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第三十六話 妹の誘惑

 三連休明けの火曜日、オレはさっそく草橋支店長と銀行の応接室で向かい合っていた。


 以前、minaと甘い逢瀬を交わした、あの応接室。

 思い出すと、今でも胸が高鳴る。

 でも、今日は支店長相手に真剣な話だ。


「というわけで、minaの家族のことが知りたいのですが」


 社長の発言は伏せておいたが、オレは年明けに新潟の自分の実家にminaを連れていく予定をしていること。minaの家族の事を聞いたが、ほとんど話してくれないこと。なんとか一度、minaの家族に会って挨拶をしたいことを説明した。


「ふーむ、なんともどうしたもんかな……」

 いつもはどっしりと構えている草橋支店長が珍しく困った顔をしていた。


「支店長は、minaのお父さんの弟さんに当たるんですよね?」

 とりあえず、こういう時はYES・NOで答えられる質問を投げるのがポイントだ。


「ああ、もう、兄貴が亡くなってから、七年くらいになるか……」

 支店長はそう言って、遠い目をした。


「今でも、義理のお姉さん、minaのお母さんと付き合いはあるのですか?」


「いや、兄貴が亡くなってからは、義姉ねえさんとはほとんどないな。ミナとは俺もたまにメールや電話をしているんだが」

 支店長、なんせ、minaの隠れファンだからな。


「minaのお母さんは、どんな方ですか?」

 相手が少し饒舌になったところで、抽象的な質問を狙う。

 これによって、相手から情報を引き出すことができる。

 支店長相手に何やってんだ、オレは。


「うーん、気難しいんだよな……義姉さん」


「気難しいとは?」


「兄貴は、ミナのこと、応援してたんだが。義姉さんは、自分が子供の頃、お金が無くて結構苦労したみたいで、ミナには堅実な道を歩んで欲しかったみたいだな」


 支店長はそこで、一息ついた。


「法事とかで顔を合わせるたびに、『父親も、叔父も堅い職についているのに、どうしてあの子は……』と嘆いてたからな」


「そうですか……」

 母親は堅実な道を歩んでほしいと願っていた。でも、minaはそれに反発して芸能界での夢を貫き続けた。もはや家出同然、って感じか。


「義姉さんはミナの妹と二人で鎌倉の実家に今でも住んでいる。義姉さんは看護師をしているから、結構忙しいみたいだけどな」


「minaの妹の方はどうですか?」


「妹の方は、ミナと違って……と行ったら悪いが、小さい頃から優等生で、母親の言うこともよく聞いていたな。有名な私立大学の四年生だ。確か、就職も堅い所に決まったって聞いたような……」


「妹さんの方に、なんとか会わせてもらえませんか? 連絡先を教えてもらうなり、連絡をつけてもらうなり」


「うーん、一応携帯の番号は知っているんだが、妹の方はいいとして、勝手に話を進めると後で義姉さんの方に何て言われるか……」

 支店長は腕組みをして、考え込んだ。


 尊敬する支店長を脅すのは気が引けるが、こっちも必死だ。

 オレは、なんとか、minaの本当の笑顔が見たい。


「お願いを聞いていただけるなら、今売りこんでる夕霧建設の新規融資の件、なんとか交渉まとめますけど」

「お前、それは公私混同だろ!」

 支店長が腕を組みながら、こっちを睨んできた。


「でも、田中も苦戦してるみたいだし、雨宮さんは忙しいし、できるのは私しかいないんじゃないかなー。なんて。いえ、ただの独り言ですよ」

 オレはふふっと笑った。


「うーん……」

 支店長は大口案件の獲得と、義姉に怒られるリスクを天秤にかけているようだ。


「わかった。妹の方に連絡を取ってやる。お前には負けたよ」

「ありがとうございます!」

 オレは間髪入れず、頭を下げた。


 まあ、夕霧建設の専務には、融資を進める方向ですでに内諾を取ってあるんだけどな。支店長に報告してないだけだ。

 切り札はやっぱりいつも取っておくべきだよな。

 

 オレは、もう一度礼を言って、応接室を後にしようとした。


「佐伯……」

 去り際、支店長がオレに呼びかけた。


「はい?」

 振り返る、オレ。


「ミナのこと……頼んだぞ」

 こちらを見る支店長の顔は、まるで優しい父親のようだった。




 十月の中旬の土曜日。昼間でも長袖が必要になってきた曇り空の日。

 日中、オレはminaの妹の真理まりと新宿で待ち合わせをしていた。

 

 一応、minaも誘ったんだが……


「私、忙しいから」

「真理と会う必要なんて、ないし」

 かなり冷たく断られた。そこまであからさまに否定されると、実の彼氏であるオレまで傷ついてしまう。


 minaの本名は、今さらだが、ミナ。姉妹で漢字を統一しているパターンも多いが、そうじゃないんだな。


 真理に指定された、新宿のア○タ前でぼーっと突っ立っていた。土曜日ということもあって、人がかなり多い。田舎育ちのオレは、未だに人混みがあまり好きではないんだけどな。


 こんなので、真理と待ち合わせても、判別できるのだろうか?


 一応、真理と事前に携帯メッセージをやり取りしていた。

「大丈夫、ちゃんと探すから」

 なんて言ってたけど。携帯番号も教えてもらったし大丈夫か。


 姉の彼氏がダサいと第一印象が悪くなると思って、こないだ佳奈に選んでもらった服を着てみた。

 ヒゲも念入りに剃ったし、髪もこないだ散髪に行ったばっかりだから大丈夫だろう。

 あとは、顔だが、こればっかりはどうしようもない。


 そんなことを考えていると、後ろから肩を叩かれた。


 振り返ると、そこには……

 minaが立っていた。


 あれ? mina、来ないって言ってたんじゃ……


 いや、よく見ると違う。

 minaと同じ長い綺麗な髪は、少し染められていて。

 背も、少しだけ、minaより高いか?

 目尻がminaに比べると上がっていて、意志の強そうな印象を受ける。


「佐伯さん、でしょ?」

 声もminaによく似て透き通った美しい声。


「真理……さん?」

 オレは思いがけず少しドキドキしながら、声の主に話しかけた。


「そうよ。あと、呼び方、真理でいいわ」


 真理は紺色のカジュアルなワンピースに、白の薄手のカーディガンを羽織っていた。薄手のカーディガンから、雪のように白い綺麗な腕が覗いて、オレは少し目をそらした。


「じゃあ、よろしく、真理」

「うん、行こっか」

 真理はそう言って、オレを促した。


「どこで、お話しようか?」


「ホテルでいいでしょ?」

 さも当然のように真理が言った。


「じゃあ、それでいいよ」

 どっかのホテルのラウンジか、喫茶店ってことだよな。


「あら、意外と積極的なのね、佐伯さん」

 真理は、minaと同じような、いや少し色気を含んだ目でニコッと笑った。


 少し幼い顔立ちだが、大人っぽい仕草。

 清楚な服装だが、漂う妖艶な香り。 

 ピンクのかかったアイシャドーも妖しさを引き立てている。


 これが、俗に言うギャップ萌えというやつか!!

 いや、何を考えているんだ! オレは。


 真理は笑顔のままオレに近づいてきた。

 そして、なんと! オレに腕を絡めて歩き出した!


 minaとは違う、少し大人の香水のニオイがオレの鼻をくすぐった。

 女性の温もりが、オレの腕に押し付けられる。


「ちょっ、ちょっと待って! なんで?」

「いいじゃない。忙しくてお姉ちゃんとデート出来てないんでしょ。将来お兄ちゃんになるかもしれない人に、特別サービスよ」


「そんな、さすがにまずいよ」

「えっ!? じゃあ、私もう帰ろうかな」

 真理はそう言って、オレに絡めた腕を振りほどこうとした。


 周りの人がジロジロとオレたちを見てきた。

 カップルがケンカをしているとか、そんな風に思われているのだろうか?


 今真理が帰るのはまずい。オレはまだ、真理から何の話も聞いていない。


「わ、わかったよ。ホテルに行くまでの間だけだよ」

「あら、物分りがいいのね。『お兄ちゃん』は」

 真理はそう言って、くすっと笑った。


「こっち、こっち」

 真理はオレの腕を引いて、歌舞伎町の方へとオレを誘った。


 昼間でも、どこか薄暗い歌舞伎町。

 夜は華やかなネオンが灯るが、今の時間帯は人通りが少なく、ひっそりとしてた。飲食店の廃棄物か、少し生臭いニオイが漂っていた。

 以前よりはだいぶ綺麗になったが、所々ごみが落ちている。


 その路地を、真理に腕を引かれるがままに、進む。

 あれ、こんな所に、シティホテルや喫茶店なんてあったっけ。

 オレが、ふとそんなことを思い、真理と二人で角を曲がると

 その光景が、突如目の前に現れた。


 昼間だというのに、色とりどりの電飾。

 自由の女神像が屋上につけられた、奇抜なデザインの建物。

 歌舞伎町に全く溶け込んでない、南欧風のコンクリートビル。

「ご休憩 ニ時間三千円」とか「平日フリータイム五千円」とか

 そんな赤文字で書かれた看板……。


 ここって、ラ○ホテル街だよね?


 そんなことを思いながら、腕を絡めて間近にいる真理の方を見た。


「ねえ、どこにする?」

 真理は妖艶な笑みで、オレの耳元でささやいた。

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