第十二話 これを疑えば……
「週刊誌等の報道にもございましたが、私と……歌手のminaさんがお付き合いをしているのは事実でございます!」
記者会見で、龍野ハヤトが口にした、衝撃的な内容。
「ちょっと、ちょっと、待って。どういうことなんですか! minaちゃんが付き合っているのは、佐伯さんでしょ!」
真由ちゃんが、びっくりした表情でオレの方をみる。
もちろん、オレだって何がどうなっているのかさっぱりわからない。
「私は、minaさんと誠実なお付き合いをしているつもりです。ですから、報道関係者の皆様も、温かく見守っていただければと、このように考えております」
ハヤトは落ち着いた様子で伝えた。
早速、記者からの質問が飛び交った。
「ハヤトさん! minaさんと約六年前にお付き合いをしていたけど、一度別れたというのは、本当なんですか?」
「はい、そうです。七年前に下北沢のライブハウスでminaさんと出会い。一年ほどお付き合いをしていたのは事実です。ですが、その時は、私も子供だったもので、ケンカの末、別れるという選択をしてしまいました。彼女に本当に申し訳ない事をしてしまった、今でもそう思っています」
ハヤトは少し悲しげな表情でうつむいた。
「私は長い間後悔していました。なんとか芸能界で活躍し、人に夢を与えることで、彼女を傷つけた罪を償えないかと……その一心で働いて参りました」
ハヤトの目には、うっすらと涙が光っているように見える。
連続するカメラのフラッシュ。画面を見ているこっちも目がチカチカとしてきた。
「しかし、映画での共演が決まり、心の奥に閉じ込めていた彼女への想いが抑えきれなくなりました! 最近交際を申し込んだ所、彼女から快くOKの返事をいただきました!」
ハヤトは言葉に力を込めた。
背筋がピンとしていて、堂々と、前を見据えている。
一人の男の芸能界での成功、そしてラブストーリー、オレが当事者でなければ、応援したことだろう。
次の記者が質問をする。
「真剣に交際ということは、結婚も視野に入れているのですか?」
そ、そんな質問まで出るのか。
「もちろん、相手があってのことですので、minaさんに直接確認したわけではありませんが……」
ハヤトはそう言って、言葉を切った。
「私は、彼女とずっと一緒に歩んでいきたい! そのように思っております」
きっぱりと言い切った! すがすがしいまでのイケメンスマイル。
「なんなんですか! これは、ウソに決まってます! 映画の番宣とか、そんな感じですよ。ねえ、佐伯さん、バカバカしい! もう行きましょう」
真由ちゃんは可愛らしい顔をしかめて、テレビのリモコンを切った。
ハヤトがぷつっと視界から消えた。
龍野ハヤト……そんなに詳しくは知らなかったが、背も高く、顔立ちだって整っている。若い女性ならメロメロだろう。さっきの会見だって客観的に見れば、自分の否を素直に認めているし、minaに気持ちを押し付けるわけでもなく、好感が持てる。第三者から見れば……だけどな。
オレは嫉妬と疑惑が混じった複雑な感情で、しばらくぼぉーっと休憩室に佇んでいた。
テレビやスポーツ新聞、週刊誌はその日から、
「龍野ハヤト 堂々の交際宣言!」
「ビッグカップル誕生! 結婚秒読みか?」
「下北沢で育った恋 ここに完結!」
などと、派手な見出しや内容が踊った。
基本的には、二人に対して好意的な内容が多かった。
一方、minaサイドはというと、沈黙を貫いていた。
元々、歌手なので、俳優ほどはテレビの露出が多くないのだが。
一度、CM曲を提供しているお菓子のキャンペーンで人前に出た時も
お菓子と関係ない質問が飛び交ったり、
「minaさん、交際は順調ですか?」
「せめて一言、コメントお願いします!」
などとマスコミに押されていたが、岡安さんのフォローもあり、minaも無言で、その場を去っていた。
否定もしないが、肯定もしない……
オレはますますわからなくなっていった。
あれから、メールや電話もしてみたが、minaからは何の連絡もない。
やはり、二人は付き合っているのか……
忙しくて会えないって言ってたのも、もしかしてそのせいか。
まあ、龍野ハヤトのようなイケメン俳優の方が、オレなんかよりminaには百倍もお似合いだよな。
三人これを疑えば、その母も懼る……だっけか?
昔、中国のある国に親孝行で知られた曹参という男がいた。
ある時、曹参と同姓同名の者が人を殺した。それを聞いたある人が曹参の母親に「曹参が人を殺した」と告げたが、母親は気にも止めなかった。
そのあと、別の人が来て「曹参が人を殺した」と言ったが、母親は取り合わなかった。
ところが三人目に来た人が「曹参が人を殺した」と報告すると、母親はついにはその事を信じて、ひどく取り乱してしまった。
三人もの人が疑えば、当事者の母親でさえ、誤報を真実として信用してしまう。
オレの心はまさにそんな心境だった。
あまりテレビは見ないようにしていたが、それでも情報は入ってきてしまう。
毎日のようにハヤトとminaの熱愛を報じるニュースを聞かされていると、やはり二人は付き合っているのだ、オレは蚊帳の外なのだとそんな気がしてくる。
ましてや、オレたちは付き合って間もないし、付き合ってから会ったのはたったの一回だ。
minaへの信頼が、砂で作った城のようにだんだんと崩れていく。そんな感覚があった。




