第四十三話 秘技伝授!?
結局、作曲合宿初日は、minaが取り乱してしまったこともあり、minaのストックの中からメロディを選んだだけで終わってしまった。
曲はバラード調にした。
ミディアムチューンの曲調も候補に挙がったんだが。
家族への想いを乗せて歌う。
やっぱり、しっとりとした感じの方がいいんじゃないかな。
バンドの人と音を合わせる時間はないから、ライブ当日はminaのギター弾き語りになるだろう。
minaと二人、minaの寝室で。
セミダブルベッドで抱き合って眠った。
体にしっとりと馴染む、ベッドのマットレス。
この部屋って何気に高級なものが多いよな。
そんなことをminaに話すと
「私、印税とかお給料とかテレビの出演料とか、口座に入ってくるんだけど、お金のかかる趣味もないから、美味しいものや服、あとは身の回りのものにお金を使うくらいしかないんだよね。このベッドも忙しい中、よく眠れるようにって買ったんだ」
「そうなんだ。確かにすごく寝心地がいい」
「私、お金のことはよくわかってないから。将来は、そういうのも……カズくんに見てもらいたいな……なんて」
minaに腕枕、オレの右腕に彼女の可愛らしい頭がちょこんと乗っている。
自慢の黒髪がオレの体に少しかかっている。
暗闇の中、minaの頬が少し赤く染まった気がした。
「そうだね。お金のことはきちんとしていた方がいいからね」
minaってやっぱ積極的だよな。
さっきの「ゼ○シイ」の件もあるし。
もう、挙式場とか考えてたりしてな……。
もちろん、オレもminaとずっと一緒にいれたらいいなって思っている。
ごめんな、でも、今は家族の絆を取り戻すことに集中したいんだ。
「じゃあ、おやすみ」
軽く口付けをして、オレたちは眠ることにした。
minaの本音も聞くことが出来た。
真理の本心はほぼ聞けたと思うし、母親とのことで協力もしてくれると言ってくれた。
あとは、きっかけさえあれば、母親の想いも聞くことができるはず。
やはり、何としてでも真理に、minaの母親をライブに連れてきてもらおう。
そんなことを考えている内に、傍らのminaの可愛らしい寝息を聞きながら、オレも深い眠りへと落ちていった。
翌朝、オレはminaに見送られて、minaのマンションを後にした。
いくら田中に仕事を肩代わりしてもらっているといっても、定時くらいまでは支店にいないと、田中が死んでしまう。
「あっ、カズくん、それ、私がプレゼントしたネクタイ!」
マネージャー業務の時に、minaがプレゼントしてくれたネクタイ。
さっそく締めてみた。
「う、うん。どうかな? mina」
「すごい、よく似合ってるよ」
目を輝かせて、応えてくれるmina。
「minaのセンスがいいからだよ」
「じゃあ、お仕事頑張ってね、カズくん」
部屋着のminaはそう言って、背伸びをして、オレにチュッと口づけをしてくれた。
それだけで、幸せな気分に浸る、オレ。
真由ちゃんは気を利かせてくれたのか、先に外へ出ていてくれた。
なんか、新婚みたいだな。こういうのも、悪くないかも。
朝食の味噌汁がインスタントでご飯もサ○ウのごはんだったけどね。
そんなのは些細なことだ。
そして夜。
今夜は雨宮さんが、カモフラージュのために一緒にminaのマンションに泊まってくれた。
雨宮さんは、料理の手際がいい。
あっという間に、サーモンのマリネと、若鶏の蒸し焼きと、野菜がたっぷり入ったコンソメスープが食卓に並んだ。
「あっ、おいしい」
思わず舌鼓を打つ、オレ。
「だろ! ダーリンの胃袋はバッチリ掴んでいるからな」
自慢そうに笑う、雨宮さん。
「わ、私だって、ちゃんと手伝ったんだからね」
minaは少しふくれっ面をしていた。
「うん、美味しいよ。ありがとう、mina」
ちゃんとフォローできてるかなぁ。やっぱ女の子の機嫌は難しいなあ。
「お前ら、一つ屋根の下ってことは、昨日はお楽しみだったのか?」
雨宮さんがさも当然というように聞いてきた。
こんな、脳内ピンク色の先輩と一緒にしないで欲しい。
「いえ……昨日はちょっと、色々ありまして。曲作りも忙しかったし」
そう、言い訳をする、mina。
「ダメだぞ。男は胃袋と、もう一つできちんと掴まえないと。そうだ、mina、今日も一緒に風呂に入ろうか?」
「えっ、いいんですか?」
minaのマンションのお風呂って、確かに広いもんな。
「もちろん。あたしのテクを特別に伝授してやろう!」
「そ、それじゃあ……お願いします」
「よし、そうこなくちゃな」
「あ、あと……もう一つお願いが……」
minaはためらいがちに聞いた。
「ん? どうした? あたしのテクだけじゃ足りないのか?」
「料理も、今度、教えていただけますか?」
「お安い御用だ。佐伯! minaがこれだけ頑張ってるんだ。そろそろ覚悟を決めたほうがいいんじゃないか?」
雨宮さんの矛先がオレの方へと向いてきた。
「そ、そうですよね……」
オレは、あいまいにうなづくしかなかった。
女性同士の裸の付き合いで、どんな話し合いが行われたか知らないが……
湯上がりの雨宮さんとminaは、ハイタッチをして別れた。
いつぞや、みたような光景。
「早く曲を作って、お楽しみ、頑張れよ」
雨宮さんはそう言って、缶ビールを抱え込んで部屋の中へと入っていった。
minaのリビングの隅に、電子ピアノとその上にパソコンのモニターのようなものが置かれている。よくわからないが、これでメロディを打ち込んで、作曲をしているらしい。最近は、何でもデジタルなんだな。
パソコン画面を慣れた手つきで操作して、minaは昨日一緒に決めたメロディを流してくれた。
あとは、歌詞なんだけど……。
全くの専門外だからなあ……。
でも、minaとの夏の外房での演技練習や慣れないマネージャー業でも学んだことがある。銀行の仕事で得たことは、きっと応用が効くはずだ。
人前で話す、プレゼンのコツ。
なるべく本番と同じ環境で、本番と同じように練習。
ライブ本番は、ギター一本の弾き語りだよな。
「ねえ、mina、ギターで、メロディだけって、演奏できる?」
「うん、もちろんできるよ」
minaはそう言って、立てかけてあったギターを大事そうに抱え、メロディを口ずさみながら、ギターを奏でてくれた。
美しいギターの調べと、minaの可愛らしいハミング。
うーん、こうして曲ができていくのか。なんか、感慨深い。
なんて、感傷に浸っている場合ではない。
感傷、やはり家族との思い出にヒントがあるのだろうか?
「mina、家族との思い出、なんでもいいから話してくれないか?」
「えっ! どうしたの、急に?」
「いや、やっぱり家族への曲だからさ、minaの過去の思い出にヒントがあるんじゃないかな、とかさ」
「思い出……お父さんとの思い出はこないだ話したみたいに、いっぱいあるけど」
「でも、お母さんだって、minaが生まれた時からキツく当たってたわけじゃないだろう?」
「そうだね……うーんと」
「うん、何か、ある?」
「お父さんは仕事で忙しそうにしてたんだけど、休日は時間と作って、よく遊びに連れて行ってくれた。家族でドライブに行ったり、江ノ電に乗って由比ヶ浜をよく散歩したり……由比ヶ浜、夕日が海に沈んでいって、とっても綺麗なの」
「そうか、外房の時も、そんなことを言ってたよね。やっぱり、また家族で行きたい?」
「う、うん、でも……無理だよね。お父さんは亡くなっちゃったし、お母さんはあんなんだし……」
少し、落ち込む様子の、mina。
「その想いを、歌に込めたらどう?」
「うーん、そうなんだけどね……」
「そういえば、minaは食いしん坊だよね?」
「そんな、ひっどーい。カズくんにそんなこと言われるなんて」
minaは少し機嫌が直ったのか、微笑みながらふくれっ面をした。
「お母さんの、思い出の料理とか、ないの? いわゆるお袋の味ってやつ」
「料理かあ……。確かにお母さん、よく料理作ってくれたけど……うーん」
考え込む様子の、mina。
そんな仕草も、写真に収めたいくらいに可愛らしい。
「何か、ないかな? 心に残ってるものとか、また食べたいとか」
「あっ、おにぎり! お出かけする時、よく作ってくれた。握り方がね、お口に頬張ると、ごはんがゆっくりとお口に広がって、ちょうどいいんだよね。また、食べたいな……」
minaは幼い頃の記憶を思い出すかのように、遠い目をした。
おにぎり、素朴だが、想いを伝えるにはいいかもしれない。
「おにぎり、いいと思うよ。よし、そんな感じで行ってみようか!」
オレは悪戦苦闘しながら、minaの歌詞ノートに詩を書き始めた。
それをminaがギターのメロディに乗せて、何度も歌う。
そして、直すべき所を二人で話し合って、修正をしていく。
二人の共同作業。
二人で奏でる協奏曲。
minaと顔を見合わせながら、真剣な、でも、楽しい時間が過ぎていった。
曲は、ようやく形になりそうだった。




