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第十七話 お守り

 龍野ハヤトが置いていった「果たし状」には汚い字でこう書かれていた。


「決闘しろ! 負けた方がminaをあきらめる。日はこちらで決めたので、場所とルールはお前が決めろ! あと、逃げたらminaは、俺のものだ」


 日にちは、約一ヶ月後の八月のある日が指定されていた。


 なんじゃこれ?

 今どき、決闘って……?

 何かのワナか?


 無視しようかとも思った。しかし、世間に浸透しているイケメン俳優と歌姫への祝福モード……この状況を打開するには、受けるのもありなのかもしれない。


 こういう荒事は、雨宮さんに相談してみるか。


 外回りから帰った雨宮さんを捕まえて、さっそく、事の顛末を話した。

「そうか、面白くなってきたな」

 雨宮さんは、不敵な笑みを浮かべた。

 当事者のオレは全く面白くないんだけど。


「それで、どうするべきでしょうか?」

「もちろん、この話、受けろ! あたしがお前を鍛えてやる! 大丈夫だ!」

 彼女はノリ気だった。


 やっぱり、そうなるのか。


「で、何か作戦はあるのか?」

 雨宮さんは逆に聞いてきた。

「ルールはこっちで決めてよいって書いてあったので、殴り合いとかじゃなくて、クイズ大会とかどうです?」


「バカ、そんなの向こうが納得するか! お前も、もうちょっと骨のあるヤツかと思っていたが、だらしないぞ! 男なら拳だ! 愛する人を守れ」

 ダメなんだ……怒られてしまった。

 この人、案外龍野ハヤトと思考回路が近いのか?


「では、まずは情報を集めます、ハヤトが格闘技などの経験があるのか? あるとすればどんな技を使ってくるのか? 向こうの弱点とか……」

「まあ、お前らしいな」

「彼を知り、己を知れば……ですから」


 幸い、こっちには田中からもらった分厚いメモがある。

「今日から早速、あたしが通っている道場へ来い! 特訓だ!」

 雨宮さんはうれしそうにそう言って、向こうへ行ってしまった。


 すらりとした長い手足。十人中、九人は振り返るような美貌。

 確か空手三段の実力者で、大学時代全日本で三位だったっけ。

 本気の睨みは、不良も失禁するレベルだ。

 あの人に任せておけば、安心か。

 むしろ、代わりに戦ってくれないかな。


 そんなことを思いながら、オレはセミロングの茶髪をなびかせながら去っていく、彼女の後ろ姿を見送っていた。



 喧嘩慣れしていたり、格闘技経験のある者は、やはり強い。

 体を鍛えていても、そういった経験のない者は劣ってしまう。

 人間はやはり、暴力に対峙すると縮こまってしまうし、相手を攻撃することにも慣れていない。

 ところが、そういった経験の豊富な者は、暴力に対して耐性がある。

 だから、強い。


 これは、雨宮さんが酔ったときによく言っていたことだ。

 オレもその通りだと思う


 そうなると、オレは高校まで剣道をやっていたが、もう十年以上もまともに竹刀や木刀を握っていない。

 雨宮さんに言わせるとギリギリ当落線上。

 たまたまだが、四月からジムに通っていたことがプラスに働くと信じたい。


 一方、田中メモによると

 ハヤトの中学、高校の部活はバスケ部。

 高校時代は、ちょっとグレてたこともあったみたいだ。

 もっともケンカに明け暮れていたというわけではなく、

 タバコが見つかって停学になったり、夜の街を仲間とたむろしていたり

 とその程度らしいが。


 雨宮さん経由で岡安さんからも情報を貰ったのだが。

 彼もモデル兼俳優なので、体を鍛えてはいるらしいが

 特定の格闘技などを修めた形跡はないとのこと。


 minaを巡っての拳と拳の激突!

 そういう風になってしまうのか?

 こんな男とくんずほぐれつするよりは

 minaと別の事をして遊びたいんだけど。


 やっと報道も下火になってきたので、minaとの連絡が復活した。

 社長からのOKが出たらしい。

 電話やメールも以前のように出来るようになった。

 minaの電話番号が変わったりしたが、そんなことは些細なことだ。


 minaはしきりにオレに会いたがったが、オレはハヤトとの勝負? の決着が着くまではと、断っていた。

 本当はオレも、彼女と会いたくて仕方がない。

 ハヤトとのことに集中したいのと(実際雨宮さんとの特訓で時間が取れない)

 彼女と会っていて、ハヤトにイチャモンを付けられるのもしゃくだったので、我慢することにした。


 もっとも、minaとハヤトは映画の撮影で良く会っているらしいが、必要最小限の会話しかしていない、ときっぱり言い切っていた。付き合っている二人がケンカしたんじゃないかとか……妙な空気で、現場の雰囲気は悪いようだ。

 


 日々の仕事をこなしながら、雨宮さんの厳しい特訓を受ける。

 そんな時によく聴いたのが、minaのファーストアルバムに収録されている応援ソング『ノンフィクション』。


「人生の主役は、いつだって自分自身」

「だから、自分の可能性 全て信じて もう一回やってみようよ!」


 エレキギターのリズミカルなサウンドと、minaの力強いボーカルが特徴的な、ライブでも盛り上がる曲。

 minaはこの曲で、初めてエレキギターに挑戦したと言っていたっけ。

 オレも、自分の可能性を信じて、仕事以外のことにも打ち込んでみよう。

 そんな事を考えながら、オレは眠りについた。



 この間は、雨宮ー岡安ラインで、minaが手作りのお守りをくれた。

 フェルト生地に刺繍で「必勝」という文字が書かれており、裏には髪の長い女の子の生地が縫い付けられていた。たぶんminaをイメージしてるんだろう。

 健気だな……可愛いな……

 自分の彼女の心遣いに、オレの胸はジーンと熱くなった。

 

「mina、お守り届いたよ。ありがとう」

 早速、minaに電話をした。

「ほんと、よかった! カズくんのために心を込めて作ったの。決闘って、私もあんまり乗り気じゃないけど、雨宮さんも付いてるしカズくんなら大丈夫。頑張ってね!」


「うん、頑張るよ! 雨宮さんにはかなり鍛えられた! 絶対大丈夫とは言えないけど、いい勝負にはなるんじゃないかな」

「ケガ、しちゃダメだよ、あと、ちゃんと栄養のあるものを食べてね」

「わかってるって……あと、もし負けたとしても……」

「もし、負けても……?」


「土下座してでも、すがりついてでも、minaは渡さないようにするよ」

「なにそれ……大丈夫だよ。もし、そうなったら私がハヤトを引っ叩くもん。それで、私はカズくんのものだって宣言する!」

「すごいな、それは頼もしいな」

「あとね、カズくん……私、この前叔父さんと久々に電話したの」


「草橋支店長、何か言ってた?」

 あの人も、やっぱりminaのこと。心配してるんだろうな。

「叔父さんの話を聞いて思ったの。私も、ハヤトも、歌の世界や芸能界で一番じゃないの……むしろトップ10にも入ってないくらい。」


「う、うん、それで……」

「でも、カズくんは前に『頭取賞』って取ったことあるんでしょ。それって東和銀行で一番の人じゃないと取れないって聞いた」


「昔の話だよ……」

「今年も、かなり有力だって、叔父さんは言ってた。東和銀行で一番ってことは、日本で一番の銀行員ってことだよね! それってすごいことだよ! だからさ、自信持って! カズくんは、私やハヤトなんかより、よっぽどすごい人なんだから!」


「minaにそう言われたら、すごい、勇気が湧いてきたよ」

「うん、頑張ってるカズくん! 大好きだよ! 私も当日応援に行くからね」



 決戦前夜、雨宮さんが通う空手道場。

 この一ヶ月、オレはここに通い、雨宮さんから空手の基本動作や返し技、関節技などの手ほどきを受けた。


 基本動作の確認を再度行い。稽古を終え、二人で向かいあって静かに黙想する。

 雨宮さんはセミロングの茶髪をポニーテールに束ね、白い空手着に黒帯。

 凛とした姿で正座をしていた。


 黙想が終わると、雨宮さんはオレに語りかけた。

「この一ヶ月、お前はよく頑張った。厳しい特訓によく耐えたな」


 特訓の日々。

 思い出すだけで吐き気がしそうだ。

 覚悟はしていたが、雨宮さんの空手に対する姿勢は容赦ない。

 最初の数日は瀕死の体で、なんとか家に辿り着き、そのまま倒れるようにして寝て。朝は痛い体を引きずりながら出勤していた。


「最後に一つだけ、聞いておく」

 雨宮さんは、真面目な顔になった。


 なんだろう?

「お前の拳は誰のためにある?」とか

「minaを守る覚悟はできたか?」とかそんなことだろうか?

 オレは緊張して、師匠からの問いかけを待った。



「お前って、童貞?」



 はい??

 どういうことですか?

 あの、最近岡安さんと付き合って、下ネタは封印してたと思ってたけど、治ってなかったの? 最終決戦前の雰囲気ぶち壊しじゃん!


「いいえ、一応、経験はあります……」

 オレはなんとか正気に戻って、師匠へ返事をした。


「おお、そうか、わかった」

 いったい何がわかったというのか?

 雨宮さんはどこか納得したような、安心したような表情をしていた。


 最後まったく締まらなかったが、こうしてハヤトとの決戦? に向けた準備は整った。

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