第五話 龍虎相撃つ
「カズくんは私の恋人よ!!」
minaの口から飛び出した、衝撃的な言葉……
言ってしまったか。
minaは一瞬、しまったという顔をしたが、やがて何かを決意したかのような真面目な顔をし、可愛らしい手をぎゅっと握りしめて立っていた。
「ウソ……でしょ……?」
茫然としているオレに代わって、先に正気に戻ったのは佳奈だった。
「本当よ」
minaは決意のこもったまなざしで、佳奈の方を見た。
「だって、カズ兄が芸能人と付き合っているなんて……ありえないよ。だいたい、カズ兄は佳奈が東京に来てから、毎週のように私と会っていたよ。連休だって、私と一緒に新潟に帰ったし……デートするヒマなんてないじゃん?」
minaは本当か? というようにオレの方を見た。
雨宮さん仕込みのメンチビーム! 怖い。思わず足が震えてしまいそうになる。
「ずいぶん、仲がいいのね……でも、私とカズくんが付き合っているのは本当よ。最近、お互い忙しくて、会えてなかったけど。告白もしてもらったし、ギュってしてもらって、キスもしたわ……」
「そんな……」
佳奈がオレにしがみつく手の力が抜けてきた。
「でも、私だってカズ兄のこと、ずっとずっと好きだったもん。小さいころから将来の夢は、カズ兄のお嫁さんで。そのために料理も頑張って覚えて。勉強して東京の大学に来たのも、カズ兄のそばで暮らすためだもん。」
そうだったのか……年が十二も離れているから、うっとおしく懐いているだけで、まさか恋愛感情はないと思っていたが……こないだの雨の日も、ちょっとオレをからかっただけとか、そんな感じだと思っていたし。
「そう、でも、今年高校卒業ってことはカズくんと十二歳も違うじゃない! 従姉妹だし……おかしいわよ……そんなの」
minaが、佳奈をジッと睨んだ。
抜き身の刀を打ち合うような、言葉と言葉の応酬。
法螺貝の響き、騎馬の嘶き、足軽の甲冑が擦れ合う音、兵士達の叫び声。
オレは、四五〇年前の上杉謙信と武田信玄の川中島の戦いを連想した。
目を閉じれば、霧が立ち込める八幡原の光景が浮かんでくるかのようだ……
雑兵のオレは、ただただ立ち尽くすしかなかった。
「おかしくなんかない! 愛があれば、年の差なんて関係ないもん!」
越後の龍、謙信が駿馬に跨り、太刀を振りかざして迫る!
「カズくんが十八歳の時、あなたは六歳じゃない! 犯罪よ!」
甲斐の虎、信玄が軍配で真っ向から太刀を受け止める!
「だいたい二人はどこまで行ったの? キスだけ? そんなの付き合っているうちに入んないよ! 佳奈は……カズ兄なら……キスも、その先も、何をされてもいい!!」
ちょっと待て、過激するだろ! ヘンな映画とかに影響されすぎだ。
「カズくんはいつも私に優しいメールをくれる。こないだだって、早く会いたいって言ってくれた。カズくんは私を愛しているの! そんな、色仕掛けで迫るなんて卑怯よ!」
「色仕掛けなんかじゃない! これは、佳奈のカズ兄への気持ちだもん」
「何を言っても無駄だわ……で、カズくん! どうするの?」
信玄公、いや、minaの鋭い目線が、オレに突き刺さった。
「カズ兄……どっちを選ぶの? ねえ、佳奈だよね?」
越後の龍、佳奈も負けずに、こちらを振り向く。
火縄銃の流れ弾が二発も飛んできて、オレの胸に突き刺さった。
佐伯和弘殿、お討ち死に!!
むしろ、討ち死にできたほうが……幸せだ。
しかし、いつまでも現実逃避している訳にもいかない。
二人が争っている理由は、要するにオレなのだから……
オレは、慎重に言葉を選びながら言った。
「オレは……minaが好きだ。やっぱり……minaと過ごした一年間は特別だから……オレを立ち直らせてくれたのはminaだし……これからも一緒にいたい。」
オレはさらに言葉を続ける。
「佳奈……ごめん、お前の気持ち、気付いてやれなかった……」
「カズ兄、なんで……なんでなの……」
佳奈は、力が抜けたように、その場にしゃがみこんだ。
いつもは元気いっぱいの愛らしい顔が、これ以上ないくらい、曇っている。
彼女の瞳から、涙が溢れ出した。
涙は彼女の叫び声を伴って、とめどなく流れていた。