表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/73

第二十七話 七泊八日マネージャー体験ツアー

 結婚式が終わっても、雨宮さんは普通に銀行に来ていた。

 寿退社をするつもりはないらしい。

 新婚旅行も、「ダーリンが忙しいから、しばらく行けそうにない」と不満そうに言っていた。

 一応戸籍上は「岡安さん」なのだが、東和銀行では旧姓での勤務が認められているので、これからも雨宮さんと呼ぶことにしよう。


 銀行員にはお盆休みはない。基本はカレンダー通りの休日だ。正月休みも大晦日と正月三が日の計四日間しかなくて、入行した時は少しがっかりしたものだ。


 代わりに、銀行によって呼び方は異なるが、季節休暇とか、特休とか、長休と呼ばれるものがある。これは五営業日、土日をくっつけると九日間休みになるもので、銀行員は年に一回、この休暇の取得を義務付けられている。


 なんで義務かというと、休んでいる間に監査が入るのだ。

 なんせお金を扱っているので、お客のお金を横領したり、お客とツルんで銀行のお金をパクろうとしたり、そんなことを考える奴も極めて少数だが実在する。

 そんな不正を防止するためだ。


 まあ、監査も銀行によって違うようで。ガチガチにする所もあれば、東和銀行みたいに形式的に行員が扱っている書類をチェックしたり、上司が取引先をソイツの代わりに訪問するついでに、世間話しながら事情を聞く程度の所もある。仮にも悪いことをしている奴が不在なら、一週間で何かボロが出るだろうと、何にもしない銀行もあるらしいけどな。


 オレの季節休暇は、当初九月の中旬の予定だった。

 ところが、田中が雨宮さんの結婚式の翌日から季節外れの風邪を引いてダウンしてしまい、田中の穴埋めをすることになった。

 九月末は企業の仮決算期で銀行も忙しいのだが。

 後がつかえているので、九月の下旬に取ってくれとのことだったので、まあ、どうせ予定もないし、オレは了承することにした。


 まあ、予定もない……若い頃は他の支店の同期と休暇を合わせて、タイ、シンガポール、マレーシア、ベトナムあたりを観光したものだが。そんな同期もほとんど結婚してしまった。

 

 minaもついにクランクアップした映画の宣伝や、新しく出るアルバムのレコーディングなどで、忙しいらしい。


 実家にでも帰るかな。

 この時期の新潟は、美味しいものが多い。

 従姉妹の佳奈の実家で取れた新米。ばあちゃんが山で取ってきた舞茸と地元の油揚げを混ぜて炊き込みご飯にしてもらおう。

 父親が趣味で獲ってきた鮎の塩焼きをつけて。

 ハゼ釣りに行くのもいいな。この時期は彼岸ハゼと言って、10センチ程度の大きさだが竿の引きがよくて、アタリが楽しめる。亡くなったじいちゃんに、小さい頃近くの川へよく連れて行ってもらった。簡単そうで結構、腕の差が出るのだ。

 釣ってきたハゼの天ぷらも添えよう。

 それに、ばあちゃんが趣味で作っている新鮮な野菜と、母親が漬けたナスの一夜漬けをかじりながら、地元の地酒をキューっと……


 そんなことを想像していると

「佐伯、今日仕事終わったら時間あるか?」

 と雨宮さんに呼び出された。



 呼び出された小洒落たイタリアンの店に行くと、岡安さんも来ていた。

 岡安夫妻を前に、店のテーブルに座る。

 コース料理が割りとリーズナブルな価格で楽しめるらしい。

 三人そろって、それを注文した。


「佐伯は、季節休暇は、何か予定があるのか?」

 雨宮さんが、そう切り出してきた。

「いえ、特になにもないので、実家にでも帰ろうかと……」


「そうか、特にないか……」

 雨宮さんは、どこか満足気にうなずいた。

「じゃあ、minaと一緒に、一週間過ごしてみたくないか?」



 minaと一週間……二人きりか……

 オレの頭の中で、妄想が膨らむ


 二人だけを照らす、南国の太陽。突き抜けるような青い空。

 どこまでも広がるコバルトブルーの海。白い砂浜。


 その砂浜を背景に、オレに向かってminaが手を振りながら駆け寄ってくる。

 白いビキニに、パレオを巻いたちょっと控えめな格好。

 長い黒髪が、南風になびく。


 二人を邪魔するものは……何もない。



「お、おい、佐伯……どうかしたか?」

 雨宮さんの声で、現実に引き戻される。


「あ、ああっ、すいません。もちろんminaと一週間過ごせるなら、過ごしてみたいですけど……」

 でも、現実には無理だよな。なんせ、向こうは売れっ子のシンガーソングライターだ。


「そうか、じゃあ、決まりだな」

 雨宮さんがニンマリとした。


「はあ……決まりって、何がですか?」


「ダーリン、よかったね。これで、新婚旅行に行けるよ」

 雨宮さんは岡安さんの方を見て、うれしそうに言った。

 相変わらず、無表情の岡安さん。


 ん? どういうことだ?


「minaと一週間一緒にいさせてやるよ。あたし達が新婚旅行に行っている間、ダーリンの代わりに、minaのマネージャーを頼む」

 雨宮さんのドヤ顔。


「ゴッ、ごほ……えっ、あの……ちょっと待って下さいよ」

 オレは食べていた蟹クリームパスタを喉につまらせた。

 いくら彼氏とは言え、minaのマネージャー業をさせるなんて、どういうことだ?


「なんだ、minaと一緒にいたいんだろ。それなら手っ取り早いじゃないか」

「そんな……だいたい東和銀行では副業は禁止されていますよ」


「そんなの、簡単だ。ボランティアでやればいい!」

 雨宮さんはすでにシナリオを用意していたらしい。


「ボランティアって……そんなことできるわけないでしょう」


「ダーリンがちゃんと引き継ぎしてくれるから大丈夫だ」


「佐伯さん申し訳ありません。恩に着ます」

 無表情な中にも、申し訳なさそうな岡安さん。


 そこまで言われると……

 まあ、この二人にはお世話になったしな。

 きっちりとした岡安さんの引き継ぎなら、なんとかなるかもしれん。

 慣れないマネージャー業とはいえ、minaと一緒にいれるしな。

 芸能界で輝いているminaの姿も見てみたい気がする。


「わかりました。どこまでできるかわかりませんが、お引き受けいたします」

「そうか、佐伯ならそう言ってくれると思っていたぞ!」

 満足そうな、雨宮さん。


 岡安さんはプリントアウトした紙の束をカバンから取り出した。

 そこにはminaの一週間のスケジュールや、各担当者の特徴、注意点などが事細かに記されいていた。やっぱり、この人几帳面だな。というか、この引継書が用意されていたということは、オレが引き受けるのは決まっていたということか。恐るべし、雨宮さん。


「突発的にスケジュールが入ってくることもあります。基本的に空いている時はスケジュールを入れていただいて構いせんが。必ずminaさんと相談してから引き受けるようにしてください」

 それ以外に、岡安さんは口頭で、いくつか注意点を述べてくれた。



 岡安さんからminaに話が行ったのか、次の日の夜に早速minaから電話が掛かってきた。


「カズくん、聞いたよ。岡安さんの代わり、引き受けてくれるんだってね。一週間一緒にいられるね。私、とってもうれしいよ」

 弾むような声で喜びを表現する、mina。

 そこまで言われれば、オレだって悪い気はしない。


「ああ、マネージャーなんて初めてだけど、よろしく頼むよ」

「うん、大丈夫。私が色々教えてあげるから。それより、ね」


「ん? どうしたの? mina?」


「その週の金曜日の午後なんだけど……スケジュール空けてあるの。だからね、どっかドライブとか、行きたいな」


「おおっ、そうだな、行こう行こう! 」


「やっぱり、カズくんともっとデートしたいなぁ、なんて。じゃあ、楽しみにしているからね。愛してるよ、カズくん」

 オレだけに向けられている歌姫の甘い声。


「あ、愛してるよ、mina……」


「ありがと、じゃあ、おやすみ、カズくん」

 語尾にハートマークでもついてそうな余韻を残して、minaは電話を切った。


 なんとか、やれるかな、オレ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ