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左団扇奇譚  作者: 音叉茶
第一章『黄泉帰り』
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 鵺は座布団に胡座あぐらをかく亜緒の隣で正座していた。


 眼前には荒れた座敷が行灯あんどんの光の中に浮かび上がっている。


 二人が揃って腕組をしているのは、鵺が亜緒の仕草を真似ているからだ。


 亜緒がそっと鵺の頭に掌を乗せると、頭の上のネコミミが二回ほどピクピク動いた。


「ごめんな」


「どうして謝る?」


「僕が弱くてさ」


 挙句、鵺に人の肉体を与える結果となってしまった。


「亜緒は弱くない」


「だったら、いいんだけどな」


 しかし、自身の不甲斐の無さに沈む。


 濡羽色の長い髪と白い肌、華奢な体は素体となった現子うつつこのものだ。


 一方で頭の上のネコミミと釣り気味の目元、金色に光る瞳は鵺が鵺だった頃の名残りである。


 もっとも不定形の鵺にとって、姿形はそれほど意味のあるものではないのかもしれないが。


「何シケた顔をしているんだ。らしくない」


 蘭丸が闇子から開放されて、いつの間にか『左団扇』に戻ってきていた。


「僕は元々こんな顔なのさ」


 重ねた座布団の上で頬杖をついている。


 亜緒が深刻そうな表情を作るのは珍しい。


 現子の襲撃を受けた『左団扇』は玄関から最初の座敷まで滅茶苦茶である。


 まるで嵐が去った後のようだ。


「闇子は取り敢えず、お前を殺す気は無くなったらしい。いつもの気まぐれだろうがな」


「気まぐれでも何でも、命の危険が無くなったのは助かる」


「お前の打った猿芝居に彼女なりの思うところがあったらしい」


 闇子を「彼女」と呼ぶ。

 蘭丸と闇子の間には何らかの関係が隠れている。


 『宵闇』は知らぬ間に消えていた。

 闇子の元へ戻ったのだろう。


「それにしても、まさか本物の鵺だとは思わなかった」


 蘭丸が目の前のネコミミ少女を見てため息をつく。


 飼い猫に「鵺」という名前を付けたのは亜緒の冗談だと思っていた。


 雨下石しずくいし家は鵺をまつる一族である。


 蘭丸は亜緒が勘当同然で家を追い出されたことを本人から聞いて知っていた。


 しかし、まさか御神体である鵺を持ち出していたことまでは思考の外だ。


「鵺を元の猫には戻さないのか?」


「戻すと怖い女の子が僕を殺しに来るからさ」


 鵺が憑いたことで現子は現子ではなくなった。

 鵺も今までの鵺ではなくなった。


 それに、亜緒は憑かせた鵺を戻す方法を知らなかった。


 そんな方法があるのかどうかも分からない。


「黄泉帰りの少女の意識は鵺に乗っ取られている状態なのか?」


 闇子の影から事の顛末を見ていたとはいえ、蘭丸には鵺というものの概念がよく分からない。


 人に憑くことが出来るのも知らなかった。


「猫の姿も借りモノだったのか?」


「あれは鵺自らが変化したのさ。仮初めとはいえ、形は必要だったからね」


 正確には猫ではない。


 猫のような姿を取った鵺だったのだ。


 だから性別も無かった。


「でも、憑いた鵺は対象の影響を少なからず受けてしまう」


 猿、虎、狸、蛇の順に憑けば、大衆が思い描く鵺の出来上がりというわけだ。


 亜緒が気に入っていた猫らしき姿をした鵺はもういない。


「つまり目の前の少女は最早、瞑想類めいそうるい 現子うつつこでもなければ、以前の鵺でもないということか」


「その認識で概ね合っているよ。鵺は鵺なんだけどね」


 二人の会話などお構い無しに鵺は跳んだり走ったり転んだりしている。


 人の体の動きに慣れようとしているのか。

 あるいは暇を持て余しているのかもしれない。


 身に着けているセーラー服はもちろん現子のものだ。


「で、どうするつもりだ?」


 蘭丸の表情が陰る。


「何が?」


「サスガに只で済むとは思っていないんだろ?」


 人に憑かせて鵺の霊格をとしたのだ。


 雨下石の家が黙っていないのは明白だった。


「一緒に謝りに行ってくれるかい?」


 まるでお茶に誘うような気楽さで、亜緒は蘭丸を見た。


「俺はまだ死にたくないんだがな」


 蘭丸のほうは困って視線を外す。


 亜緒の父である雨下石 群青ぐんじょう妖調伏あやかしちょうぶくでは知らぬ者がいないほどの陰陽師だ。


 人も妖も彼と相見あいまみえて生きていたモノはいないと聞く。


「まぁ、バレなきゃいいだけの話……」


 他人事のように言ってから、「鵺は僕の鵺だからね」と亜緒は少しだけ笑った。


 街に燈籠とうろうや行灯の橙の光がゆらゆらと灯り始める。


 もう朝だ。


 夜が明けると、命を狙われる心配がなくなったことで宗一郎は三百万を支払って日常へと帰っていった。





 ざわざわと木々が妖しく揺れる森の中に、街から隠れるように一軒の屋敷があった。


 門には達筆な文字で『雨下石』とある。


 その屋敷の広さに比べたらささやかな八畳間に、行灯の灯りで伸びた着物姿の少女の影が落ちている。


「まさかこんなことが!」


 影は控えめな歓びに震えていた。


「兄様の居所が分かってしまうなんて……」


 少女の前には方角やら時を示す文字盤があり、盤の上には将棋の駒ほどの木片が無造作に散らばっている。


 十二を数える木片には干支の獣姿が彫ってある。


 盤上に散った木片の位置、角度や表裏で探し事の場所を知る遠見の術。


 少女が兄の居場所を突き止めることが出来たのは偶然だった。


 現子が『左団扇』に攻め入ったため、丁度結界の一部に綻びが生じていたのだ。


「屋敷から丑寅うしとらの方角、直線距離で半里ほど。灯台下暗しね」


 兄様らしいと少女の影は薄笑って揺れた。

 

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