第二十四話 結婚式
minaと外房の別荘での逢瀬から、二週間。
九月も中旬に差し掛かろうかという、晴れた日曜日。
赤坂の豪華ホテルで、岡安さんと雨宮さんの結婚式が盛大に行われた。
支店長、田中、それとminaと真由ちゃんと、ホテルのロビーで待ち合わせをした。
minaは紺色の両袖のついたドレス。胸元に花の刺繍があしらわれていて、今日はちょっと大人っぽい雰囲気だ。髪型もゆるくパーマみたいにセットされていて、金色の小さな髪留めでくくっていた。膝丈のスカートからきゅっと引き締まった足が覗いている。足元は白色の上品なパンプスを合わせていた。
真由ちゃんはベージュ色の光沢のあるノースリーブのドレス。相変わらず豊かな胸元。薄いピンク色のスカーフを肩にかけて、微笑んでいた。スカーフから肌が透けて見えて、なんだか妙に艶めかしい。
スーツは三割増しとかいうが、ドレスは……五割増し以上だよな。
普段より大人びた雰囲気の二人に、オレは年甲斐もなくドキドキしてしまった。
「ちょっと、カズくん、真由ちゃんの方、見過ぎじゃない?」
せっかく綺麗なドレスを着ているのに、minaがジト目でこっちを見てきた。
「そんなことないって、たまたまだよ」
慌てて、言い訳する、オレ。
「佐伯さん、ちゃんとminaちゃんを見ててあげないとダメですよ。ほら、minaちゃんが一番綺麗だよ! くらい言ってあげたらどうですか?」
真由ちゃんまで、minaの味方をする。
「う、うん、mina……とっても綺麗だよ」
しどろもどろになりながら、minaの方を向くオレ。
「もう……ホントにそう思ってるの? まあ、いいわ。今日はおめでたい日だし、許してあげる」
minaはそう言いながら、まだ不満そうな表情で、オレの隣を歩き始めた。
田中は羨ましそうに、支店長は微笑ましそうにこちらを見ていた。
ホテルに併設されたチャペルで、二人の挙式が行われる。
親族が前の方なので、オレたちは後ろの方の席に立って、式が始まるのを待った。
高い天井に、白を基調とした落ち着いた内装。
正面にステンドグラスがあり、柔らかな七色の光がこちらに差し込んでいる。右手には大きなパイプオルガンがあった。
両側には窓が大きく取られていて、明るくて開放感があるな。
オレはクリスチャンってわけじゃないけど、なんか厳粛な気持ちになるな。
やっぱり、女の子は、こういうシチュエーション、憧れるのかね。
そう思いながら隣のminaをちらりと見た。
minaはこちらを見つめて、ニッコリと微笑んだ。
やっぱり、参列者の中で、minaがダントツで可愛いな。
そんなこと、言えやしないんだけどね。
木でできた重厚な扉がゆっくりと開いて、牧師の衣装を来た、金髪に碧眼の大柄な男性が、中央の方へと歩いてきた。
まあ、外国人の牧師さんの方が、雰囲気出るんだけど、アレって英会話講師のバイトの時も多いからな。
だって本職の牧師さんなら、日曜日は礼拝が必ずあるから忙しいはずじゃないか。
そんな夢もないようなことを思いながら、オレはぼんやりとチャペルの中央を見ていた。
続いて、新郎岡安さんの入場。
グレーのタキシードに小柄な体だか、堂々として歩いている。
この人にはお世話になったからな。
たぶん、雨宮さんをうまく御せるのは、この人しかいないだろう。
そして、パイプオルガンの壮大な音色と共に、新婦雨宮さんと、新婦の父が入場してきた。
会場から、ため息がもれる。
雨宮さんはモデルのようにウエディングドレスを着こなしていた。
白いベールの奥に、憂いをたたえた瞳。
立ち振舞も優雅で、間違いなく、今日の主役だった。
雨宮さんは、恰幅の良い白髪交じりの壮年の父親とゆっくりとバージンロードを歩いた。
そして父親から岡安さんへと引き継ぐ。
父親の目には、涙が光っているようだった。
岡安さんは、雨宮さんを伴って神妙な面持ちで正面に立った。
参列者で賛美歌を合唱し、そのあと牧師より聖書が朗読される。
「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える……(中略)……
それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つはいつまでも残る。その中でもっとも大いなるものは、愛である」
(コリントの信徒への手紙一 十三章)
愛か……まあキリスト教の言う「愛」と男女の「愛」は、厳密には違うんだろうけど。
オレもminaに、ねたまず、全てを信じて、全てに耐えるような……そんな愛を捧げることができるだろうか?
そんなことを考えながら、傍らのminaを方を見た。
minaは真剣な面持ちで、両手を前で組んで、新郎と新婦をじっと見据えていた。
そして、結婚の証としての指輪の交換が終わると。
岡安さんが雨宮さんのベールを上げ
大勢の人に見守られながら、そっと口づけを交わした。
チャペル中に鳴り響く拍手。
二人が、参列者の方を向き直った。
幸せいっぱいの笑みの雨宮さんと、
無表情な、しかし、口元が少し照れた様子の岡安さん。
今ここに、一組の夫婦が誕生し、永遠の愛を誓った。
オレも、minaも笑顔で、新郎新婦に向かって、力いっぱい拍手を贈った。
式が無事に終わり、参列者全員で外に出ると、独身の女性が集められた。
その数、およそ、十数人。
もちろん、minaと真由ちゃんもいる。
チャペルの扉が開いて、ブーケを持った雨宮さんとそれをエスコートする岡安さんが出てきた。
始まるんですね? 女の戦いが……
「mina! 真由~! ちゃんと受け取れよーー!」
ウエディングドレスで叫ぶ雨宮さん。
会場が笑いに包まれた。
花嫁なんだから、もうちょっとおしとやかにしてください。
真剣な表情の、minaと真由ちゃん。
まあ、次にブーケを受け取った子が結婚できるっていう例のヤツなんだけど、女の子はそういう迷信的なものとか気にするのかね……。
水面下で熾烈なポジショニング争いが繰り広げられている。
「それじゃあ、いくぞーー!!」
後ろを向いて、ブーケを構える雨宮さん。
それを、優しく見守る、岡安さん。
「それーー!!」
雨宮さんの掛け声と共に、ブーケが九月の晴天の空をゆっくりと舞った。
それを血走った目で見つめる、乙女たち。
真由ちゃんがジャンプして、ブーケを掴んだ!
っと思ったら、ブーケを手で弾いてしまった。
まったく、ドジっ子なんだから。
悔しそうに口元をゆがめる、真由ちゃん。
ブーケの行方を見守ると……
ブーケは弧を描きながら……
他の女の子とスクリーンアウトで争っていたminaの、両手にすぽっと収まった……
「おめでとう!!」
拍手を送る参列者たち。
minaは両手でブーケを押し抱いて、満面の笑みを浮かべていた。
「おめでとう、mina!」
雨宮さんが駆け寄ってきて、minaを祝う。
「ありがとう! 雨宮さん! 私、とっても嬉しい!」
minaは透き通った声で、飛び跳ねて喜んだ。
参列者って、minaの正体に気づいてないのかな? あるいは客層がいいから、暖かく見守ってくれているのかもしれないが……。
「おめでとうございます! ブーケを手に入れられた方、新郎新婦と一緒にお写真をお願いします」
式場の係員の人も、笑顔でminaを招いた。
「ねえ、カズくんも行こう!」
minaがブーケを片手に握りしめて、オレのスーツの袖を引っ張った。
なりゆきで、新郎新婦、minaに囲まれ、写真に収まる、オレ。
「ねえ、私たちも二人で撮ってもらおうよ」
minaはスマートフォンを係員の人に渡した。
ぎこちない表情のオレと傍らに立つmina。
ドレスアップしたminaは、ブーケを両手に抱えて幸せそうに微笑んでいた。
係員の合図で、スマートフォンのシャッターが切られた。
そして、その写真はオレたちにとって……生涯忘れられない一枚となる。




