第四十七話 社長
minaの楽屋の扉の前。
minaと、母親と、妹の真理がひとしきり落ち着いたと思われるころに、オレはminaの楽屋の扉を開けた。
母親と真理に囲まれて、家族の絆を取り戻したminaの笑顔は、上手く言えないが、どこか心配事が解決したような、ほっとしたような、温かい、そんな表情をしていた。
もちろん、今までもminaの笑顔は可愛いのだけど、なんかもう……眩しく、光り輝いている。
このまま国民的スターへの階段を一気に駆け上がってしまうんじゃないかと思ってしまうような、誰もが魅了されるような、そんな笑顔だった。
「ねえ、このあと、食事に行こうと思うんだけど、カズくんもどう?」
オレに気付いたminaが、そう呼びかけてくれた。
「いや、いいよ。オレは。せっかくの家族水入らずなんだし、邪魔しちゃ悪いよ」
「えー、お兄ちゃんも一緒に行こうよ。ねえ、いいよね、お母さん」
真理は、母親の方を見た。
「そうだね、あたしも、minaの彼氏ともっとゆっくり話してみたいよ」
母親がそう言ってうなずいた。
「じゃあ、決まりね」
minaが嬉しそうに、オレの方を見た。
東和銀行の面々や、minaともよく通った、いつもの店。
お洒落な創作料理店の奥の個室。
オレ、隣にmina、テーブルを挟んで真理、母親、という風に、オレたちは食事を囲んだ。
真理と母親から……特に真理から質問攻めに合い、オレとminaの過去を洗いざらい白状させられた。
「えーっ! 酔っぱらいから絡まれたのが出会いで、二年越しに運命の再会をしたの!? なんか、ロマンチック!」
真理は目を輝かせて食いついてきた。
「しかも再会してから、ほぼ一年片想いだったんだ! お兄ちゃんって、ほんと鈍感だよね」
「そうそう、私が何回も食事に誘っても、田中くんとか真由ちゃんとか一緒に連れてきちゃうし、大変だったんだから」
少し遠い目をしながら、楽しそうに語る、mina。
なんか最近、よく鈍感とか言われるのだが、そんなに鈍いのか? オレは?
これでも銀行内では、取引先の経営内容や決算書を見る目は鋭いと言われてきたのに。
母親は、嬉しそうにそんなやりとりを見ていた。
そんな楽しかった? 時間もあっという間に過ぎて、店の入口で、オレは、三人と別れた。今夜はminaも鎌倉の実家に泊まるとのこと。
「お兄ちゃん、楽しかったよ。またお食事行こうね? 今度は二人っきりで行こうか?」
真理がイタズラっぽい顔をしながら、オレの方を見た。
「ダメよ。真理と二人っきりなんて、危なすぎるわ」
少しふくれっ面をするmina。
こうして見るとこの姉妹、外見は良く似ているよな。中身は違う気がするけど。
「冗談よ、でも、またみんなで行こうね。鎌倉にも、また遊びに来てね」
「佐伯さん、至らない娘ですが、どうかよろしくお願いします」
母親は、そう言って深々と頭を下げた。
「いえ、こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
オレもつられて、頭を下げた。
次の日、月曜日。
東和銀行の支店。
いつものようにオレが外回りから帰って来ると、なんとC社の社長が来店していた。
「よう、ちゃんと働いてるみたいだな?」
社長はストライプ柄のブルーのスーツにノーネクタイ。茶色の高そうな靴は光沢を帯びていて、相変わらず『できる業界人』という格好をしていた。
「しゃ、社長!?」
「なんだよ、俺がここにいたら悪いか? 取引先だぞ。まあ担当者は芸能人との恋にうつつを抜かしていて、ちっともこっちに来ないがな」
確かにC社には、今年の三月のminaの事務所の移籍騒動の際に、まとまった資金を貸付している。
一応、担当はオレだ。だが会社は順調に利益を出しているし、融資の返済もきちんと行われており、追加貸出の要請もないので、担当者としては訪問する理由もないのだ。
「いえ、そんなことは……」
また、どうせ例の嫌味が来る、早々に逃げよう、そう思っていた。
「俺からの宿題、ちゃんと出来ていたみたいじゃないか? お前も中々やるな」
minaの家族との絆を取り戻したことか?
もう知っているのか? 相変わらず早耳だ。
「minaが鎌倉の実家に泊まったって嬉しそうに話していたから、ピンと来たんだよ。さすがは『企業再生の魔術師』だ。恐れ入ったよ」
オレのかつての渾名に触れながら、社長はそう言っておどけた。
「minaは確かに家族との絆を取り戻しました。でも、それはオレだけの力じゃない。minaの、そして、協力してくれた周りの人の力です」
「ふん、相変わらずの綺麗事か」
「これでも、まだ……オレとminaは結婚できないと?」
オレの言葉を受けて、社長はギロっとこちらを見てきた。
まるで、猛獣が相手を睨みつけるような、そんな目線だった。
しばしの沈黙のあと、社長は告げた。
「例えば、お前……日本中を敵に回したとしても、minaを守り抜く覚悟があるか?」
「えっ!?」
咄嗟に言葉が出て来なかった。
例えば、龍野ハヤトの騒動の時のような、マスコミの二人への祝福モード……それをさらに拡散させるSNSの声……
それが、もし悪意へと変わったとしたら……それでも、オレは、minaを……
「なんだお前、仮の話でそんなことじゃ、先が思いやられるぞ!」
黙り込んでいるオレに対して、社長はさらに続けた。
「ハヤトなら、迷わず、『はい!』と言うだろう。まあアイツは直情バカだからな。実力が伴うかは、別だがな」
「な、何を言うんですか……」
「ひよっこのお前に、忠告しといてやるよ。上手く行っている時こそ、この業界は危ないんだ」
「えっ!?」
「夢破れて故郷へ帰るくらいなら可愛いもんだ。ボロボロになって、再起不能になったヤツなんて、幾らでもいるからな」
社長はそんな例を思い出したのか、少し遠い目をしながら、そう言い放った。
「まあ、せいぜい気をつけな。いつまでも可愛い恋愛ゴッコができるといいけどな」
「な、な……」
社長のプレッシャーに何も言い返せず、オレはただ、後ろ手を振りながら去っていく社長の背中を見つめることしか、できなかった。




