第三十五話 ショートカットな従姉妹
十月の三連休、ついにminaと龍野ハヤト主演の映画『君は僕にも恋をする』が公開された。
本当は、minaに事前の試写会に誘われていたのだが、仕事が忙しくて行けなかった。
代わりに行った雨宮さんと真由ちゃんは「感動した!」と口を揃えて言っていた。真由ちゃんなんか、涙をぽろぽろとこぼしていたらしい。
ちょうど同時期に、銀河系を舞台にした正義の騎士と悪の枢機卿の壮大なドラマを描いた映画のシリーズ七作目が公開されたため、観客動員数一位とはいかなかったが、minaの映画もまずまずの評判だった。
まあ、オレと田中は銀河系のシリーズ映画のファンなので、暇を見つけてこっそりと見に行っていた。やっぱり、あの手に汗握るような宇宙船の戦闘シーンは男の子の心をくすぐるね。
そして、今日は久し振りに従姉妹の佳奈と会った。
一緒にminaの映画を見に行くためだ。
待ち合わせ場所に行くと、佳奈はなんと髪型がショートカットになっていた。
でも、それもモデル雑誌から抜け出たようによく似合っていて。
雪のように白い肌、切れ長の目によく映えていた。
まるで佳奈のいる空間だけ、輝いているかのようだった。
そして、相変わらずチャラい男にナンパされていた。
「じゃ、私、彼氏来たから」
佳奈はチャラ男を冷たくあしらうと、オレの方に向かってゆっくりと歩いてきた。
その姿ですら、なんだか映画のワンシーンのように絵になった。
「ん? どうしたの? カズ兄?」
佳奈は少し固まっているオレを見て、不思議そうな表情をした。
「いや、髪型、変わったな……と思って」
「どう? 似合う?」
佳奈はそう言って、すこしおどけてポーズをとった。
黒い光沢のショートカットが少し揺れる。
「うん、似合うよ、とても」
女性の変化にはなるべく気付く。いいと思ったら素直に褒める。minaとのやり取りでオレも少しは成長している、はずだ。
「ありがとう」
佳奈はそう言うと、オレの隣を一緒に歩いた。
前は、よく腕を絡めてきたんだけどな。
風に乗って、佳奈の愛用している甘ったるい香水が、ふわっと匂った。
「カズ兄、なんか、変わったね?」
「そうかな……どこが?」
「うーん、なんかね、前はちょっとオドオドって気がしたけど、なんかどっしりとしたというかそんな感じ」
うーん、よくわからない。褒められているんだとは思うけど。
「mina姉のおかげかな? きっと」
佳奈はそう言って微笑んだ。
そして映画館で二人並んで、『君は僕にも恋をする』を鑑賞した。
ああ、minaには佳奈と一緒に行くことはちゃんと報告しているから。
「ハンカチちゃんと用意しといてね(笑)」 って言われたし。
映画のあらすじは、以前からもうばっちり頭に入っている。マネージャー業をしている時に台本にも目を通した。
でも、改めてminaの映画を見て、銀幕に映し出される自分の彼女の姿を見て。
オレはぽろぽろと涙を流した。
佳奈も隣で号泣していた。
映画が終わって、スタッフロールが流れ、映画館内に明かりが灯って、観客達が帰り始めても、オレたちの涙は止まらなかった。
そして、佳奈と顔を見合わせて、泣きながら、笑った。
評論家の中では「若者に迎合しすぎの映画」とか「歌姫minaの演技はダイコン」とかいう意見もあったけど、minaが本当に努力を重ねて表現した集大成、minaの夢の軌跡を頭に思い描くと、胸がジーンとなって、知らない内に涙が出てきたのだ。
minaとオレが練習した、最後のシーン。
とても良かった。
オレが女の子だったら、胸がキュンとして、本当に恋をしたくなるだろう。
ハヤトも、すごいな。オレとは全然違う。抜群の演技力だ。
しょうがないから今度会ったら褒めておいてやろう。
映画のあと、佳奈と食事をすることになった。
いつか二人で行った、若者に人気のパスタ店。
「カズ兄、映画、チョー感動したね」
「ああ、オレも年甲斐もなく泣いちゃったよ」
「たぶん佳奈たち、映画館で一番泣いてたよね」
「うん、でもいいんだ。minaが本当に悩んで出した答えが、あの映画に込められていた気がするから。それを見ることができて、本当に良かった」
「ハヤトさんも、『絶対泣けるから』って言ってたけど、ほんとだった」
「ふふ、その通りになったな」
ん? 今、ハヤトが……って
「佳奈?」
「ん? 何? カズ兄」
「佳奈って、ハヤトと連絡とか取ってるのか?」
ふと、気になってオレは聞いてみた。
「うん、たまに、メールとか電話とかしてるよ」
「何だって?」
「夏のカズ兄とハヤトさんの決闘の時、ハヤトさん忘れ物してて。佳奈が預かってたんだ。それで、mina姉に連絡先を聞いて、渡すついでにご飯ごちそうしてくれて、それからって感じかな」
佳奈は思い出すように、微笑みながら語った。
「あのヤロー。こないだ会った時はそんなこと一言も無かったぞ」
「いいじゃん。佳奈が誰と連絡取ろうと、カズ兄には関係なくない?」
佳奈は少し拗ねるような口調で言った。
「ま、まあ、そりゃあ、そうだけど……」
オレと佳奈の間に、少し沈黙が訪れてしまった。
オレはしばらく、嬉しそうにパスタを頬張る従姉妹の姿をぼっーと眺めていた。
ああっ、そういえば……
佳奈には、三つ年下の妹がいる。もちろんオレにとっては従姉妹だ。
佳奈は大学一年生で、妹は高校一年生。
まあオレは彼女が三歳の時に地元を出て大学に行っているので、帰省した時くらいにしか会ってないのだが、それでも会うと「カズ兄」と懐いてくれる。
佳奈ほどベタベタではないけどな。
もちろん、妹の方も美人だ。高校内では密かにファンクラブまであるらしい。玉砕した男の数も二桁を超えるとのこと。
オレには妹はいるが、同性の兄弟姉妹はいない。姉妹ってどんな感じなんだろう?
minaの妹を攻略するヒントにならないだろうか?
そんなことを思いながら、オレは少し佳奈に聞いてみることにした。
「佳奈、ちょっと聞きたいんだけど」
「ん? どうしたの? カズ兄」
佳奈はクリームパスタがついた可愛らしい口元を紙フキンで拭きながら、返事をしてくれた。
「実はな、ここだけの話、minaと家族ってあんまり上手く行ってないらしいんだ」
「うん、佳奈もmina姉はそうじゃないかなって思っていた」
佳奈は意外と鋭いからな。
「他の人には言うなよ」
「当たり前じゃん、大事なmina姉の不利になるようなことなんて言わないよ」
佳奈はお喋りだが、信じることにしよう。
「同性の妹ってどんな感じなんだ? オレはいまいちその辺がわからなくて」
「美保姉(オレの妹のこと)もカズ兄にベッタリだったもんね。今は旦那さんにメロメロみたいだけど」
オレはふと、妹の旦那を思い浮かべた。数々のライバルとの激戦を勝ち抜き、オレの妹を射止めた。背が高くて、ゴリマッチョで、最初会った時はチンピラかと思ったが。でもとても優しく、オレのことを兄と慕ってくれる気の良いヤツ。
「ははっ、そうだな」
「うーん、どうなんだろ。佳奈も妹とは、仲いいからなぁ……」
佳奈はそう言って、首を傾げた。
「そうだよな。佳奈の家も、家族、仲いいもんな」
「まあ、でも佳奈はさ、初めての子供だから。妹ができるとさ、そりゃあうれしかったけど。でも『お姉ちゃんだからちゃんとしなさい』って親に言われたり、あと下の子って、要領いいじゃん。上の子が怒られるのを見て、うまく学習してるというか。ちょっとズルいというか。そういうの、カズ兄もわかるでしょ?」
「そうだな。確かに、兄弟ゲンカすると、いつもオレが怒られてた気がする。妹の方が、要領がいい。なんでオレばっかりって思ってたし」
「そういうのは変わんないよ」
「そうか……」
「あとはね……『女が二人いたら争うしかないのよ』って聞いたことある?」
「ん? どうだったかな?」
「女の人って、表面上は仲良くしてても、陰で悪口言い合ったり、心のどこかでライバル視してるとこあるのよ。佳奈は、なるべくそういうことしたくないんだけど……」
「そうなんだ。まあ、銀行内も結構、そういうドロドロしたのあるよな」
「だから、もしかしたら、mina姉も妹さんに……」
そうか、姉妹同士だと、そういう感情もあるのだろうか……
「mina姉の妹さんってどんな人か、聞いたことある?」
「うん、minaと違って勉強ができて、友達が多くてお母さんの受けがいい……あっ!!」
「たぶん、mina姉、引け目というか……劣等感みたいなの、あるんじゃないかな? だから、素直になれないというか」
「minaが劣等感……あの素直でひたむきで、天真爛漫なminaが。そんなこと……」
「ダメだよカズ兄! カズ兄はファンじゃなくて、彼氏なんでしょ! mina姉のことをもっとちゃんと見てあげなきゃ、ダメ!」
佳奈の声が大きくなり、周りのテーブルの何人かが、こっちを向いた。
しかし、すぐその視線は、元の戻ったようだ。
一瞬ヒヤッとしたが、誰かに勘付かれたという感じではない。
「佳奈、声が大きいぞ」
オレは声をひそめ、佳奈を注意した。
「ごめん、つい」
佳奈はすぐに申し訳無さそうな顔をした。
「でも佳奈って、なんか、大人になったな」
「当たり前でしょ。佳奈も、色んな経験をして成長したの。いつまでも子供じゃないんだから」
佳奈は『子供じゃない』って所に言葉を込めながら、ショートカットの黒髪を揺らした。
「そうだよな……」
「その辺を踏まえて、一度、妹さんに会ってみたら?」
「うん、でも、minaと三人でなんか、minaがセッテイングしてくれそうにないし。何か、いい方法は……」
「あっ、いるじゃん! mina姉の親戚の人」
佳奈が弾んだ声を出した。
「親戚……そんなの……あっ、いた。うちの草橋支店長!」
「mina姉の叔父さんだったよね。その人に相談してみたら?」
「そうだ、なんかちょっとだけ光が見えてきた。ありがとう、佳奈」
さっそく、週明けにでも草橋支店長に聞いてみるか。




