない? それは……」

「銀行は辞める! もう、辞表を出した」


「えっ!? カズくん! そんな、私のためにそこまで……でも、カズくんの夢は? 日本を金融業で元気にする! っていう夢はどうするの?」

 驚いて、目を丸くするmina。


「そんなの、minaの存在に比べれば、些細なことだよ。それに、オレは昔は結構優秀なバンカーだったんだ。落ち着いたら再就職したっていいし、どこか海外で、その地域の人に貢献することだってできる」


「カズくん……私、もう一度だけ、カズくんを信じてもいいの?」


「ああ、だから、佐伯和弘として。一人の人間としてのオレを見て欲しい。オレと、ずっと一緒にいて欲しい! 」


「カズくん!!」

 minaがオレの胸に勢いよく飛び込んできた。

 その華奢な体に両腕を回して、しっかりと受け止める。

 なんだか久し振りのminaの温もり。

 長い綺麗な髪がふわっと舞って、オレの大好きな彼女の香りがした。


「mina!」

「カズくん! 私、辛かったんだから……カズくんに振られて、毎日泣いてたよ。真由ちゃんや佳奈ちゃんや、雨宮さんが側にいてくれたけど……」


「mina! もう離さないよ! ほんとにごめんな。ずっと一緒だ! これからは! 」


 minaはオレの胸に顔を埋めて、さめざめと泣き始めた。

 観客の中にも、胸を打たれたのだろうか、もらい泣きをしている人もいた。


 そのまま、どれくらいの時間が経過しただろうか。

 あちこちから、すすり泣く声が聞こえている。


 minaのピンク色のワンピース越しに、彼女の温かい鼓動を確かに感じた。

 オレがようやく、安堵したため息をついた、その時だった。


 minaは、ハッと何かに気付いたのか、オレの腰に手を回したまま、顔を上げた。

 そして、舞台袖の方へ向かって、叫んだ。


「岡安さん! 私のギター、持ってます!?」

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