第十九話 浴衣のキミは……
ハヤトとの決闘から二週間後、
オレ達は一年ぶりに外房へとやってきた。
去年と同じ、高級感のある別荘。
minaは午前中に、今度新しく出るニューアルバムのジャケット撮影があったため、岡安さんの運転するミニバンで東京を出て、外房に着いた時には、すでに夕暮れ時だった。
夕日が山の方に沈んでいき、オレンジの光が海にまで反射してキラキラと輝いていた。
どこまでも見渡せそうな、淡いオレンジと濃紺の海。
「綺麗だね」
minaがうれしそうに、はしゃいでいた。
「オレの地元では、海に夕日が沈んで、とても綺麗なんだ。でも、山の方に沈んでいくのもいいな」
「私もよく地元の由比ヶ浜で家族でお散歩したよ。海の方に夕日が沈んでいくの……カズくんの、生まれた場所も……見てみたいな」
「いつか行こう! 二人で」
「うん、絶対、約束だよ」
minaは遊園地に連れて行く約束をした子どものように、嬉しそうな顔をした。
「はいはい、お二人さん、まだイチャイチャしない! お楽しみは夜まで取っておくように!」
雨宮さんが割って入ってきた。
「お楽しみ」とか言われると、オレの顔が耳まで真っ赤になった。
ふと、隣を見ると、minaも頬を赤くしてうつむいていた。
恥ずかしがるmina……とってもキュートだ。
「今日はそれ以外にもお楽しみがあるぞ!」
「えっ!?」
minaと同時に、雨宮さんの方を見た。
「今日は、ここの地元の花火大会だ! ということは……」
「花火、見れるんですか!」
minaが子犬だったら、しっぽをちぎれんばかりに振っていただろう。
それほど喜んでいた。
「そうですね、少し別荘から離れているようですが、ちゃんと見えるみたいですよ」
岡安さんが続けた。
「で、花火と言えばやっぱり!」
雨宮さんがニヤニヤしだした。
「えっ!? なんですか?」
「じゃ~ん、喜べ、浴衣だ! もちろんminaの分も、ダーリンと佐伯の分もあるぞ」
雨宮さんはミニバンのトランクから、袋をいくつか出してきた。
もはや、雨宮さんが岡安さんをダーリンと呼ぶのに突っ込まないことにした。
この二人、特に雨宮さんの方から、行きの車の中でもイチャついていたし。
minaの浴衣姿か……きっと、可愛いんだろうな……
「佐伯、今、minaの浴衣姿を想像してただろう?」
は? バレたか!
「あたしのも中々のもんだぞ、まあ、いい、あたしの浴衣姿はダーリンだけのものだからな」
雨宮さんはそう言って笑った。
この二人、二週間後には結婚式だもんな。
そんな忙しい中、外房に連れてきてくれて、こうして気遣いまでしてくれるなんて……
「じゃあ、mina、あたしが手伝ってやるから、早速中で着替えようか! 男性のはそんなに難しくないから、自分たちでできるだろ」
オレと岡安さんがうなずいた。
「やったー!! 雨宮さん、よろしくお願いしますね」
minaは飼い主になつく子犬のように、雨宮さんの後をついて別荘へと入っていった。
夕暮れ時が過ぎ、海辺もオレンジ色から、徐々に、夜の色が濃くなっていった。
オレと岡安さんは、浴衣を着た後、特に何かを話すわけでもなく、別荘の入り口にぼーっと立っていた。
決闘の後、約束通りハヤトは記者会見を開いてくれた。
「今回のことは、私の独りよがりでやったこと、minaさんに、そして皆様に御迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした!」
ハヤトは真摯に謝罪していた。
しばらくマスコミに叩かれたが、事務所の力もあるのか、それもここ最近は聞かれなくなった。
ここに来る一週間前に、ハヤトから電話で呼び出された。
コイツ、いつの間にオレの携帯番号を! と思ったが、minaから聞いたとのこと。
もしや、この前の意趣返しか? 待ち合わせ場所に行ったら、あまりお近づきになりたくない方々が大勢待ち構えているとか?
念のため、オレは用心棒の雨宮姐さんを伴って、待ち合わせの場所へ行った。
ハヤトは、そこでも今回の騒動に巻き込んだことを雨宮さんとオレに謝罪し、なんと焼肉をおごってくれた。
「俺も数回しか、来たことない」
とハヤトが言っていた、芸能人御用達の高級焼肉店。
肉は舌の上でとろけるくらい美味かった。
雨宮さんは、龍野ハヤトと意気投合していた。
性格が合うんだろうな。
「お前もいつか、守るべき人に出会える!」
そう言って、ハヤトを励ましていた。
ハヤトは芸能界の裏話や、鬼澤劇団での苦労話を面白可笑しく語った。
こないだも思ったけど、根はいいヤツなんだろうな。
C社の社長に乗せられてしまっただけで。
そういや、社長……
あの騒動の黒幕は社長だったんだよな。
minaや岡安さんは、このことを知らないんだよな。
せめて、岡安さんにだけでも、相談するべきか……?
オレは、ふと、浴衣を粋に着こなして、夜の海を見ながら佇んでいる岡安さんを見つめた。
いや、あの人も今回の騒動で大変だったし、もうじき結婚式もある。
余計なことに気を使わせるのはやめよう。
minaにも黙っておいた方がいいよな。
社長が裏で糸を引いていたなんて知ったら、ショックを受けるだろう。
今後の芸能生活に支障をきたさないとも限らない。
でもなぜ? 社長はあんなことを?
オレとminaの仲を引き裂こうとしたのか?
社長はオレとminaは結婚できないと言った。
minaは実は深窓の令嬢で婚約者がいるとか?
まさか……な。
でも、minaの家族のことってほとんど知らないんだよな、オレ。
「待たせたな」
雨宮さんの声がして、オレは思考を振り払った。
振り返ると、黒地に紫の模様が入った浴衣を着こなした、雨宮さんが立っていた。茶色の髪をアップにして、髪留めで結っている。帯は白地の高級そうな仕立てのもので、なにやら全身から妖艶な雰囲気がした。
まあ、この人は何を着ても似合うよな。
岡安さんとの婚約で、さらに磨きがかかった、洗練された美しさ。
「おい、おい、何見とれてるんだよ、メインディッシュはこれからだぞ」
雨宮さんはそう言っておどけた仕草をした。
「mina! 早く来いよ」
雨宮さんが呼びかけるとminaは恥ずかしそうにゆっくりと別荘の入り口から出てきた。
!!
ダメだ……可愛い過ぎる……
これ以上、minaを形容する言葉が見つからない。
minaは白地に赤い花柄が所々にあしらわれた可愛らしい浴衣。自慢の黒髪をお団子にして、大きな花のついた髪留めで結わえていた。帯も赤。薄い水色の帯留めが動くたびに揺れて、可憐な雰囲気にさらに色を添えていた。
日本に花火があってよかった。
日本に浴衣があってよかった。
オレはあっけに取られた表情で、minaをぼーっと見つめていた。
「おいおい、なんか気の効いた言葉の一つも言ってやれよ」
雨宮さんのツッコミが入る。
「カズくん……どうかな? 私、ヘン?」
minaが少し首を傾げてオレの方を見た。
オレは慌てて、首を横にブンブン振った。
「そんなことない……とても……似合っているよ」
本当に、見とれてしまうほどにな。
「ほんと!? 良かった。雨宮さん、本当にどうもありがとうございます!」
minaは可愛らしい顔をほころばせて、ぺこりと頭を下げた。
「いいって、せっかくの休みなんだから、楽しまないとな。じゃ、あたしはダーリンとデートするから、ここからは各自で自由行動な。minaに惚け過ぎて、浜辺で押し倒すんじゃないぞ!」
「綾音」
岡安さんがたしなめた。
雨宮さんは舌をペロッと出しておどけると、岡安さんと腕を組んで、夜の闇の中へと消えていった。
「私たちも、行こうか」
minaがオレの方を見つめ、オレたちは浜辺へ降りる階段の方へ並んで歩いた。




