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第四十六話 母と娘

 そして、日曜日。

 渋谷のコンサートホールでのminaのライブ二日目。


 昨日はminaの、姉妹の絆を取り戻した。


 今日こそは、何としても、母親に来てもらいたい。


 祈るような気持ちで、オレはホールの入口を眺めていた。

 

 今日も岡安さんは前列のいい席を用意してくれて、オレの分と、真理と母親の三人分。

 東和銀行の面々もオレたちとは離れているが、後ろの方の席で、minaのライブの開始をを心待ちにしているはずだ。


 開始十分前……楽しそうに話す観客達の間で、おれは焦れったい気持ちになっていた。


 まだ……来ない……

 真理に電話した方がいいのだろうか?


 いや、真理を信じてみよう。昨日の真理の涙は本物だった。


「必ず、お母さんを連れてくるからね!」

 と力強く言っていた。オレは、その言葉を信じたい。


 そんな葛藤を抱きながら、オレがもう何十回目か、ホールの入り口に目をやったときだった。


「なんだい!? ここは? 買い物にどうしても付き合って欲しいっていうから来たのに……全然違うじゃないか」

 真理と一緒に、minaの母親が姿を現した。


「お、お母さん……実は……」

 すまなそうに切り出す、真理。


「しかも、minaのライブ!? あたしが見たくないのを知ってるだろ……」

 母親は、オレの方に歩いてきたが、明らかに不機嫌そうだった。


「申し訳ありません!」

 オレは腰を九十度に折って丁寧に頭を下げて続けた。


「どうか、minaの……娘さんの歌を聞いていただけないでしょうか! 今日一日だけで構わないので!」

 色々と策を講じたが、最後は誠意、これしかない!


「あんたまでグルなのかい! あたしはminaが芸能界に入るなんて元々反対だったんだよ。歌なんて聞きたくもないし」


「そこを何とか……お願いします!」

「お母さん、私からもお願い! お姉ちゃんの歌を……聞いてあげて」

 真剣な表情で、母親を促す、真理。


 母親は、オレと真理から二人がかりで説得されたのが気に食わなかったのか、そのまま押し黙ってしまった。

 

 だが、そのまま動かない所を見ると、なんとかライブ会場に留まる意志はあるようだ。



 そして、昨日と同じように、照明が消され、minaのライブが始まった。

 これから始まる歓喜のステージに、期待を寄せる観客達。


 minaが昨日と同じような、シンプルなワンピース姿で、ギターを抱えて姿を表した。


 minaのニューアルバムに収録されている、彼女から彼氏への愛する気持ちを歌ったラブソング、『二十センチ』。


 小さな体を揺らしながら、ギターを抱えて、軽快に歌う、mina。


『私が壁にぶつかると あなたはいつも、大丈夫! 君ならできるって励ましてくれる』


『隣にいるあなた 二人の距離 わずか二十センチ あなたにあげたい 全部』


『私に 新しい世界を見せてくれるあなた 次は どんな夢へ羽ばたかせてくれるの? 二十センチの身長差の二人 あなたに届けるよ ラブソング』


 minaは楽しそうに、まるで恋人を見つめるように、ギターに乗せて、自分の想いを届けていた。

 年頃の女の子が聞いたら、恋をしたくなるだろう。そんな曲。



「ねえ、お兄ちゃん」

 歌が終わると、隣の真理が、小声で、話しかけてきた。


「ん? なに?」

「これって、お兄ちゃんのことを歌った曲だよね?」

 真理がニヤリとした小悪魔的な微笑みを浮かべた。

 minaとよく似ていているが、妹なのにこちらの方が少し大人っぽい、そんな表情。


「えっ!? そうかな……そんなことないと思うけど」


「絶対そうだよ! お兄ちゃんって、ほんと鈍感なんだね」

 minaと同じ長い髪を少し揺らして、真理はそっぽを向いた。


「な、なんでそうなるの?」

 オレは鈍感だと言い放つ真理に、理由を問い詰めたかったが、次の曲が始まってしまった。


 母親は、不機嫌なのか、何を考えているのかわからない表情で、minaの方をじっと見ていた。



 minaがアコステックギターを傍らのスタンドに置いて、エレキギターに持ち替えた。


 そして、印象的なギターのイントロが奏でられ始める。


 この曲……オレも大好きな曲。

『ノンフィクション』だ!


 そして一気に会場のボルテージを上げる! ドラムとベースの音!

 ワァーっと声を上げる、観客達。


『人生の主役は いつだって自分自身』

『だから 自分の可能性 全て信じて もう一回やってみようよ』


 何かに挑む人の背中を、後押しするような、応援ソング。

 やっぱり、何回聞いても、いい曲だよな。

 ライブでminaの弾ける笑顔を見ながら、観客と一緒に盛り上がりながら聴くと、さらに気持ちが高まる。


 本当に歌が好きなんだな、minaは。

 そして、自分の想いを、きちんと観客に届けている。

 ファンはきちんとその想いを受け止めている。


 会場は一体となって、歌姫の透き通った、力強い歌声に酔いしれた。



 ライブも、終盤に差し掛かった。

 minaが、アコステックギター片手に、再びスポットライトに照らされた。


「この曲は……私が家族への想いを込めて作った曲です。実は……」

 そう言ってminaは一度言葉を切った。


「最初は作りたいとは思ってなかったんだけど、ある人に言われて……自分なりの想いを込めてみました。あの……聞いてください、『由比ヶ浜』」


 minaは、ギターを一回かき鳴らすと、ゆっくりと歌い始めた。


『小さな緑の電車に乗って……』

 minaのギターのアルペジオに乗せて、バラード調の歌が奏でられる。


『お父さんに手を引かれて 家族で散歩した由比ヶ浜 夕日がとても綺麗だった』


『一緒に浜辺を追いかけっこした 小さな私の妹』


『お弁当のおにぎり……美味しかったな また食べたいな』


『いつか私も、お母さんになったら、作ってあげたいな あったかい あのおにぎり』


 minaの想いが伝わってきたのか、すすり泣く観客もいた。


 こちらに気づいたのか?

 母親が見ているのがわかっているのか?

 歌うminaの瞳も、ライトに照らされて潤んでいるようだった。


 真理も、昨日と同じように、涙を流して聞いていた。


 ちらりとminaの母親の方に目をやると、じっと聞いているようではあったが、照明の関係でその表情はよくわからなかった。



 そうして、ライブが終わった。


 minaの曲を母親に聞かせることはできたが、果たしてその想いは届いたのだろうか。

 minaの母親は、難しそうな、何とも言えない表情をしていた。


「お母さん……お姉ちゃんの楽屋に、行ってみない?」

 真理がそう母親に問いかけた。


「そんな……いいよ。あたしは帰る。別に話すことなんてないよ」


「ねえ、そう言わずに、お願い!」


「せめて、一声だけでも、掛けてやってもらえませんか?」

 オレからも、そう頼んでみた。


「しょうがないねえ……すぐに帰るよ」

 どこか面倒くさそうに、母親は答えた。



 minaの楽屋に行くと、minaは岡安さんと立ったまま真剣に話し込んでいた。

 ライブの反省とか、次のスケジュールの打ち合わせとか、そんな感じだろうか?


 楽屋の扉の開く音に気づいたのか、minaが入り口のオレたちの方を見た。

 そして、


「お母さん……」

 minaは驚いた表情を見せた。


「聴いたよ。ミナ」

 投げやりな言葉を放つ、母親。


 その言葉のあと、五人の間に、沈黙が流れる。


 本当に、たった一言だけ……

 母親の本心がわからない。

 これだけでは、親子の絆を取り戻すのは……


「じゃあ、あたしは帰るよ。明日は仕事だからね、早めに帰って寝ないと」

 母親はそう言って、minaに背を向けて帰ろうとした。


「待って、お母さん!」

 真理がそう言って、母親を遮った。


「お母さん……私……知ってるよ。お母さん、お姉ちゃんの出てる雑誌、全部買ってるよね?」


「えっ!?」

 驚く、オレたち。


「それに、お姉ちゃんの出てる歌番組も、コッソリ録画してるでしょ……」


 みんなが、一様に、minaの母親の表情に注目した。


 母親は、無表情を貫いていたが、オレたちの目線に気づいたのかやがて表情を変えた。


「なんだ……バレてたのかい……」

 母親は、少し寂しそうにつぶやいた。


「知ってたよ。お姉ちゃんがデビューしてから、ずっと、そうだよね?」


「私が、小さい頃生活で苦労したから、娘達にはそんな思いをして欲しくない。だから、堅実な道を歩んで欲しいって、二人にはそう言い聞かせてきた」

 母親はぽつりぽつりと語り始めた。


「でも、反対しても、あんたは……ミナは、自分の道を行ってしまって……」

 母親は、minaの方を見つめた。


「お、お母さん……」


「例えデビューしても、芸能界はそんなに甘い世界じゃない……あたしは業界のことはよくわからないが……夢が中途半端に終って、ミナがボロボロになるよりは、早く辞めたほうがって、そう思っていた」


「そ、そうだったの……」


「まあ、でも、親の心ってもんは伝わらないもんだね……顔を合わせればケンカばかり……最近じゃせめてあたしを憎んで、活躍する糧にしてくれればと、そう思っていたよ」


「お母さんは、私のことなんて、嫌いだと、そう思ってた……」

 声を震わせながら、minaが言葉を絞り出した。


「自分がお腹を痛めて産んだ実の娘だよ……嫌いなことなんて……あるわけないじゃないか……」

 母親の声も、震えていた。


「紅白歌合戦も、ご覧になったんですね?」

 オレはそう確認した。


「ああ、夜勤だったけど、同僚にコッソリ頼んで見せてもらったよ。遅くなったけど……おめでとう! ミナ。ついに、夢が叶ったね」


「お母さん! ほんとは、私、寂しかったの……お母さんに、真理に、認めてもらいたかった! よくやった! って言って欲しかった。岡安さんや、カズくんがいてくれたけど、私の心は、いつも孤独を抱えていたの……」


「ミナ……」


「お母さん!」

 minaは母親の元へ飛び込んで行き、二人はきつく抱きしめ合った。


「お姉ちゃんは! すごいよ! お姉ちゃんは私たちの誇りだもん! ねえお母さん?」

 真理が抱き合っているminaと母親に重なるように、二人の肩を支えた。


「そうだよ。お父さんもきっと、喜んでいるはずだよ」

 minaを抱きしめて、涙を流しながら、満足そうな表情の母親。


 母親の言葉の通り、亡くなった父親がminaの芸能界での活躍と、今のこの光景を見たら、きっと喜んでいることだろう。



「邪魔者の我々は、外に出ましょうか?」


 岡安さんが、そうオレを促した。


 オレと岡安さんは外に出て、しばし聞き耳を立てて中の様子を伺っていた。


 三人の女性家族がすすり泣く声は、少しずつ聞こえなくなり、やがて内からは、にぎやかな笑い声が聞こえてきた。


 顔は見えないけど、minaはきっと本当の笑顔を取り戻したんだろう……


 良かったな! mina。

 やっぱり、家族に愛されて、認められるのが一番だよ。


 minaの明るい声を扉越しに聞きながら、オレの心はじんわりと温かい気持ちになっていった。


 オレも素敵な、minaの笑顔を早く見たいよ。

 色々とあったが、充実感と満ち足りた気持ちで、オレの胸はいっぱいになった。

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