第二十三話 夏の終わり
minaとついに想いを遂げた……翌朝。
ベッドルームのカーテンの隙間から、暖かい朝の光が降り注ぐ。
外のとまり木で小鳥がさえずる音が、かすかに聞こえる。
オレは柔らかな安心感に包まれながら、ゆっくりと目を覚ました。
こんなに清々しい朝を迎えたのは何年振りだろう。
ふと、傍らを見ると、愛する人が、可愛らしい寝息を立てて目を閉じていた。
絹のような光沢の豊かな長い髪。少し乱れている。
白いシーツ越しに覗く鎖骨が、ゆっくりと上下に揺れている。
シーツに包まれている愛する人の肢体をさらに想像すると、オレは昨日の行為を思い出して、少し高まってしまった。
オレはminaが愛おしくてたまらなくなり、小さな赤いくちびるにそっと、口づけをした。
もう何回目かの口づけは、やっぱり、minaの香りがした……
minaは午後から映画の撮影があるので、雨宮さんの作ってくれた朝食を(彼女は料理もできる)四人で食べて、外房の浜辺をのんびりと散歩した。
「なんか、夏を楽しんだね!」
minaは今日も、子供のようにはしゃいでいた。
今年の夏も、終わりか。
過ぎ去っていく季節……その移り変わりを……
これからもminaと一緒に、味わっていけたらいいな。
十時ごろ、オレたちは行きと同じ岡安さんの運転するミニバンで帰路に着いた。
「岡安さん、オレ、運転しますよ」
岡安さんもこれから仕事だ。一人で運転するには大変だろう。
「いえ、大丈夫ですよ。私、運転するの好きですから」
相変わらずの無表情だったが、瞳の奥は優しさをたたえていた気がした。
雨宮さんが助手席で岡安さんと楽しそうに喋っており、
オレとminaは後部座席の並びシートでそっと手を繋いだ。
minaは残り少ない逢瀬を惜しむかのように色々と話しかけてきた。
長いまつげに、どこまでも夢を追い続ける輝いた瞳。
その表情は、自分の彼女のはずなのに、なんだかオレにはとても眩しかった。
昨日は
「カズくんが、世界で一番カッコいいよ!」
なんて言ってくれたけど、
オレも、もっと頑張ってminaにさらに相応しい男にならないとな。
この二日間で、本当にminaの色々な表情を見ることができた。
どの表情も、オレの心の写真館に大切にしまっておきたい、大事な……宝物。
ふと、minaの声がしなくなった、
と思ったら。
minaは小さい体をオレに預けて、可愛らしい寝息を立てていた。
疲れてたのかな?
無理してスケジュール空けたんじゃないだろうか?
右肩に小さな恋人の、温かいぬくもりを感じながら、オレはminaの健気な想いに胸が熱くなった。
「その様子だと、うまくいったみたいだな」
雨宮さんが前方の助手席から身を乗り出して、オレの方に向かってニヤっと笑った。
「ええ、まあ……」
「あたしからのプレゼント、効いただろ?」
昨日のminaのベビードール、あれは雨宮さんからのプレゼントだったな。
オレは、自分の顔が赤くなるのを感じていた。
「で、どうだった? minaにお風呂でレクチャーした、あたしの秘技は?」
秘技って……minaが昨日言ってくれた、
『わたしを、カズくんだけのものにして……』とか?
あれは、確かに破壊力抜群だったな。理性飛んだし。
「お前、何とか言えよーー! ほんとウブだな。そんなんじゃ、ハヤトの時みたいに、またminaが取られちまうぞ」
そんな、不安にさせるようなこと言わないでくれ。
思わずオレは、オレの右肩にもたれているminaの方を見た。
相変わらず可愛らしい。
これからも、守っていくんだ。minaを。
「綾音。人の恋路を邪魔しない。」
前方の道路を見つめたまま、岡安さんが優しくたしなめた。
彼は続ける。
「四人とも楽しかった。それで、いいじゃないですか」
「まあね、ダーリンがそう言うなら」
雨宮さんはそう言って、岡安さんの方に直り、甘い笑顔を彼に向けた。
「お二人とも、本当にありがとうございました!」
ミラー越しに、オレは二人に心から頭を下げた。
まだ、目的地に着かないで欲しい。
右肩越しに伝わってくる、minaの温もり。
自慢の黒髪から漂う、甘い香り……
愛らしい寝顔。安らかな寝息。
それをもっと感じていたいから……
こうして、オレとminaの短い夏は、終わりを告げた。




