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第二十九話 ミス

 翌日、日曜日。


 朝の情報番組に生出演するため、七時にテレビ局に集合。


 minaは元気いっぱいだった。


 昨日もminaのマンションに送り届けた時には十二時近くになっていた。それから風呂に入ったりなんやかんやして。女の子は色々準備とかもあるだろうし、朝家を出る時間を考えたら睡眠時間は少ないと思うんだけど。


 こっちは早くもフラフラなんだが。


 岡安さん、毎日こんなことを涼しい顔でやっているのか……ホント尊敬だ。


 岡安さんは確か、前の事務所から面倒を見ている男性芸人コンビのマネジメントもやってるんだよな。仕事が少ないから、今回はほっといたらいいって言ってたけど。

 えーっとアゲインアゲインってコンビ名だっけ? それともリゲインリゲインだったかな? なんか栄養ドリンクみたいだ。


 minaは「面白いからカズくんも見てよ」なんて言ってたが、動画を見てもいまいち笑うポイントがわからないんだよな。


 今日も映画『君は僕にも恋をする』のPR。

 今日は龍野ハヤトも一緒に出演だ。

 ハヤトはオレを見つけると、気さくに近寄ってきた。


「よう、お前、マネージャーやってるんだって?」

「ああ、岡安さんの代わりでな」


「minaと一週間も付きっきりなんて楽しそうじゃねえか。まあ、こっちは映画では共演してるけど、minaの心はお前にベッタリみたいだな」

 ハヤトはそういって冷やかしてきた。


「何言ってんだよ」


「じゃあ、悪いけど、収録の間だけminaを借りるぜ、いちゃついたりしないから心配するな」

「別に、好きにしろよ」


「ああ、そうだ。今度俳優仲間でホームパーティーをやるんだ。お前も来いよ。みんなに紹介したいから」

「ん? なんだそれ?」

 ハヤトは半ば強引にスケジュールを告げると、笑いながら去っていった。


 まったく、なんだあいつ……。拳と拳から生まれた友情みたいに思っているのだろうか? 迷惑なヤツだ。


 担当者との打ち合わせや確認のあと、生放送が始まる。

 オレはスタジオの隅の方で、minaの活躍を見守った。

 大きなテレビカメラや、絶えず動くスタッフの後ろから、うれしそうに司会者のインタビューを受けるminaが見えた。


「女子目線で見たら、きっと胸がキュンキュンする映画だと思いますよ。恋をしてない人は恋をするって素晴らしいことだな、片想いの人は勇気を出して想いを伝えてみようかな、映画を見た人がそんなふうに思って欲しい、そんな想いを込めながらお芝居をしていました」

 minaは瞳をキラキラさせながら、映画の見どころを語った。


 オレはminaと一緒に外房の浜辺で芝居の練習をしたことを思い出した。芝居に対するminaなりの答え、ちゃんと出たんだな。

 minaのさらなる飛躍に、オレの胸も熱くなった。


 minaの傍らでは、ハヤトが撮影中のminaの大食いエピソードを披露して、会場の笑いを誘っていた。


 なんだか、微笑ましい光景だ。そんな様子を見ても、嫉妬心も湧かなくなった。

 オレも成長したんだろう、きっと。



 そのあと、別のテレビ局に移動して、収録がもう一本あり、午後からは新アルバムの企画内容について打ち合わせが始まる。


 アルバムの打ち合わせか……それなら門外漢のオレには関係ないよね……控室あたりで少し休ませてもらおう。そう思っていたのだが。

 

「岡安さんはいつも的確なアドバイスをくれるから、佐伯さんもお願い」

 というminaの上目遣いのおねだりにやられてしまって、参加するハメになった。

 プロデューサーも普段は銀行員をやっているオレが場違いな所にいるのが面白いのか、積極的にオレをイジってきた。おかげで休む暇もなかった。


 打ち合わせは結局深夜まで及んだ。帰りのタクシーの後部座席に座ると、心配そうなminaに見つめられながら、早くもオレは眠りに落ちていた。




 月曜日、朝から同じようなスケジュールが続く。


 今日も朝からテレビ番組の収録だ。


 疲労がなかなか抜けない。minaと一緒に居られれるのは嬉しいんだが、このスケジュールは殺人的すぎる。岡安さんもそうだが、平気でこなしているminaもすごいな。

 mina曰く、よく食べて、空いた時間が少しでもあったら休むのが元気の秘訣なんだそうだ。


 休むっていってもminaは空いた時間が少しでも惜しいのかオレに色々と喋りかけてくれる。喋ってストレスを発散しているのかな。いや、minaの美しい瞳と透き通った声を独り占めできるのは嬉しいよ、イヤじゃないんだけど、少しでいいから横になりたいという自分もいる。


 そんな時、ひとつの出来事が起こった。



 朝のテレビ番組の収録中、オレがぼーっとminaを眺めていると、黒のジャケットにピッタリとしたパンツをオシャレに着こなした男性から声を掛けられた。


「minaさんのマネージャーさんですよね。ちょっとお話よろしいですか?」

「は、はあ……」


「実は、私……宝田島社の者でして、『スマート』というファション雑誌の編集をしているのですが……」

 男性はそう言って名刺を差し出してきた。

 オレも、慌ててスーツの胸ポケットから名刺入れを出す。


「あ、はい、よろしくお願いします」

「それでですね、実は……minaさん、今度うちの雑誌で特集を組ませていただけないかなと……」


『スマート』か、一応知ってるな。学生の頃、友人が良く見ていた。ストリート系の男性ファッション雑誌だ。 

 確か、女優とかもモデルに出ていて、キャップをかぶったり、だぼっとしたシャツを着て、恋愛観なんかも語ったりしてPRをしていたはずだ。


「は、はあ、……そうですか」

「急で申し訳ないですが、今週、minaさんのスケジュールが空いている日はないかなと思いまして」


 今週か。また随分と急だな。ただ、岡安さんも急にスケジュールが入ることもあるって言ってたよな。ええと、こういう場合はオレが決めたらいいんだっけ。

 寝不足と疲労でだんだん頭が回らなくなってきた。


「急に言われましても、おかげ様でminaも忙しい身でして……」

 取り敢えず、お茶をにごしてみたが……


「そこを何とか、お願いします!」

 男性は頭を下げてきた。

「ま、まあ……落ち着いてください」


「今回の企画に賭けてるんです! もちろん表紙はminaさんでいきます! minaさんの新しい魅力も発信できると思いますし、ぜひ、お願いします!」


 うーん、確かに、minaは普段は女の子っぽいワンピースとかふわっとした感じの服装が多いからな。

 minaの新しい一面か……それに男性のファン層開拓という面でもいいかもしれない。

 今後の芸能活動の幅も広がるだろう。


 えーっと、minaのスケジュールは。

 オレは手帳を取り出して、予定を調べた。

 ああ、金曜日の午後なら空いてるな……


「わかりました。では、金曜日の午後からでいかかでしょう?」


「本当ですか! 金曜日、大丈夫です! カメラマンやスタジオはこっちできちんと手配しますので! じゃあ、よろしくお願いします」

 男性は何回も頭を下げて、オレと別れた。

 そして、すぐに関係各所へ電話をしているようであった。


 仕事への情熱か……いつまでも持っていたいものだよな。

 オレはなんだか、少し昔の、そして今の自分を、その男性に重ねていた。



 収録が終わり、次の仕事へと移動する。

 タクシーで移動中、minaが楽しそうにオレに話しかけてきた。


「ねえ、さっきのインタビュー、どうだった? 私、ちゃんと話せてたかな?」

 担当芸能人への的確なアドバイスも、マネージャーの大事な仕事だという。


「うん、もちろん。minaなりに、悩んで辿り着いた芝居に対する考え方もちゃんと出せていたし、とってもよかったよ。みんな映画を見に行きたいって思うようになるよ」


「ほんと? よかった! あーあ、ずっとカズくんがマネージャーやってくれたらいいのになあ……」

「そうだね……」

 オレは、ふと、遠い目をした。頭がぼーっとする……ねむい。


「あっ、ごめんね。カズくんは銀行のお仕事にやりがいを感じているもんね。それよりさ……」

「ん? 何?」


「金曜日、楽しみだね」

 minaが無邪気に笑った。


「えっ! 金曜日……」


 ま、まずい! 午後からminaとデートの約束をしてるんだった! 

 その日は、さっき、雑誌の仕事を入れてしまった!


「カズくん……どうか……した?」

 minaが不思議そうにこっちを見た。


「い、いや……なんでもないよ」


 ヤバイ……今さら向こうにキャンセルでもしたら事務所の信頼を失う。

 カメラマンやスタジオも押さえにかかっているだろうし。

 かと言って、こんなにオレとのデートを楽しみにしているminaに……

 なんて言おう……


 そういや、岡安さんは、スケジュールを入れてもいいけどminaと相談してからにしろって言ってたんだった。頭がぼーっとしていて気づかなかった。


 やっぱり、minaに、謝るべきだよな??

 謝罪の際は、心を込めて、迅速に、が鉄則だが……


 目の前で、「どこに連れてってもらおっかな?」とか「何食べよっかな?」とか楽しそうにしているminaを見ると、オレはすぐに言い出せなかった。


 結局その日、オレはminaに金曜日に仕事を入れてしまったことを言い出すことができなかった。


 ただでさえ、慣れないマネージャー業務で疲労困憊の上、さらに心配事が増えてしまった。

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