第十六話 謎の来店客 その2
minaとの逢瀬から、数日後……
ハヤトとminaの熱愛報道を、メディアで見ることもなくなってきた。
マスコミも、彼らの件ばかり追っかけているわけにもいかないのだろう。
他にも凄惨な事件や、他の芸能人のスキャンダルとか、色々あるし。
オレは、元気を取り戻してきた。
minaのぬくもり……
オレに向けられている、
変わらない真っ直ぐな想い。
それを思い出すだけで、
オレは心の底から勇気がわいてくる。
そんな気がした。
その日も、外回りを終え、三時前くらいに支店に帰ると
また窓口係の女の子が、オレの方へやってきた。
「佐伯さんにお客さんです」
「ん? 今度は、誰?」
「それが、会えばわかるからって、さっきからあちらに」
女の子はそう言って、ローカウンターの方を見た。
女の子の頬が少し赤くなっている。
彼女の視線を目で追うと、短い金髪の若い男性がポケットに手を突っ込んで、足を伸ばして座っていた。
サングラスをしているせいで表情はわからないが、
待たせているせいか、なんかイラついているように見える。
また、怪しい客か……
この前はminaだったから良かったけど、
今度は誰だ?
この仕事をしていると、金髪の客と会うということはほとんどない。
企業の経営者とか、財務担当の人って、もっと身なりがちゃんとしているしな。
町工場の社長とかだと、年中作業着だったりするが、
その客は黒の襟付きの半袖シャツに
ベージュのピッタリとしたパンツを合わせていた。
袖口には、オシャレなのか、
よくわからないブレスレットが何個かついている。
半袖から覗く腕はムキムキではないが
引き締まった筋肉を連想させる。
ファッションにこだわるサッカー選手といった感じか。
ふうっ
オレはため息をひとつついて、
その客の方へいった。
「お待たせいたしました」
「遅えよ!」
短くそう言って、その男は、サングラスをとった。
端正な顔立ち。さっき窓口係の女の子が頬を赤く染めるのもわかる。
ん? どっかで見たことあるような……
まさか!
龍野ハヤト!
こう芸能人が次々と来店するとは。
『芸能人お断り』とか、入り口に看板貼っておこうか。
いや、minaは来てくれて構わないけど。
コイツは、何の用だ?
オレは少し落ち着きを取り戻した。
「人気のイケメン俳優さんが、私にどういったご用件でしょうか?」
「ふん、丁寧な言葉をつかいやがって、どんだけ待ったと思ってんだ」
「社会人でしたら、アポイントを取るのが常識だと思いますが?」
オレは表情を変えず、少し牽制した。
「何だと! テメエ、こっちは忙しいのに待たせやがって!」
ハヤトはポケットに突っ込んだ手を戻して、オレの方に身を乗り出してきた。
もっとも、テーブルを挟んで距離は1メートルくらいは離れているし、危害はないが。
挑発に乗りやすいタイプなのか……?
「それで、どういった要件で? こちらも忙しいので、手短にお願いしますよ」
相手が激昂してきたので、オレはさらに冷静になった。
「ふん、minaの彼氏がどんなヤツかと思ってな」
「他人の気持ちを無視して。勝手に交際宣言をするイケメン俳優さんがわざわざ来店してくれるなんて、とてもうれしいですね」
「うるせえな! いちいち突っかかってくんじゃねえ!」
ハヤトはさらに声を張り上げた!
来店客の何人かがこちらを見る。
ただ、離れているせいか、ハヤトの正体には気付いてないみたいだ。
それを見て、彼は少し落ち着いたのか、声を落とした。
「でも、minaは俺のもんだ。みんな祝福している。共演で一緒にいる時間も多いし、結ばれるの時間の問題だ」
ハヤトは自身たっぷりに言った。
確かにそうだ。だいぶ下火にはなったが、マスコミの報道は彼らを祝福モードだった。
テレビではコメンテーターが訳知り顔に
「ビッグカップル誕生! 結婚も秒読みだ」とか言ってたし、
二人が夜の公園で会っている週刊誌の写真も何度も取り上げられた。
巷でつぶやかれているSNSも概ね好意的な対応だった。お似合いのカップルだとかそんな感じだ。
数日前のminaとの逢瀬がなければ、オレはひるんでいたかもしれない。
だか、オレは実際に会ってminaの気持ちを確かめた。
オレは、minaに勇気をもらったんだ!
「でも、まだ……あなたのものではない。minaはあなたのものにはならない。minaと付き合っているのは、オレだ!」
オレはハヤトに負けないように、目に力を込めて宣言した。
「俺だってここまで来たら、はいそうですかと引き下がるわけにはいかねえ、それでだ」
ハヤトはそう言って、ポケットから畳まれた紙切れをとりだした。
それを、こちらにポイと投げる。
「決着をつけようじゃないか! 日にちはこっちで指定しておいた。場所と詳しいやり方はお前が決めろ」
ハヤトは芝居がかかった口調でそう言った。
何言ってんだ、こいつは!
「ただし、逃げんじゃねえぞ!」
ハヤトはそう捨て台詞をはいて、再びポケットに手を突っ込んで去っていった。
まったく、何しに来たんだ。
入り口に塩でも撒いておくか。
濃硫酸くらい撒いておいた方がいいかもしれない。
ハヤトが置いていった紙を見ると、
汚い毛筆の字で
「果たし条」と書かれていた。
どうでもいいけど、漢字、違うぞ。




