第四十話 占い
建長寺の庭園を出ると、高さ約三十メートルの、巨大な山門がオレたちの前に姿を表した。
江戸時代に再建されたと伝わる、禅宗様式の厳粛な雰囲気の門。
オレも、minaも、しばし、その存在感に圧倒された。
「私、近くに住んでいたのに、お墓参り以外ほとんど来たことなかったな。でも、カズくんとこうして散策できて、とても楽しいよ」
「ありがとう、mina。鎌倉はオレも好きな街だから、こうして、もっと縁ができてうれしいよ」
「ほんとは、若宮大路でお土産見たりとか、江ノ電に乗って由比ヶ浜とか、行きたかったんだけどね」
minaが、残念そうにつぶやいた。
「さすがにあっちの方は人気観光地だから、もしminaの正体がバレると、さすがに面倒だろ? 午後からは、minaの仕事もあるし」
「あ、あのさ……すぐじゃなくていいんだけど。私たちの仲がもし公表できたら、今度は連れて行ってくれる?」
minaは、上目遣いでおねだりをしてきた。
「う、うん。もちろんだよ。mina」
オレは照れながら、そう返した。
山門の前には、観光客相手か、屋台がいくつか軒を連ねていた。
遠くの方からか、梵鐘の低い音色が、響いてくる。
「あっ、占いがある! ねえねえ、カズくん。見てもらおうよ」
屋台の通りの端の方、minaは『占い』という立て看板を出して座っている占い師を指差した。
「占いかぁ……あんまり信じないほうだけど、minaが言うなら」
オレはminaに引っ張られるように、看板が出ている方へと歩いて行った。
老婆といってもいいくらいの年老いた小柄な女性が、机をはさんでちょこんと座っていた。淡い緑色の着物をきっちりと着こなしていて、背筋がしゃんと伸びていた。
「いらっしゃい。うちは手相が主だよ。よかったら、二人とも見てあげるよ」
老婆はそう言って、minaに語りかけた。
「わぁ……ぜひ、お願いします」
minaはうれしそうにそう言って、机をはさんで老婆の前の椅子に腰をおろした。
オレも、それに続く。
女の子って、占いとか、好きなのかな。
「お代は、三千円ね。今回は二人見るけど、一人分にしておいてあげるよ」
それでも、結構するんだな。
minaは自分の可愛らしい財布から千円札を三枚出して、大事そうに老婆に渡した。
「それで、何を見て欲しい? 仕事運、健康運、年頃のお嬢ちゃんなら、やっぱり恋愛運かね?」
老婆は金縁のついた眼鏡を傍のケースから出して掛けながら、minaに尋ねた。
「えっーと……」
一瞬オレと目を合わせて、少し微笑むmina。
「まずは、仕事運……かな」
「はいよ。じゃあ、両手のてのひらを、出して」
minaは言われるがままに、可愛らしい小さな両手を、老婆の方に差し出した。
「ふーん、感情表現が豊かな相が出ているね。画家とか、音楽家とかに向いてる人だね」
すごい! ほぼ正確にminaの職業を当てた……
まあ、たまたまだよね。
「ほんとですか! すごい! 私、音楽をやってるんです」
さすがに売れっ子の歌手だとは言わなかったが。
「仕事は、結構下積みが長かったんじゃないか? 五、六年くらいかな? ここ数年は、上手くいっているみたいだね」
老婆が続けた。
「ええっーー!! そんなことまでわかるんですか?」
「あくまでも手相にそう出てるだけだよ。まあ、あたしのは結構当たるって評判だけどね」
minaの反応に機嫌をよくしたのか、老婆はそのまま続けた。
「これからも、少し困難はあるけど、順調に行きそうだね」
「ほんとうですか! やったー!!」
「そっちの坊やも、見せてごらん」
老婆は、オレの方を見た。
坊やって、オレ、もう三十一歳なんだけどな。
オレは、老婆の目線に押されるがまま、両手のひらを差し出した。
老婆は、オレの手に現れた線を、しばらく、指でなぞっていた。
「ふーん、坊やのほうは、頭を使う仕事が向いているみたいだね。あとは人と関わるような仕事……学校の先生とか、金融関係とか、そんな所かね」
今の所、全部当たってる。薄気味悪いくらいに。
「あとは、うーん、数年前に、病気をしたかい? 神経系の病気かな?」
そんなことまでわかるのか……
オレが呆然としていると
「なんだい、図星かい。今日はあたしも調子がいいみたいだね」
そう言って老婆はまた笑った。
「次は、どうする? 付き合ってるんだろ? 二人の相性でも、見てあげようか?」
「私たちが付き合ってるって、そんなことまで手相でわかるんですか?」
minaは目を丸くしていた。
「それは手相じゃなくて、二人の視線とか態度を見ていればなんとなくわかるよ。占いじゃなくて、経験からくる勘だね」
老婆は愉快そうだった。
「そうなんですか! すごーい」
「じゃあ、もう一回、二人共、手のひらを出して」
老婆は、オレとminaの手を交互に見比べ、時たま手に現れる線に触ったりして、考えこんでいた。
「ふむ、相性としては悪くないね。お嬢ちゃんは感情表現が豊かで真っ直ぐな性格をしている。割りと物事に積極的に取り組むタイプだね」
老婆はそこで、オレの方に視線を変えて、続けた。
「坊やのほうは、頭の回転はいい方だが、ちょっと皮肉屋で、物事に取り掛かるまでは慎重なタイプだ。お互いの足りない所を補っていけば、さらにいい関係になるだろうね」
「さらに……いい関係ってことは、あの……け、結婚するかとか、そういうのもわかるんですか?」
minaはオレの方を一瞬チラリと見て、おずおずと老婆に尋ねた。
「ああ、もちろん。まあ、あくまで手相に出てるってだけだがね」
「ぜ、ぜひ、お願いします」
「最近は女の子の方が積極的だっていうけど、もう少し坊やがしっかりした方がいいのかもね」
老婆はオレの方を見ながら皮肉交じりにいった。
なんかオレ、さっきから軽くけなされてないか?
「どれどれ、じゃあ、二人共、手はそのままで」
老婆はオレ達の、特に小指の付け根あたりを重点的に観察した。
「結婚するタイミングでいうと、今から半年から一年くらい。あとは、三年後くらいと、二回、機会がありそうだね」
「半年と……あとは、三年後かぁ……」
「そ、そうなんだ」
どう反応したらよいのか、困る。
「三年後だと、私はもう三十歳だし、カズくんは三十四歳だね……できれば、半年後……とかの方がいいな……なんてね」
minaは、ニッコリと微笑んだ。
「その辺は、そっちの坊や次第じゃないかい?」
なんか、老婆とmina、二人で盛り上がっていて。オレは蚊帳の外という感じだ。
「本当にありがとうございました。なんか、楽しかったです。スッキリしたっていうか」
「そうかい、楽しんでもらえたのなら、よかったよ」
礼を言って、オレたちは占い師の元を後にすることにした。
「あっ! りんご飴がある! 次、あれ食べようよ」
minaが食べ物に釣られて、先に駆けて行った。
「坊や、ちょっと待ちな」
老婆がオレにだけ聞こえるような低い声で、オレを呼び止めた。
minaはすでに次の屋台の前で、りんご飴を選んでいる。
「えっ!? はっ、はい」
「あの子は、近々大きな壁にぶち当たる。仕事の事だけじゃない、人間としての成長が大きく問われることになるだろう」
金縁眼鏡の奥の老婆の目はさっきまでの皮肉交じりなものと違い、ひどく真剣だった。
「な、なにを急に!?」
「その時は、坊やが側にいて、ちゃんと支えてあげるんだよ! お嬢ちゃんの手を決して離してはダメだよ」
腕利きの占い師である老婆の訴えるような表情は、オレの心の底に、いつまでも残ることとなった。




