第二十五話 歌姫と、やんちゃな新婦
結婚式のあと、しばしの休憩を挟んで、披露宴となった。
草橋支店長は新婦側の主賓なので、オレ、田中、真由ちゃん、minaも一緒に最前列のテーブルとなっていた。
雨宮さんって九州の出身とは聞いていたけど、全国的に有名な「AMEMIYA」のご令嬢だったのね。
このホテルってスピード婚じゃなかなか予約が取れないと思うんだけど、実家の力を存分に使ったのかな?
それにしても、このホテルと披露宴会場もとても豪華だよな。
天井からはシャンデリアが煌めいているし、客席の重厚感のあるテーブルとそこに飾られた色とりどりの花。従業員も清潔な服装で、洗練された動きをしている。
ダメだ……。何でもお金に換算してしまうのは、銀行員の悪いクセだ。
オレも……。仮にだよ、仮に結婚式をしようとする時、こんな豪華な所で挙げられるのだろうか? 貯金はしてる方だと思うんだけど……大丈夫かな。
そんなことを思っていると、隣の席のminaと目が合った。
「お二人、とっても幸せそうだったね」
minaがキラキラした瞳で話しかけてきた。
「うん、ほんとに、よかったな」
「私も、いつか……結婚式……」
minaはそう言って、さっき自分が手に入れたブーケの方をちらっと見た。
「ううん、何でもない! カズくん、さっきの写真、あとでちゃんと送ってあげるからね」
「う、うん、ありがとう……」
そんなやり取りをしていると、会場の照明が落とされ、スポットライトに照らされた岡安さんと雨宮さんが入場してきた。
二人で、ゆっくりと中央の席に座る。
まずは、主賓の挨拶。岡安さん側の主賓は……あの社長だ。
社長はダークブルーの上着にグレーの上品な仕立てのパンツ。靴もスェードの仕立てで、派手なネクタイに胸元には花のように飛び出したポケットチーフを差していた。
まるで「普段から着てますよ」といった感じで、日焼けした精悍な顔立ちの社長が着ると、不思議と似合っていた。業界人ここにあり、か……。
社長は挨拶で悪態でもつくか、と思ったがそんなことはなく、長すぎず短すぎず、なかなか気の利いたスピーチをしていた。昔大手の石油会社に勤めていて、夢を諦めきれず役者になり、そのあと芸能プロダクションを興した。そんな自分の経歴をジョークを交えて簡単に紹介しながら、新郎と新婦に向けて励ましのメッセージを贈っていた。
そういや、龍野ハヤトの事件の黒幕は社長だったんだよな……。後で真相を正した方がいいのだろうか? いや、今日はおめでたい席だ、そんなことなど……。
オレが心の中でそんな葛藤をしていると、いつの間にかスピーチは終わっていた。
スピーチの去り際、社長はこっちの方を見てきて、オレと目が合った気がした……
そのあとは、新婦側の主賓の草橋支店長の乾杯。
こっちも堂々としたスピーチ。
しばし、雨宮さんを褒め称える言葉が並ぶ。
すでにさっきのブーケトスで雨宮さんの地の部分が出ている気がするが……それは考えないでおこう。
一同で乾杯をして、しばし食事を取りながら歓談となった。
このあと、ウエディングケーキ入刀やファーストバイトなど、お決まりの行事が並び、次は友人の余興の番になった。
空手着を着た男女が十人くらい、列を正して会場に入ってきた。
雨宮さんの、大学時代の友人?
白い道着を身にまとった小柄な女性が、豪快な蹴りで台の上に据えられた木製バットを叩き割り、会場は拍手に包まれた。
なんか高級ホテルに似つかわしくない気もするが、いいのかな。
そして、空手の演舞が続く。
そういや雨宮さんとの特訓、懐かしいな。できれば二度と受けたくないけど。
最後に、熊のような体格の男性が、豪快な瓦十枚割を披露した。
これで、終わるかなと思いきや……
空手着の十人から、雨宮コールが始まる。
もしかして、雨宮さんやるの??
まずいでしょ!
これが、大学の体育会系の、ノリ?
なんと雨宮さんは、ウエディングドレスの裾を自ら持って、空手着の面々の方へやってきた。
まさか……ね。
空手着の面々が慣れた手つきで、十枚の瓦を重ねてセットした。
どよめきだす会場。
ドレス姿の雨宮さんは重ねた瓦の前に立つと、目をつぶって集中力を高め始めた。
だんだん、会場が静かになっていく。
「ヤァーーーー!!」
気合一閃! 雨宮さんの拳が、見事に瓦を全て貫通した!
会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
大丈夫? いいの?
新郎側の親族が若干引いている気がするんだけど……
観客に向かって、満面の笑みでVサインを送る雨宮さん。
岡安さんも自分の席で拍手を送っていた。
なんか、でも、そんな姿を見ていると、微笑ましいな。お似合いの二人だよな。
披露宴も終盤に差し掛かった。
女性の司会者から、アナウンスが流れる。
「ここで、新婦綾音さまから皆様にサプライズプレゼントがあります。実は今日は新婦の友人として、歌手のminaさんが来てくださっています」
会場の半分くらいから、どよめきが起こる。
サプライズに対するどよめきか? それともminaのことか?
「今日は、新婦のピアノに合わせて、minaさんが素敵なラブソングを歌ってくださるということで……非常に楽しみですね。それでは綾音さん、minaさん、ご準備をお願いします」
オレの隣の席のminaがゆっくりと立ち上がった。
オレの方をチラッと見て微笑んで、ゆっくりと会場の前にセットされたピアノの方を歩いてく。
だから、お酒飲んでなかったのか。
雨宮さんも、ウエディングドレスを優雅に揺らしながら、ピアノの前に座った。
雨宮さんとminaが顔を見合わせて、お互い微笑む。
雨宮さんが、ゆっくりと鍵盤を奏で始めた。
おっ、この曲、minaのファーストアルバムに収録されている、愛する人への一途な愛を歌った曲。原曲はバイオリンとかも入ってたはずだけど、ピアノのソロもいいな。
それにしても、雨宮さん、ピアノも弾けるんだな。
いつ、練習したんだろう?
そして、minaが、愛おしいものを抱くようにマイクを握って、切ない愛のバラードを歌い始めた。
透き通るような、優しい歌声。
「出会った日から 今まで 私の気持ちは ちっとも変わってないよ」
「だからあなたに 永遠を捧げます」
こうして豪華な結婚式場で、ピアノの調べと共に聞くと、すごい雰囲気出るな。
歌姫とちょっぴりやんちゃな新婦の夢の共演に、会場は一体となって酔いしれた。
最後のピアノの調べが終わったあとも、会場はしばらく静寂に包まれていた。
そのあと、どこからともなく拍手が鳴り出し、それはこの日一番の拍手の洪水となって、しばらく会場を包んでいた。
雨宮さんが立ち上がってminaの隣に並び、二人で同時に頭を下げた。
お辞儀が終わったminaはこちらを向いて、オレと目があって微笑んだ。
minaが席に戻り、岡安さんが、雨宮さんの横にやってきた。
マイクを、雨宮さんに差し出す。
「お父さん、お母さん、今まで育ててくれて本当にありがとうございました……綾音は……正司さんと、幸せになります」
雨宮さんの目には涙はなかったが、声は、震えていた。
雨宮さん、そして岡安さん、本当に、おめでとう!
披露宴も終わり、人々もゆっくりと帰り支度をしていた。
同じテーブルの真由ちゃんが、オレとminaに声を掛けた。
「せっかくminaちゃんも集まったんだし、お茶でもしません?」
「うん、しようしよう、いいよね、カズくん」
minaは喜びの表情で、オレの方を向いた。
「ああ、そうだな。悪い、ちょっとトイレ行ってくるから、先に行ってて」
「飲み過ぎたんじゃないですか? もう……ホテルのラウンジにいますよ、佐伯さん」
と真由ちゃん。
「ああ、よろしく」
確かに料理も美味しかったせいか、飲みすぎてしまった。
まあ、別に意識はしっかりしているんだけどね。
佐伯家の男子はあれくらいでは酔わない。
大理石があしらわれた、きらびやかなトイレで。ってトイレがきらびやかというのもなんだか、本当にそうだったのだ。
オレは、一息ついた。
minaの歌、良かったなあ。
そういや、minaのライブも去年の六月以来、行ってないな。
確か、来月末には東京でライブがあるって言ってたよな。
それには、ぜひ、行きたいな。
なんせオレは、minaの一番のファンだから。
そんなことを思いながら、手を洗って、トイレを出ると、ちょうどC社の社長に会った。
一瞬、ハヤトの件を問い詰めようかと思ったが、オレは黙礼をしてその場をゆっくりと去った。
さて、早くmina達が待っている所へ行かなきゃ。
ところが……
「よう、銀行員」
社長が声を掛けてきて……
振り返ると、社長が意地の悪い笑みを浮かべて立っていた。




