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第三十二話 許してあげる

 雑誌の写真撮影のあと、ライターさんを交えて、インタビューに入る。


「minaさんの好きな男性のタイプを教えていただけますか?」

 まあ、雑誌の記事によくある質問だな。


「そうですね。頭が良くて、新しい世界を私に見せてくれる人。あとは……チャレンジする私を後押ししてくれるような……そんな人がいいですね。でも、女の子って、自分を助けてくれるような、強くて優しくてカッコいい。そんな白馬の王子様に憧れちゃいますよね!」

 誰にもわからないようにオレだけにそっと微笑んだ。気がした。


 頭がいい?

 オレより頭のいい奴なんて、いくらでもいるからな。

 大学の同期だって、官僚になった奴とか、外資系企業で世界を股に掛けて仕事をしている奴もいる。


 新しい世界か……銀行の世界しか知らないしな……

 小難しい経済の話なんて、minaにしてもつまんないだろう。


 せめて、映画やファッション雑誌や、歌の世界以外にも活動の幅を広げているminaの足を引っ張らないようにだけはしよう。


 楽しそうにインタビューを受けているminaを少し離れた所から見守りながら、オレはそんなことを考えていた。


「じゃあ、逆に、こんな男性はちょっと……というのはありますか?」

 インタビューは次の質問に移っていた。

 ああ、それ、オレも聞いておきたい。

 地雷踏まないように気をつけるから。


「そうですね……ええと……」

 minaは斜め上の方を向いて、しばし考えていた。

 先程のストリート系ファッション。だぼっとしたTシャツにカーゴパンツ。キャップの下から覗く黒髪が、少しだけ揺れる。

 そんな悩んでいるようなminaも、素敵だ。


「やっぱり、約束を守らない男の人は、キライですね」

 うぐっ! 今、間違いなくこっちの方を向いたよね!?


「デートの約束をしていたけど、すっぽかしたりとか、あと、記念日を忘れちゃうとか……そういうのは、ナシですよね」

 minaはイタズラっ子のように笑っていた。


「というと、そういうご経験が……?」

 担当者も身を乗り出して、さらに突っ込んだ質問を向けてきた。

 ん? これは、止めたほうがいいか?


「いえ、昔の話ですよ……」

 minaは笑顔をそのままに、さらりと答えていた。


「龍野ハヤトさんと昔お付き合いしていた時ですか?」


「どうでしたかね……忘れちゃいました。アハハッ」

 minaはそう言って、自分で笑い出した。

 そして、大丈夫だから、と言うようにちらっとオレの方を見た。


 さすが芸能人だな。ちゃんとあしらい方も心得ている。

 オレより四つも年下なのに、もう三年半も芸能界で活躍しているんだもんな。

 やっぱすごいな、minaって。


「でもね……」

「でも??」

 あしらった担当者に少し遠慮したのか、minaは言葉を続けた。


「男の人って、そういう細かい事に気づかないって言うじゃないですか? 例えば、彼女が美容院に行っても、ネイルしてても、全然気づかないとか……だから……」


「だから??」


「そうやって、ケンカしながらも、彼が頑張っているから私も頑張れる! 私も頑張る彼の背中を後押しする! そんな関係が理想ですね」


 minaの笑顔を逃さまいと、フラッシュが何度も光り、カメラマンがシャッターを切った。


「いいですね……」

 minaの説得力のある言葉に、担当者も思わず納得したようだ。



「ありがとうございました!」

「本当に、お疲れ様でした!」


 そんな挨拶を交わし、スタジオを出たころには、もう辺りは暗くなっていた。

 人気も少なくなってきたオフィス街。

 タクシーを探そうか。


「私、どうだった? カズくん?」

「最高だった! ストリート系のファッションだったけど、なんかこう、余計に女の子らしく見えるっていうか、間違いなく新しいminaの魅力が出ていたよ」

 オレはさっきの興奮した様子を、そのまま伝えた。


「本当……!?」

 minaは少しジト目でオレの顔をじっと見上げた。


「うーん、ウソは言ってないみたいね」

「そんな……minaにウソなんてつかないよ」


「えーでも、カズくん、雑誌の取材が入ったの、月曜日だったけど、しばらく私に黙ってたでしょ?」

「う、うう……それは」


「担当の人に聞いたんだからね」

「ほんと……ごめんよ」

 泣き出しそうになりながらオレは謝った。


「まあ、でも……許してあげる」

 やっと、minaがオレの大好きな笑顔に戻った。

「あ、ありがとうmina!」

 オレの心の重しが、スッと取れた。


「ほんとはね、頭ではわかっていたの。カズくん、慣れない仕事で、一生懸命頑張って。しかも私の今後のことまで考えてくれて、それで雑誌のお仕事引き受けてくれたんでしょ?」

「う、うん。それは……そうだけど」


「私、いつも目の前のことばかりで、歌のこと以外あんまり考えたことなかった。カズくんは、映画の時だって、今回の雑誌の件だって、私のもっと先を見据えて動いてくれている。本当に感謝してるんだ」


「そ、そうかな、そう言ってくれるとうれしいな……」


「だから、私の方こそごめんね。カズくんに当たって、ワガママ言っちゃった。カズくんだったら受け止めてくれる。心のどっかで、そう思ってたの」


「mina……」


「大嫌いなんかじゃない……カズくん、大好きだよ! 私はカズくんだけだもん」

 minaは瞳を潤ませて、オレの胸にしがみついてきた。

 オレの胸の鼓動が、急激に早くなる。

 

 あっ、大丈夫かな? 誰かに見られてたりとか……

 少し辺りをキョロキョロとする。

 幸いにも、周りには人影はなかった。


「昨日、Aさんにも言われたんだ。カズくんのことは伏せておいたけど、私ちょっとグチっぽいこと言っちゃんたんだ、そしたら、『男の人は記念日とかに疎いから、悪気はないのよ。彼の素晴らしい所にもっと目を向けてみたら?』だって……」


 そうかA、そんなこと言ってくれたのか。

 いつかもう一回会ってさりげなくお礼を。


「mina……遅くなっちゃったけど、よかったら、このあと食事でも?」

「うん、行こう! でもね……カズくん」

「ん? なあに?」


「今度から、隠し事はなし。ちゃんと本音で喋ってね。ご機嫌取りとか、そういうのはダメだよ」


「ごめん、minaに嫌われたくないと思って、必死だったんだよ」

「もう……可愛いんだから。でも、もうダメよ」


「わかった。約束するよ」

「じゃあ、お食事行こっか?」

「うん、……そうだ、mina!」

「どうしたの?」


 オレの頭の中に、ある光景が浮かんだ。

「食事の前に、ちょっとだけ寄りたい場所があるんだ。付き合ってくれる?」

「う、うん。いいけど……」


 オレはタクシーを止めて、minaを先に乗せ、自分も隣に乗り込むと、運転手に行き先を告げた。



 オレが最初に配属された支店。 

 都心から程近い、住宅街とビル街のちょうど境目くらいに位置している。一階と二階が銀行の店舗になっていて、ビルは十階建て。

 もちろん、夜なので、銀行の入り口は閉まっている。まあ、今日は金曜日なので、この時間でも職員はまだいて、閉じられたカーテンから、明かりが漏れていた。


「こっち、こっち」

 minaを手招きして、ビルの裏口へと入っていった。

 確か、まだ、この時間なら、エレベーターを使って、屋上へ上がれるはずだ。


 年季の入ったエレベーターがゴトンと鈍い音をたてて、オレとminaを屋上へと運んだ。

 minaは不思議そうに、オレを眺めている。

 そして、屋上へ続く扉を開けると、ビルの谷間から、住宅街の家々の灯りが見えた。


「なんか、綺麗だね……」

 屋上を歩きながら、minaがつぶやいた。


「そうだろ?」

「でも、嬉しいけど、こういう夜景とかで私をだましちゃダメだよ。ちゃんと本音で喋ってって、さっき私言ったよね?」

 minaは少しむくれていた。


「うん、わかってる。ちゃんと話すよ。オレの、今の想いを」

 真剣な表情で、オレはminaに話しかけた。


「カズくんの……想い?」


「オレが、最初に配属された支店なんだ。ここ」

「そうなんだ! 知らなかった」


「駆け出しの頃、失敗ばかりでさ。何回も銀行を辞めようと思った。そんな時、一人で、ここでよく、夜景を眺めていたんだ」

「カズくんも、そんなこと考えるんだね。若い時のカズくん……会ってみたかったな」


「そんな時、思ったんだ……たくさんの家の灯りが見えるだろ? オレのやってる仕事が、大企業の事業を後押ししたり、中小企業を支えたりして、そうやって巡り巡って、幸せそうに暮らしている人たちの、役に立ってるんじゃないかって」


「うん、そうだよね」


「そう思うと、なんか勇気が湧いてきて、もう一度頑張ろうって、そう思ってたんだ」


「なんか、カッコいいね」


「フフッ、そうかな? minaの仕事はさ、本当に人々に夢を与える仕事だよ。今日の雑誌を見た男の子達も、『こんな彼女が欲しいな』とか『こんな服を着て、彼女と一緒に歩きたいな』とか、そう思うはずだろ?」


「うん! 私、そうなってくれたら、いいと思う」


「だから、minaに励まされている人が大勢いる、minaの歌で勇気をもらっている人がたくさんいる。そのことを、忘れないで欲しいんだ」


「ありがとう……カズくん」


「minaはさ、今後の、将来の展望とか、ある?」


「私!? 私はね……ねえ? 笑わない?」


「笑うもんか……minaの、真剣な夢だろ?」


「Aさんと喋ってて思ったの。Aさん、日本だけでなく、アジア……韓国とか、台湾とか、シンガポールとかでも、人気あるでしょ?」

 確かにそうだ、Aは海外でもCDが売れているって聞いたことあるし、アジアツアーも何回かやっているって。


「だからね、私も、外国の人にも、私の歌が……私の想いが……届いたら、って、そんな風に思ったの。笑っちゃうでしょ? 紅白に一回しか出たことのない、英語もロクにわからないような私が……」


「そんなことないよ。言葉は通じなくても、想いはきっと届くよ。オレも見てみたい、minaの歌が、国境を超えて、世界中の人に愛される姿を……」


「ありがとう。まだ誰にも言ったことないの。でも、カズくんならきっと応援してくれるって思ってた。もちろん、新しい曲も書くし、来月からのツアーも頑張るし、今年の紅白も目指すよ」


「うん、応援してる! 映画も見に行くし、ライブも行きたいな」


 人気のない、ビルの屋上。

 風に吹かれてminaの黒髪がなびいている。

 minaが、少し潤んだ瞳でオレの方を向いて

 オレは愛おしくなってminaを抱きしめた。


 九月の末の夜は、風が少し冷たい。

 でも、minaの体温は、とても暖かい。

 オレの大好きな、minaの匂いが、ふわっと香る。


 そして……minaにそっと、口づけをした。

 だいぶ慣れてきた、キス。

 でも、何回でもしたい、甘く、切ない、キス。


 ビルと、家々の明かりに優しく照らされながら、オレとminaは、飽きること無く、抱擁と口づけを交わしていた。

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