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第三十九話 北鎌倉にて

 minaと母親は、相変わらず言い合いを続けていた。


「まあ、付き合うんなら、勝手にどうぞ。こんな可愛げのない娘でよければ」

 母親が投げやりな感じで言ってきた。


「カズくんは、そんなこと言わないわよ」

 負けじと、minaが母親を睨む。


 オレはもう、座って、ただジッと見守るしかなかった。

 minaの手前、愛想笑いをするわけにもいかない。


「どうだか、料理もロクに出来ないし、家事も苦手だし、そのうち愛想を尽かされても知らないよ」


「もう私、帰る! もう二度と来ないから」

 minaはそう言って、先にリビングを出て玄関の方へと歩いていった。


 参ったなあ……オレは玄関の方へと消えていくminaの後ろ姿を見つめていた。


「佐伯さんだったかね……娘をよろしくお願いします」

 母親はあまり実感がこもってないのか、夜勤明けで疲れているのか、虚ろな目で、オレに向かって頭を下げた。


 オレも、草橋家をあとにしようか。

 でも、ふと、質問してみたくなった。


 minaの母親の……本心。

 やはり、相手のウソを見破るには、奇襲攻撃!


「お母さん、あそこのスマートっていう雑誌、どなたが買ってきたんですか?」

 オレが質問を投げかけると、母親は一瞬目を丸くしたようだが、


「さあ、わかんないね。真理の彼氏あたりが置いていったんじゃないのかい?」

 母親はすぐに立って雑誌を片付け始めた。


 真理が遊んでいるのは、母親には内緒のはずだ。家に彼氏なんて連れ込んでこないだろう。しかも真理は年上好き。スマートは若者向けの雑誌だ。


 さらに、追撃を加えてみる。


「大晦日でも、夜勤の病院でも、テレビくらいありますよね? しかも年末は入院の患者さんも一時退院して家に帰ることが多いと聞きます。失礼ですが、そこまで忙しくないのでは?」


「いちいち突っかかってくる坊っちゃんだね、銀行員ってのはそんなに詮索好きなのかい? minaは出ていったよ。あんたも帰ったらどうだい?」

 minaの母親はかなり不機嫌になったようだ。


「いえ、失礼いたしました。また、寄らせていただきます」


 刑事コロ○ボにでもなった気分だ。

 でも、これでほぼ確信した。

 この親子はまだ絆を取り戻す余地がある。


 人は、育てられた環境に大きく影響されるという。

 minaは真っ直ぐな性格だし、妹の真理もまあちょっと困った所はあったが、根は素直な性格をしていた。

 そう考えると、minaの母親がそれほど悪い人とは思えないのだ。

 あとは、何か……きっかけがあれば……


 草橋家の玄関を出ると、minaはまさに不機嫌といった表情で、ベージュのトレンチコートのポケットに手を突っ込んで、オレを待っていた。


「だから来たくなかったのよ……ごめんね、カズくん。イヤな思いをさせて」


「いや、そんなことないよ。思いのほか、収穫があった」


 オレとminaは歩きながら話すことにした、このあとminaの父親の墓参りに行って、北鎌倉を少し散策する予定にしていた。

 天気は、曇り空。でも、せっかくのminaとのデートだ。楽しまなくちゃな。


「収穫なんてそんなのあった? たまに帰ると毎回あんな感じ。もう私のことは、娘とは思ってないのよ」


「そうかな。今でも、お母さんはminaのこと、大事に思っていると、オレは思うけど」


「カズくんの読みだって、外れることくらいあるわよ」


 取り付く島もない。スマートの雑誌のことは、minaにはしばらく黙っておいた方がいいかもしれない。


 minaはトレードマークの長い黒髪をシュシュでくくると、ポケットから黒縁のメガネを取り出して、身につけた。この時間帯から観光客も増えてくるので、一応、変装だ。


 minaと隣合って、北鎌倉の落ち着いた街並みを歩く。

 手は繋がない。もしファンにでもバレたら言い訳が出来ない。

 マネージャー代理、そんなスタンスだ。

 でも、久々のminaとのデートは楽しい。

 minaもさっきまでのふくれっ面はやめて、楽しい話題を提供してくれた。


 minaの父親の墓は、鎌倉五山第一で名高い、建長寺の境内にあった。

 父親の墓は、他の家々の墓が立ち並ぶ墓地の中にあり、綺麗に掃除されていた。

 一週間前くらいに供えられたのか、少ししおれた花が飾られていた。

 minaと二人、途中で買った新しい花を供えて、手を合わせた。


ー あなたの娘さんに出会って、娘さんの歌で、私は過去の自分と向き合い、未来を見つめることが出来ました。本当に感謝しています。できれば一度でいいから、お父さんとお酒を酌み交わしたかった ー


 オレはそんなことを思いながら、深く、手を合わせた。

 傍らのminaも真剣に、長いこと手を合わせていた。

 芸能界での報告とか、そんなことをしているのだろうか。

 本当に、お父さんが好きだったんだな。


 まてよ、minaの歌で……オレは変わることができた!


 もしかしたら、minaの歌で、家族の絆を取り戻すことができるかもしれない。


 墓地を出て、建長寺の庭園を二人で散策しながら、オレは考えをまとめはじめた。

「心字池」、『心』という字を模した池と、苔むした庭園が、曇ってはいたが、十月の空に綺麗に映えていた。

 趣のある石で作られた橋と、周りに配置された松の木が、落ち着きを感じさせる。


 彼女と二人で、歴史散策、こういうの、憧れてたんだよな。

 オレは、ふと傍らのminaに目をやった。

 minaも目を細めて、うれしそうな表情をしていた。


「mina! いい考えがあるんだ」


「急にどうしたの? カズくん?」

 minaは少し不思議そうに首を傾げて、オレの方を向いた。


「歌を作るんだ! 家族への想いを込めた歌を! それをお母さんと、真理に聴かせよう。できれば、今度のライブで! そうすれば、何かが変わるかもしれない」


「そんな……ドラマみたいなこと、無理よ。真理はともかく、お母さんはあんなに頑固なのよ。できるわけないよ」


「無理でももう一回やってみよう! あきらめないで! minaがいつも歌でファンを励ましていることじゃないか! ここで逃げてちゃ、何も解決しないよ」


「ず、ずるいよ……カズくん。そんなこと言うなんて」

 minaは、少し口ごもった。


「お願い、オレのリクエストで、歌を作ると思って!」

 オレは、思わずminaに頭を下げた。


「うーん、どうしようかな……」

 minaは少し考え込んでいる様子だった。


「頼む!」


「うーん、いいよ。じゃあ、その代わり……」


「そのかわり?」

 なんだ? 高級焼肉食べ放題とか、豪華ホテルでバイキングとかか?


「カズくんも、一緒に歌を作ろう?」

「えっ!?」

 オレはマネージャーデスマーチで、プロデューサーにイジられながら散々ダメ出しされたことを思い出して、少しげんなりした。

 でも、minaのためだ。オレは快諾した。


「わかったよ。一緒にやろう。でも、どこで歌を作る? ライブまで余り時間がないよ。オレも平日は仕事があるし、スタジオって、借りたりするの結構大変なんだろう?」


「うーん、それは私が、なんとか考えるよ」

 minaの黒縁メガネの奥の瞳が、ニヤっとしたように見えた。


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