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第四十二話 プロポーズされたら……

 minaのマンションにて。


「曲作りって、全くわかんないんだけど、とりあえず、何からしたらいいの?」

 minaの方を向いて、オレは聞いてみた。


「そうね、私の場合は事前にメロディのストックをためておいて、依頼に応じて、メロディを出してきて、それに歌詞をつけるって感じかな。いわゆるメロ先ってやつね」


「ああ、お菓子のCMの曲とか、ドラマの曲とか、それにうまく合うように、歌詞を書いていくわけね」

 なるほど、それなら少し納得がいく。


「うん、でも私、歌詞を書くのニガテなんだ……。ほんとに何十回も書き直したりとか、締め切り直前にできることもしょっちゅう」


「ええっ! あんなに情熱的な曲を作っているのに!?」

 minaは夏休みの宿題とか八月三十一日まで粘ってたクチか?

 でも厳しい音楽の世界。そこで生き残っているだけでもすごいことだよな!


「そう言ってくれたらうれしいけど、あんまりね、苦労してるとか頑張ってるとか人に言いたくないんだ。カズくんには特別に言っちゃうけど」


「ありがとう。信頼してくれて」


「そうだ、私が書いてる、作詞ノート、特別に見せてあげる。プロデューサーさんにも全部見せたことないんだよ。特別だよ」


 minaはそう言って、リビングに並んでいる本棚の所に歩いていった。

 オレもそれに続く。

 

 音楽に関する本の他に、女性向けの雑誌。やっぱりminaも女の子だもんな。

 ジャンルとか、雑誌の発行順とかがバラバラに本棚に入っている気がするが、まあ、あまり突っ込まないでおこう。


 おや!? この分厚い本って……


「プロボーズされたら!」ってよくCMでやってる結婚情報誌「ゼ○シィ」じゃないか!

 ……でもオレ、minaにプロポーズしたっけ?

 してないよな……


 minaが誰か他の人にプロポーズされたとか??

 そんなことないよな。

 

 よく見ると、その隣には「彼氏にプロポーズさせる七つの方法」とか「私たち、逆プロポーズで結婚しました!」とか刺激の強い見出しの雑誌が並んでいる。


 うーん、気持ちは……うれしいんだけどな。


 オレが雑誌の方に視線を移しているのに気づいたのか


「あっ、カズくん、それはね……あの、曲作りの参考になるかな、とか、そっちは真由ちゃんから借りたものなの。そろそろ返さなきゃ、あは……」

 minaはそう言って、少し慌てながら例の雑誌を片付け始めた。


 オレはそんなminaの様子を苦笑しながら眺めていた。

 慌てているminaの表情も可愛いな。


「それよりね、こっちが私の作詞ノート。ほんとにカズくんだけよ、見せるのは。取り留めのない事とか、なぐり書きとか結構あって恥ずかしいんだから」

 minaは、ノートを何冊かオレに渡してくれた。


 学生が勉強で使う大学ノートとは少し違う、厚めの表紙。紙も上質なものを使っていて、めくるたびに指に馴染む。こういう所はこだわりがあるんだな。


 オレは、いったんリビングのテーブルに移動してソファーに腰掛けた。そして作詞ノートをめくりはじめた。こういう所にminaの曲作りのヒントとか、家族への秘めた想いが隠されているのかもしれない。


「あっ、これ、『ノンフィクション』の作詞ノート!」

 完成曲と初期の歌詞はずいぶん違っているんだな。

 あちこちに消しゴムで消した跡とか、「もう無理、書けない」とか小さな落書きがあって、minaが苦労して言葉を紡いだ様子が伺えて、ファンが見たら驚くだろうな。


 オレは感心しながら、次々とページをめくっていった。

 どのページにもminaの情熱と、そして苦悩の跡が伺える。

 普段はスポットライトを浴びて輝いている歌姫の、等身大の歌詞ノート。

 それを見せてくれたminaの信頼を、素直に嬉しく思った。


 あるページを眺めていると、

『佐伯さん、なんでメールすぐに返してくれないの?』

『佐伯さん、お仕事忙しいのかな?』

『佐伯さん、会いたい。できれば二人っきりで』

『佐伯さん……好き』

 minaの走り書きのような字でこんな言葉が書いてあった。


 な、なんだこれは?

 前後の時系列からみて、オレとminaが付き合う前の頃だろうな……


 オレが固まっていると、minaはその雰囲気を察したのか


「あっ、ダメ、これはダメ! もう、お終い!」

 minaは顔を赤らめながら、こっちにやってきて、ノートを取り上げてしまった。


「えー、せっかく何か作詞のヒントが見つかると思ったのに……」

「そんな、いくらカズくんでも恥ずかしいよ」

 そう言って、minaは作詞ノートを全部本棚にしまった。


「うーん、じゃあ、どうやって曲を作ろうかな……」

「家族の曲なんて、別に出来なくてもいい。私はカズくんとこうしてお家デートできればいいもん……」

 minaは拗ねたような様子で、こっちを見てきた。


 そして、ソファーに座っているオレの隣に腰掛けた。

 しっかりとした布地が、体を柔らかく包み込む、そんな上等のソファー。

 minaの黒髪が揺れて、少しだけ、オレの肩にかかった。


「でも、お母さんと、真理と、そしてminaと、たった三人だけの家族じゃないか? すれ違ったままなんて、寂しいよ」


「カズくんは家族の仲がいいから、そんなことが言えるのよ。従姉妹の佳奈ちゃんだっていい子だし」

 minaはふくれっ面をした。


「そんな、確かにうちは……仲は良い方だと思うけど」


「カズくんも会ったでしょ、お母さんは……もうお母さんとも呼びたくない! いつも会ったらあんな感じよ。真理だってどこか私をバカにしたような目で見てくるし……私は、カズくんが認めてくれたら、家族なんて要らないのよ」

 minaは表情をゆがめて、吐き捨てるようにそう言った。


「mina……」


 でも、言葉とは裏腹にminaの心は……暗い闇の中で、一人ぼっちで、声を上げて泣いている気がするのだ。


 付き合う前ならこんなことは言わなかったかもしれない。

 でも、オレは、彼氏として、minaの力になりたい! それならキツイことでも言うべきだろう。

 オレは言葉を続けた。


「mina、本当は、お母さんに、真理に認められたいんじゃないのか? よくやった、頑張っているって、褒めて欲しいんじゃないのか?」


「そんな……そんなこと……ない……」

 minaの目からは、涙が溢れてきた。


 その、minaの華奢な体を、ソファーに体を預けながら、抱きしめた。


 大好きな、香り……

 minaの暖かい温もりを感じる。

 オレの温もりも、minaに届いているといいのだけれど。


「mina、自分に正直になってよ。オレはいつでもminaの味方だから。だから……辛いことでも、なんでも言って欲しいんだ」


「カズくん……う、うぇーん……」

 minaは声を詰まらせながら、泣いた。


「mina……」


「ほんとはね。認めて欲しいよ、お母さんに、真理に……。ひっく、ひっく……お母さん、『紅白なんて見てない』って言ってた。ショックだったよ。普段いがみ合っているけど、本当は見ててくれたんじゃないかって、心のどこかで思ってたから……」


 オレは無言で、泣き声に震えているminaの背中をさすった。


「でも思ったんだ、私は愛されてないから、しょうがないんだって。ほんとは、私だって……」

 再び、minaの泣き声が大きくなった。


「大丈夫だ、一緒に、家族の絆を取り戻そう。minaの歌は、あんなに頑なだったオレの心も解きほぐしてくれたんだ。きっとできるって」


「できるかな……私に?」


「二人でやるんだ! 大丈夫、たくさんの人を感動させているminaならきっとできる。今度は、minaの想いを、家族に届けよう」


「う、うん……カズくん、ありがとう」

 少しだけ、minaは元気を取り戻したようだった。


 オレはminaが落ち着くまで、ずっと、minaの温もりを感じながら、彼女を抱きしめ続けていた。


 必ず、彼女に、本当の笑顔を届ける。そう、胸に秘めながら。



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