第十三話 作戦会議
ハヤトとminaの熱愛が報じられてから、一週間が過ぎた。
仕事にも身が入らない。あまり眠れないせいか体も重い。
いつも通り帰ろうとすると、雨宮さんに
「シケた顔してんな! 飲みに行くぞ!」
と拉致された。
オレと田中が御用達の、支店から近い居酒屋。
店は少し埃っぽいが、ここの焼き鳥は絶品だ。
特に、ここは鳥のタンが出る。
それを鉄板であぶって食べると、田舎育ちで様々な新鮮な食べ物で育ったオレの舌もうならせるほど、旨い!
でも、今日は、その鳥タンも箸が進まなかった。
オレと雨宮さんと、真由ちゃんと、田中とで隅の方のテーブルを囲む。
これがお洒落な店で、minaがいれば、いつものメンバーなんだけどな……
でも、なんだかそれは遠い昔のことのようだ。
「一応、一週間で分かったことを報告しておこうと思ってな」
雨宮さんはそう言った。
平日で、結構夜も遅い、店に客はオレ達と、あと離れたカウンターに数名いる程度だった。これなら、誰かに聞かれる心配もない。
「まず、岡安からの情報だが……その前に、こんな時に申し訳ないが、ひとつ、言っておくことがある……」
雨宮さんは、そう言って、視線を少し泳がせた。即断即決の彼女にしては珍しい……何か言いにくいことでもあるのか?
「実は、……結婚、することにした」
けっ、結婚!!
やはり、ハヤトとminaが……
オレは目の前で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。
視界が真っ暗になり、オレはがっくりと肩を落とした。
田中がはっとして、そんなオレを心配そうに見つめた。
「ちょっと、佐伯さん、大丈夫ですか!? あ、雨宮さん! 結婚って一体どういうことですか?」
「さ、佐伯、どうした? 結婚って、ああ、そういうことじゃない。あの……結婚は私がするんだ」
雨宮さんはバツが悪そうに言った。
「雨宮さん、いくら何でも、佐伯さんの前でそういう話は、思いやりがないかと……」
真由ちゃんがむくれていた。
「いや、真由、ごめん、そうじゃなくて……その、結婚の話は、今回のminaの騒動にも少しだけ関係あることなんだ。……実は、あたしは、岡安と付き合っている。結婚する予定だ」
そうなのか!?
全然気づかなかった! てか結婚?
そういや、雨宮さんが最近穏やかになったのはそのせいか?
てか、スピード婚! 早くないか?
まあ、雨宮さんらしいか……
「そうなんですか! おめでとうございます。そういえば、雨宮さん、最近もっと綺麗になりましたよね。なんか表情に余裕があるっていうか、大人の女性の色香っていうか……」
真由ちゃんの表情が明るくなった。
ドジっ子のようで意外と見ているんだな。
「それでまあ、ダーリンから色々と聞いてみたんだが……彼も忙しいみたいであんまり……」
「ダーリン!?」
一斉に三人の声がハモった!
あの雨宮さんが……口を開けば悪態か下ネタで、気に入らない男には関節技を容赦なく見舞う雨宮さんが……デレているなんて……
東和銀行始まって以来のスクープだ!
よし、明日の一面抑えろ!
ネタは決まった!
オレも少し、調子を取り戻してきた。
「一緒に仕事しているうちに情が移ったんだよ! いいだろ! 別に彼氏の呼び方なんて!」
雨宮さんの顔が赤いのはビールのせいだけではないはずだ。
「それで、デレている所すいませんが、岡安さんは何と?」
オレとしては、続きが気になった。
「ああ、悪い。岡安がminaから聞いたが、ハヤトとはかつて付き合っていたが、今は何ともないと。ヘタに否定すると、余計マスコミが突っ掛かってくるとか、あとは、ハヤトとの事務所の力関係もあるらしい。向こうの方が大手だからな。あまり強くは言えないみたいだ」
「あとは、佐伯さんとの交際がバレると、今度は佐伯さんに火の粉が降りかかってくると……」
田中もだんだん鋭くなってきたな。オレがやる気を取り戻してから、カネ貸しの極意を叩きこんでいるからな。
「うん、そんなとこだな。沈黙を貫いて、ほとぼりが冷めるのを待つ作戦みたいだな」
「と、なると、ハヤトの交際宣言はどうなるんでしょう? 雑誌やテレビではかなり大きく取り上げられていましたよ。おおむねマスコミは好意的なようでしたし……」
田中の疑問は最もだ。
「もしかして……ハヤトの一方的な片思いとか……」
真由ちゃんが助け舟を出す。
「うん、岡安の推測でもあるが、そんなことを言っていた」
「となると、佐伯さんとハヤトは恋のライバルということに……」
真剣な表情をする真由ちゃん。
龍野ハヤトと、オレがライバル?
minaを巡ってとか? ウソだろ?
相手は今売り出し中のイケメン俳優だ。
ハヤトがキラっと微笑めば、彼のためなら死んでも良いという若い女性がゴマンといるのだ。
一方、こっちはただのサラリーマン。
minaと会ったのも、付き合うことになったのも、たまたまの偶然だ。
なんかもう、ダメだ……
オレ抜きで作戦会議してよ。
再び落ち込む、オレ……
「じゃあ、あの記者会見も、ハヤトの作戦というか、演技ということですか?」
オレを心配そうに見つめながら、真由ちゃんがさらなる疑問を口にする。
「だとしたら、相当な演技力ですね……そういえば、色々調べて、ハヤトの経歴も洗ってきましたよ」
田中はそう言って、カバンからコピー用紙の束を出してきた。
そこには、出身地、家族構成、今まで掲載された雑誌や出演したドラマなど、龍野ハヤトの経歴がこと細かに記されていた。
「なになに……んっ! 鬼澤劇団に入団! だって」
雨宮さんが驚きの声を上げる。
通称、鬼澤劇団、有名な俳優を何人も輩出している名門劇団。
その分、練習もかなりハードらしいが……
ということは……メディアの援護射撃もあったが、日本中を味方につけてしまうような、確かな演技力。あれは……本物か。
「何か、弱点とか、そういったものはないのか?」
「所属している事務所も大手ですし。ただ、あまり勉強の方は得意ではないようですね……クイズ番組で珍回答連発。まあ、視聴者にはウケてましたが。あとは、両親が離婚していて母子家庭で育ったみたいですね」
「母親を人質にとって、記者会見で今度は謝罪するように要求しようか?」
雨宮さんは物騒なことを平気で言う。
「そんなの、ダメに決まっているでしょう」
たしなめる田中。
勉強は得意ではないが、芸能界で成功したり、鬼澤劇団で生き残っている。何より、あの記者会見でのはっきりとした受け答え……頭は悪くはないのだろう。
母子家庭だって今どき珍しいことではない。苦労をかけた母親に孝行する息子という見方だってある。
「ルックスだけじゃない、かなりの実力派ってことか……佐伯、こいつは強敵だ、くれぐれも油断するなよ。相手がお前の存在に気付けば、潰しにかかってくるかもしれない……でも、あたし達が必ずなんとかしてやるからな」
雨宮さんの言葉が、ここにいるみんなの気持ちを代弁しているかのようだ。
「真由の方はどうだ? minaと連絡は付いたか? ただ、ダー、いや、岡安も言ってたが、どうもminaの携帯やメールの情報が所々洩れているようなんだ。おおっぴらに外部と連絡が取れないようだ。あたしも一回事務所に行ってみたんだが、忙しいみたいで、minaも留守だったしな……」
「それが、私も何回もメールや電話をしてみたんですが、帰ってきたのはこの一言だけで……」
真由ちゃんはそう言って、自分のスマートフォンを見せてくれた。
画面をスクロールしていくと、
「お願い、佐伯さんに連絡してあげて」
「minaちゃん、体調大丈夫?」
「私たちはminaちゃんの味方だよ」
などと、真由ちゃんは色々なメッセージを送っていた。
本当にマメだな……真由ちゃん。いい子だ。
minaからのメッセージはこの一言だけ。
『私の気持ちは変わらない。だから信じていて』
情報漏れを警戒しているのか、当たり障りのない一文。
でも、何か……minaの想いというか、強い意志を感じる気がする。
もう少し、minaを信じてみよう。
オレの心には、そんな思いがよぎった。




