第二十話 練習……しよっか?
「花火、楽しみだね! どこから上がるのかな?」
minaはさっきから、まるで少女のように無邪気にはしゃいでいる。
浜辺を歩くと少し遠くに、波の打ち寄せる音がする。
遠くの岸辺に、民家の明かりが見える。
街灯は少なくて、ぼんやりと薄暗い。
それでもオレの目には、浴衣姿のminaは光輝いて見えた。
テレビや雑誌への露出もさらに多くなったせいか、最近は男性のファンも増えているもんな。そりゃあ、こんだけ可愛くて、書く歌詞も切なくて、歌も上手なら、minaに憧れる男性も多いだろう。
そのminaも……浴衣姿も……
オレは今、独り占めしている。
空は曇りがちで、去年minaと一緒に見上げた天の川ははっきりとは見えなかったが…
懐かしいな……ここ、外房の星空の下でminaと語り合ってから、もう一年か。
「また、来れたね、一緒に」
minaはそう言って、オレの方を見て微笑んだ。
「オレも、同じことを、考えていた」
「あの時、カズくんに絶賛片思い中だったよ……でも、今はこうして一緒にいられて……私、とっても幸せ!」
「オレも……minaと一緒にいられて幸せだよ」
「この前のハヤトと決闘したカズくん、とてもカッコ良かったよ! 私、とても感動したの」
「やめてくれよ、あの時は、無我夢中でさ。それに勝てたのはminaが応援してくれたからだよ」
「あのね……女の子ってね、お姫様願望があるの。いつか、白馬の王子様が現れて私のことを守ってくれるって! カズくんは私がピンチになると、いつも助けてくれる」
「そんなことないよ……」
「だから、テレビ局で見る俳優さんやモデルさんより誰よりも、世界で一番カズくんがカッコいいの!」
よしてくれ……
世界で一番カッコいいとか……
でも今の、録音してもいいかな? 毎日聞くから。
「あのね……」
minaが少し照れながら言った。
「手……繋いでもいい?」
毎度お馴染みの反則の上目遣い……
キラキラとした瞳。
小さな可愛らしいくちびる。
結わえた光沢のあるキレイな黒髪。大きな花をあしらった髪飾りが良く似合う。
浴衣の襟からのぞく、透き通ったようなminaのうなじ。
でもいつもは、自分から腕を組んできたり……キスだって、もっとグイグイくるんだけど……minaも……照れているのかな?
この後のこととか……
いや、そんなヘンなことばかり考えていてはダメだ。
オレは、うなずいて、そっと、minaの手を握った。
意外にも、minaと手をつないで歩くのはこれが初めてかもしれない。
いつもはminaが腕を組んでくるからな。
あとは、抱きついてきたりとか……
あまり想像するのはやめよう、歩きづらくなるから。
minaの手は、思ってた以上に小さかった。
minaの手のぬくもりを感じながら、しばし無言で、浜辺を歩いた。
「ねえ、ちょっとだけ、甘えたことを言ってもいい?」
「もちろん」
今度はどんな最終兵器が飛び出すのか?
minaの魅力にやられ過ぎて、オレは外房の海の藻屑と消えそうだ。
「実は……映画の撮影もだいぶ終わりに近づいて、もうすぐクライマックスのシーンの撮影があるの……」
「そうか、頑張ってるんだな。minaは」
「だけど……練習してるんだけど、そのシーンが上手くできなくて……自分で選んだ道なのに、お芝居って難しいよね」
「でも、minaは努力している。映画の公開、楽しみにしているよ」
「ありがとう……カズくん。お芝居で大切なことって、何なのかな? 私、それがわからなくなってきて……」
minaは少し悲しそうな表情でうつむいた。
芝居か……全くの専門外だからな
決算書の見方とか、気難しい社長の口説き方なら、レクチャーできるんだけど。
「真由ちゃんがいつか言ってたんだけど、カズくん、大勢の前で発表するやつ、プレゼンって言うんだっけ? それもとても上手なんだって。カズくんのプレゼンは引き込まれるって。何か、コツとか……あるのかな?」
そうか、プレゼンか……人前に出て、人の心を動かす。
確かに通じるものはあるかもしれない。
それならアドバイスできないこともない。
「まずは……練習。プレゼンの名手と言われたスティーブ・ジョブズ……ああ、minaが使ってる携帯とかを作った人ね。この人も言ってた。まずは練習……でも、これはもうやってるもんな」
「うん、そうなんだけど」
「あとは、思い込み。芝居だと役になりきるって言うのかな。自分が、この商品はいい商品ですよ、とかこの設備を導入すれば、こんなにメリットがありますよって、情熱を持ってないと、相手には伝わらないから」
「そうだよね……」
あんまりヒントにならないか……
オレだって、いつでも歌姫の心に刺さる言葉を言えるわけじゃ、ないよな。
「うーん、あとは……」
「あとは……?」
「minaはどういう気持ちで、お芝居に向きあってる? 例えば、映画を見た人にどうなって欲しい?」
はっと、minaが目を丸くした。
本当に、色々な表情をするんだな、この子は。
どれも可愛いんだけど。
「私、出された課題をこなしたり、セリフを覚えるのに一生懸命で、そんなこと、考えたこともなかった」
minaは真剣な表情で、夜の海を見つめていた。
「プレゼンも、相手にどういう気持ち、考えになって欲しいか、そこを最終目標に設定するんだ」
「あー、わからない! すごく大事なことだと思うんだけど、答えが出ないよ……どうしよう! カズくん」
「うーん……そうだ! 歌の時はどう? いつも人前で歌を歌っているよね? minaは自分の歌を聞いてもらった人に、どういう気持ちになって欲しい?」
「私……私は、歌を聞いてもらった人に、人を愛するって素晴らしいことだな……とか、前に進む勇気が出たり、失恋で傷ついた心が癒やされたり、とか、そんな風になって欲しい」
minaは真面目な表情で答えた。
「お芝居にも……通じるものがあるかもしれないよ」
「はっ……そうか……わかった!」
minaは再び、目を丸くした。
「私は、映画を見てくれた人に……恋をするって素晴らしいことなんだ。恋をしてみようかな、今片思いをしている人は想いを伝えてみようかなって、そんな風になって欲しい!!」
minaはどこか清々しい表情をしていた。
「カズくん、すごいね。カズくんって、何でもできちゃうんだね!」
「いや、たまたまだよ」
「歌とお芝居って、別々のものだと思ってたけど、繋がってるんだ……それが、なんかわかってきた気がする」
「よし! じゃあアカデミー賞獲って、本格的に女優業に挑戦だな」
「そんなぁ……急にそこまでできないよ」
うまくヒントになったかな。よかった。
「じゃあ、迷惑ついでにもう一個お願い」
minaはオレに向かって手を合わせて、片目をつむった。
「ん? 何?」
「まだ花火まで時間があるから……」
「だから……?」
「カズくん、クライマックスのシーン、二人で練習しよ!」
「えーっ! そんなの、オレ、できるかな?」
「大丈夫、カズくんは私の先生だもん。それに、結構今のシチュエーションに合っている気がするし」
minaは、オレの耳元に口を近づけて、映画のクライマックスのシーンを説明しだした。どうやら、花火大会のシーンらしい。
「よくわからないとこはアドリブしたらいいから、取りあえずやってみよ」
minaはそう言って、オレの方から少し離れた所に立った。




