表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/73

第三十話 ありえない!

 そして、火曜日。


 minaの笑顔を見るたびに心がチクリと痛む。

 今日はちゃんと言わなきゃ、いつ、どのタイミングで言おうか……

 今言わなきゃ、でも、もうちょっと経ってからにしようか……

 今なら、minaの機嫌が良さそうだから、言っちゃおうかな。

 いや、もうちょっとだけ、経ってからにしよう。

 

 そんなことを考えているうちに、午後になってしまった。


 えーと、午後は、事務所に戻って、マネージャー会議か。

 マネージャー会議って、たぶんC社のマネージャーが集まって、会社の方針説明とか担当芸能人の活動報告とかすると思うんだけど。さすがにオレは関係ないよね。

 今の間にちょっと寝かせてもらおう。

 などと思っていると


「おい、新入り、お前も来い!」

 社長に連行されて結局会議に参加することになった。


 C社のマネージャー十五名ほどが集まって、大きい会議室で会議を行う。


 この会議室、初めて入ったな。


 机がロの字型に並べられ、その回りを囲むようにして座る。

 結構、どの顔も疲れているような感じだ。

 マネージャーってやっぱ激務なのね。

 銀行も結構激務だと思ってたんだけど、上には上があったな。


 社長の司会で議事が進んでいく。


 各マネージャーが担当芸能人の活動報告と今後の予定や方針を述べるのだが。

 社長からの容赦ないダメ出しが入る。


「お前、それで売れると思ってんのか?」

「そのイベントがどれだけ利益を生むと思ってんだ?」

「見通しが甘いんじゃないのか?」

「五年後、十年後を見据えて、活動してんのか!?」


 うわぁ……もしかしてここってブラック企業!?

 典型的なワンマン社長だよな。

 詰められたマネージャーとかビクビクしてる奴もいるし。


 まあ、銀行の上司も同じようなヤツもいたりするけどね。

 草橋支店長は、そんなことないんだけどな。仕事に厳しく部下には情熱を持って接している。


「次、新入り!」

 えっ! オレも話すの?

 オレは最初しどろもどろだったが、途中から上手く調子を取り戻して、報告をした。

 まあ、この辺は銀行でやってることと、大差ないからな。


「で? 今後の方針は?」

 社長はニコリともせずに聞いてきた。


「えーと、そうですね。男性ファッション誌『スマート』の撮影が入ってます。表紙も飾る予定でして。minaの新しい魅力と男性のファン層を拓いていくのには今後、こういった方面にも積極的に売り込んでいく必要があると考えます」

 堂々と伝えてやった。こういうのはハッタリも大事だからな。


 社長の方を見ると、珍しく少し満足そうにうなずいていた。


 ふう……取り敢えず会議は乗り切れた。でも……肝心のminaになんて言おう。


 結局火曜日も、minaに言い出すことができなかった。


 深夜、minaを送り届けてから、ようやくオレの自宅へ帰ると、minaからの携帯メッセージが届いていた。


『カズくん、今日もお疲れ様(ハート)カズくんと毎日一緒に過ごせて私はとっても幸せだよ! 明日も頑張ろうね(ハートハート)あと、金曜日、楽しみにしているよ(特大ハート)どこに連れてってくれるのかな? また明日相談しようね。じゃあ、おやすみ(ハート)』

 

 ハートマークの絵文字一杯の可愛らしいメッセージだ。

 金曜日のことさえなければ、オレの心はときめいただろうに。

 後悔と胸の痛みが激しくオレを襲った。


 そして、その痛みに耐えきれず、いつの間にか意識を失っていたようで……オレは風呂も入らずにそのまま寝てしまっていた。



 水曜日、朝からスタジオでレコーディング、そのあと、バックバンドの人達と音合わせ。

 完全にアウェーの状況なので、今度こそ寝れると思ったんだが……

 

 minaがキラキラした表情で、

「カズくん、今の曲のここの歌詞、どうかな?」とか

「カズくん、こっちのベース音と、こっちと……どっちがいいと思う?」

 とか、楽しそうにオレに意見を求めてくる。

 そんな彼女の嬉しそうな表情を見ていると、オレも無い知恵を絞って必死に出そうとして、なんとかそれをたどたどしく伝えた。


 やっぱり、本当に歌が好きなんだな。

 年上のバンドメンバーの人にもどんどん意見を言って、バンドを統率している。

 メンバーの人たちもminaの音楽に対する情熱に耳を傾けて、そして新しいメロディが生まれていく。信頼されてるんだな。

 そんな活き活きとした彼女の姿を見ていると、オレは少しの間、疲労を忘れた。



 水曜日、夜十時からは毎週恒例のminaのラジオ番組が始まる。

 いつも生放送の回が多く、今日も生放送だ。


 夕方からラジオ局に入り、その日の番組の打ち合わせ。

 リスナーから来ているメールやリクエストを見ながら、担当者と番組の構成を練っていく。

 やっぱり、打ち合わせにオレも参加するんだよね……

 もう、どうにでもなれだ。

 こう見えてもラジオっ子だったからな。銀行の外回り中にも、車の中でラジオをいつも聞いているし。


 十時、minaの元気いっぱいのオープニングトークで、ラジオ番組がスタート!


「みなさん、こんばんは! minaです! 今夜もよろしくお願いしまーす! 今週の私はですね……なんと、担当のマネージャーさんが新婚旅行に行ってまして……いいですよね、新婚旅行。私もいつか素敵な旦那様と……なんて」


「それで、ピンチヒッターでマネージャーさんのお友達の、ななな、なんと銀行員の方がマネージャーの代わりを務めてくれて……えっ! 本当ですよ。なんか、全然業界慣れしてなくて、空回りしてるトコもありますけど。一生懸命頑張る彼の姿を見ていると、なんだか私も元気になっちゃいます!」


 スタジオ内にいるminaが、透明な大きなガラス窓越しに、オレに向かって微笑みかけた……気がした。


「じゃあ、早速一曲行ってみましょうか! オープニングは、京都府にお住まいの紫苑しおんさんからリクエストいただきました。ありがとうございます! 来月公開の私がヒロインを務める映画、『君は僕にも恋をする』の主題歌……、minaで、『愛の贈り物』!」


 ディレクターのキューが振られ、ミディアムチューンのポップナンバーが流れ出す。

 今日も、ラジオ放送は快調のようだ。


 そして、あっという間に、二時間の、音楽と、笑いと、真剣な恋愛相談と、minaのギター弾き語りがいっぱい詰まったラジオ番組が無事に終わった。


「お疲れさまでしたー!」

 担当者と挨拶を交わし、控室へ戻る。

 さあ、荷物を取って、今日も帰ろうか。


 控室でminaと帰り支度をしていると、minaがまだラジオの興奮が冷めない様子で、オレに話かけてきた。


「ねえ、ねえ、カズくん、どうだった? 私のラジオ、生で見て?」


「うん、すごい! よかった! minaのラジオは毎週聴いてたけど、活き活きとした表情のminaを見ながら聴くと、その何倍もいい! ほんと忘れられない素敵な経験になったよ」


「ほんと!? やったー! 私も、カズくんと一緒で毎日楽しいよ」


「うん、ありがとう、mina」

「ねえ、金曜日、どこに連れて行ってくれるの?」


 minaはオレの方を、上目遣いで見つめながら、ウキウキとした表情を見せた。


 !? そうだ! 金曜日のこと……

 言うなら……

 今しかないか!


「mina……ごめん……実は……」

「ん? どうしたの?」


「オレのミスで、金曜日の午後、仕事を入れてしまった! ごめん!」

 オレは深々と頭を下げた。

「う、うそでしょ……本当なの? カズくん?」

 minaはまだ信じられない様子だった。


「頭がぼっーとしてたのと、担当者の熱意に押されて……男性ファッション誌の撮影を入れてしまった。ほんとごめん」

「そ、そんな……私、すごい楽しみにしてたのに」


「でも、minaの新しい魅力も引き出せると思うし、もっとファンも増えるから……お願い!」

「な、なんでよ? 私、こんなこと言いたくないけど、スケジュール空けるためにすごい頑張ったんだよ。デートに何着ていこうかな? とか どこに連れてってもらおうかな? とかそんなことばかり考えてた」


「ほんと、ごめん!」

「なんか、期待してた私がバカみたい! しかもカズくんのためにって、美容院も行ったし、ネイルも綺麗にしたのに、全然気づいてくれない……」

 minaの声が、だんだん震えてきた。


 そ、そうだったのか!? なんかさらに綺麗になったなとか、柔らかいイメージになったなとかって、美容院に行ったからだったのか……

 ネイルは気づいていたんだけど、minaには言ってないしな。


「しかも……カズくん……金曜日、何の日か覚えてる?」


 えっ! 今度の金曜日って、特別な日だったっけ!?

 minaの誕生日……は龍野ハヤトとの騒動の渦中に過ぎてしまったし、オレの誕生日はまだだ。

 あとは……えっーと、しまった……わからない。


 動揺するオレの表情を見て、minaは涙声になってきた。


「ほんとに……覚えてないの……?」


「う、うん……ごめん」


「私たちが付き合ってから半年の記念日だよ……忘れちゃったんだ……」

 minaは、目に涙を浮かべていた。


 そうか! 三月、目黒川でオレがminaに告白してから、半年だ!

 気づかなかった……

 そんな日に、オレは、なんてことを。

 気が沈み込む……オレ。


「ありえない! 最低っ! カズくんなんて! 大っ嫌い!!」

 minaが叫んだ! 美しい頬を涙が伝っている。


「ごめんよ、mina……機嫌を直してよ……」


「出てってよ! もう顔も見たくない! 出てってよ……うぇーん……」

 minaはとうとう声を上げて泣き出してしまった。


 オレがさらにぼっーとしていると、minaは目に涙を浮かべながらも、ものすごい形相でオレの方を睨んできた。

 オレはもう、部屋の外に出るしかなかった。


 重たい気持ちで、控室を出て、ドアをそっと閉めると。

 スタッフの何人かが怪訝な表情でオレを見ていた。


 オレは、人生で久しぶりの深刻なため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ