オトの少女
ーー音は嫌いだ
私は一年半前からずっと、音に対する嫌悪感を抱いていた。
道端の談笑から高尚なクラシックまで。特に人の声は。嫌悪感以外に感情を表現出来なかった。
だからなのか、私はこうして、学校裏の林にある小さな祠の前に来ている。
「君の目は、見るからに腐りかけたミカンみたいな輝きを見せているね」
その横で、真っ黒な瞳のクロネコが悪態をつく。
「どういう意味よ」
「言葉の通りだよ。既に諦めたように見せながらも、微かにすがる気持ちも伺える。そんな意味だよ」
「変な例え方だね。でも、お陰で決心は付いたわ」
「ほぅ、一体それはなんだい?」
クロネコは、わざとらしく私に尋ねる。恐らく察しはついているのだろう。そもそも喋れる猫だもん。人の心を読むのもお手の物か。
口に出そうとした時、微かに今までの事が頭をよぎり、迷いと共に第一声を一瞬押しとどめた。
しかし、私はこれから、長い長い夢を見る事になる。その夢の中で、今の感情が変わってしまわぬように、過去とは決別しておかなければならなかった。
愛用のヘッドホンを首に掛け直し、心の中の「何か」を睨みつける。
「私から音を奪って」
クロネコは、僅かに口角を上げると、長い長い尻尾を立たせて林の中へ消えていった。
後には夜風に揺らされた林の轟音だけが、私の鼓膜に響き渡った。
読んでいただき、ありがとうございます。
最近、コーヒーと裸パーカーにハマっています。