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第四十五話 姉と妹

 十月の最終土曜日。


 渋谷のコンサートホールの2daysを皮切りに、minaのライブツアーが始まった。


 minaとオレが作った曲も、プロデューサーのチェックを経て、きちんと完成。

 シングルとしては出せないけど、そのうちカップリング曲として入れたいとのこと。


 オレは、久し振りのminaのライブに胸が高鳴っていた。

 胸が高鳴る、そして緊張する理由は他にもある。


 minaの妹の真理まりに頼んで、minaの母親をライブに連れてきてもらうように頼んでいるのだ。

 もちろん、母親がminaのライブに足を運んだことはない、とのこと。

 


 真理とは事前に電話をしていた。


「お兄ちゃん、なんとか頑張って、お母さんをお姉ちゃんのライブに連れてくるね」

「うん、ありがとう。なんとか頼むよ。それより真理?」


「ん? どうしたの? お兄ちゃん?」

「その、お兄ちゃんって呼び方、なんとかならないかな?」


「えっ? だってお兄ちゃんはお兄ちゃんじゃない? そのうち本当にお兄ちゃんになるかもだし。まさか……私のお姉ちゃんとは遊びなの?」

 うわぁー、電話越しに真理の小悪魔のような、いたずらっぽい笑顔が浮かぶようだ。


「いや、そんなことないけど」

「じゃあ、私がお兄ちゃんって呼んでもいいんじゃない?」


「わかったよ。好きに呼んでよ」

 なんか、minaを強化人間にしたような性格だ。

 来年入行してくるらしいけど。

 大丈夫か? 東和銀行?



 去年のライブよりも、広い会場。

 倍の約二千人が入る。


 オレは、同じくminaに招待されていた従姉妹の佳奈と一緒に、先に席について、真理と母親の到着を待っていた。

 母親は多忙な看護師にしては珍しく、今週の土日は休みらしいが。

 あまり鎌倉から出ることはないらしい。

 果たして、真理はちゃんと母親を連れてきてくれるだろうか。


 佳奈に、この間の真理や母親との出来事を話しながら、ライブが始まるのを待った。

 席は前から五列目という最高の席を、岡安さんが用意してくれた。


 でも、なかなか真理と母親は到着しない。

 オレがやきもきしている間に、とうとうminaのライブが始まってしまった。


 会場の照明が消され、辺りが暗くなる。

 一瞬どよめき、そして、期待を寄せる、観客達。


 数十秒後、スポットライトが中央に集まり、ギターを抱えたminaが姿を表した。

 minaはシンプルな、白いワンピースに身を包んでいた。


 minaのデビュー曲、自分と友達を励ます応援ソングが、奏でられる。

 オレは、会場の入口の方を見た。

 でも、そこに人影はなかった。


 会場の人々はminaと一体となって、その透き通った歌声に酔いしれていた。


 一曲目が終わると、真理が肩で息をしながら会場へ入ってきた。

「はあ、はあ……」

「真理……どうした? 大丈夫か?」


「ごめん、お兄ちゃん!」

 真理は長い髪が乱れるのも気にせずに、オレに向かって告げた。


「お母さんを連れてくることが……できなかった」

「そ、そうか……」

「ライブのことは内緒で、東京に連れ出そうとしたんだけど。上手く行かなくて……」

 申し訳無さそうな表情の、真理。


 ライブは明日の日曜もある。それに賭けるしかないか。


「私だけでも、見ていっていいかな?」

「もちろん」


「実は、お姉ちゃんのライブ見るの初めてなんだ」

 真理はそう言って、ペロっと舌を出した。

 そして、佳奈と目が合ったようで、小さく頭を下げた。


「カズ兄、この人がmina姉の妹さん?」

 佳奈が小声でオレに聞いてきた。


「うん、そうだよ。真理っていうんだ」


「mina姉によく似ているね。あと、やっぱりカズ兄はモテるんだね」

「えっ、どういうこと?」


「なんでもない」

 佳奈はそう言うと、ステージ上のminaの方へ向き直った。


 minaの次の曲が始まってしまったので、オレはそれ以上佳奈に質問する機会を逃してしまった。


 minaの切ない片想いの歌。


 ラブラブなカップルを描いた歌。


 そして、家族への想いを歌った曲。


 minaの曲を聞いて……真理は両目いっぱいに涙を浮かべていた。



 約二時間のバンドの共演あり、ギターの弾き語りありのminaのライブが、あっという間に終わった。

 

 会場の照明が明るくなり、人々が満足げな表情を浮かべて帰り始めても、真理は、泣きながら、その場にたたずんでいた。


 それをオレと佳奈はそっと見守っていた。


 ようやく落ち着くと、真理はオレに向かって言った。


「お兄ちゃん、私を、お姉ちゃんの楽屋に、連れて行ってくれる?」


「うん、いいよ」

 こんなこともあろうかと、岡安さんからスタッフパスを預かっていた。

 首からぶら下げておけば、関係者以外立ち入り禁止の楽屋も入れるという代物だ。まあ、オレ、マネージャー見習いだからな。


 佳奈の方を見ると、


「私は、ここで、待っとくよ。お邪魔をしても悪いし」

 ショートカットの髪を少し寂しげに揺らしながら、佳奈が言った。


「わかった。ありがとう」

 オレは佳奈にそう告げると、真理と共に、minaの楽屋へと急いだ。



 minaの楽屋へ入ると、小柄な丸メガネの男性と、金色の長髪のスラリとした男性が、minaと親しげに話していた。


「minaちゃん! こないだはありがとう! ジュリナちゃんの楽屋に呼んでくれて! もう、大感激だったよ!」

 丸メガネの男性は興奮したように、minaに話しかけていた。


「喜んでいただけて良かったです。店長と、ずっと約束してましたもんね」

 笑いながら話す、mina。


「あら、この人がminaちゃんの王子様? いい男じゃない!」

 金髪の男性は、まるで品定めでもするように、入り口に立っているオレの方をじっと見つめた。

 なんか、そういう目線で見られると、何とも言えない気分になる。


「ああ、カズくん、この人達はデビュー当時から私を応援してくれた人達で……」

 minaは男性二人をオレに紹介しようとしたが、そこで、オレの後ろの真理に気づいたようだ。


「お姉ちゃん!」

 minaに駆け寄る、真理。


「真理……」

 妹を見つめる、mina。


「お姉ちゃんのライブ、ちゃんと見たよ」


「真理……来て、くれたんだ」

 minaの瞳が、徐々に潤んできた。


「お姉ちゃん……今まで、ごめんね」

 涙が、また真理の頬を伝い始めた。


「そんな、真理が謝ることなんて……ないよ」


「私ね、お母さんがお姉ちゃんを怒るのを見てて、どこかで『いい気味』だって思ってたんだ。ほんとは羨ましかったの……お姉ちゃんのこと」


「私を……優等生の真理が、私を?」

 少し驚いた表情の、mina。


「お姉ちゃんは夢に向かって突き進んでいて、でも私はお母さんや周りの人に言われるがままに、勉強して、いい学校に入って……でも」


「真理……」


「本当は私、アイドルになりたかったの。人前で歌って、踊って、それをみんなに見てもらって、ファンに元気をプレゼントする。そんな存在になりたかった……」

 真理は自分の想いを、全て吐き出したようだった。


「真理……そうだったの? 全然知らなかった」


「う、うん。そうなんだ……」


「今からでも遅くないよ。もし、よければ、事務所とか、紹介するし……」

 minaがためらいがちにそう提案した。


「でも、もういいんだ。お母さん悲しむし。それにね、お兄ちゃん、佐伯さんに会って、この人がいる銀行で働くのも悪くないなって思ったの」


「カズくん……のこと?」


「大丈夫、お姉ちゃんから佐伯さんを取らないから、安心して。いつか銀行で、私の本当にやりたいことが見つかるかもしれない。佐伯さんと話しているとそんな風に思ったの」

 涙を流しながら、どこかスッキリとした表情の真理。


「真理……本当に、来てくれてありがとう」

 minaの頬も涙が伝って流れていた。それは、とても美しい涙だった。


「お姉ちゃん……明日は、絶対にお母さんを連れてくるからね!」

 真理は泣いた目を真っ赤にしながら、力強く宣言した。


「う、うん」


 姉妹は涙を流しながら、お互いの手を握りしめていた。


 オレと男性二人は、その微笑ましい様子を見守っていた。


 明日は、どんな日になるのだろうか。


 でも、明るい日、と書いて明日だよな。

 姉妹の絆を目の当たりにしながら、オレはそんなことを思った。

 



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