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左団扇奇譚  作者: 音叉茶
第四章『蛟を祀る一族』
33/70

亜緒と紫

 むらさき沃夜よくやは客間に通された。


 客間といっても質素な作りの十畳間だ。依頼人の話を聞くのもこの座敷である。


 鵺が座卓に突っ伏して参っている。


 紫に何かされたのではない。単純に暑さで参っているのだ。


 過ごしやすい気候でも、人の体を得て初めて体験するしょは皆と違って不快なのかもしれない。


 もちろん、元気の無さには空腹も影響している。


 座布団に落ち着くと紫が纏っている紅藤色の着流しは一層着崩れて、鎖骨から右肩までの肌が露になる。病的なまでに白い。


 もともとサイズが合っていないのだ。


「お前の着物、少し大きいんじゃないか?」


 上座に腰を下ろすと、亜緒はすぐに体を横にして足を組んだ。


「仕方あらへん。僕の着物、全部ボロボロになってもうて、これは父のやねん」


「大事な形見ってわけかい?」


 意地悪く嗤う。亜緒は紅桃林ことばやしのお家騒動を殺子さちこから聞いて知っている。


 もちろん、紫も亜緒には全部筒抜けなのは承知のことだ。


「此処に女性が居なくて良かったよ」


 紫には何処か蠱惑的な色気があって、異性を惑わせる空気を纏っている。


 それは陽というよりも陰の気に属するもので、先天的な誘惑者の素質であるといえた。


「僕な、先日紅桃林家の当主になったんや」


 乱れた衿を正す仕草で紫が亜緒に話しかける。


「おお! それは目出度い! オメデトウ!」


「おおきに」


 紫は当主の座を得るために父親を殺している。


 正当に引き継がれた地位ではないが、この世界では殺られた先代にも責任がある。


 強い者が弱い者に勝った。それだけの話だ。


「ほんで亜緒くんにお祝いして貰おうと此処へ寄ったんやけどなぁ」


「だからオメデトウと言ったじゃないか」


 言いながら亜緒は両手を頭に回して詰まらなさそうに欠伸をした。退屈な話題である。


「なら玉露とまでは言わんから、せめて茶の一杯も出して欲しいわ」


 投げやりに置かれたコップの水を覗きながら口にする不満は、しかし明るい。


 紫は初めから、持て成しの茶など期待してはいないのだ。


 自分が招かれざる客であることを理解しながらも楽しんでいる。


「悪いが家は貧乏でね。水道水が客を持て成す精一杯なんだ」


「火の車でも水だけは出るんやね」


 紫は可笑しそうに笑った。こういう時は少年のあどけなさがキャラキャラと表情に出る。


「火の車といえば火車かしゃっておるやろ?」


「死体を持ってくヤツね」


 何の脈絡無く話題が変わった。


 亜緒は興味が無いようで、声に無関心が絡み付いている。


「それだけやない。生者を地獄へ連れ去るとも云われているんや」


「火車はお前の髪のような銀色の体毛に覆われているんだってさ」


 二人はお互いに笑いあった。蘭丸は何が可笑しいのか分からない。


「御二人はどういった御関係で?」


 先程、玄関先で殺気を向けた非礼を詫びた後に蘭丸が尋ねた。


 雨下石家と紅桃林家は仲が悪いというのは、妖退治の業界では有名な話だ。


 それが二人とも座卓を囲んで話に花を咲かせている。多少、歪な形の花ではあるが。


「幼馴染みだよ」


 実に五年ぶりの再会なのだと亜緒は寝返りを打った。


「そや。昔はよう一緒に遊んだなぁ」


 両家の確執も子供には関係ないということだろうか。


 それにしては交わす言葉に情というものが感じられない。腹に一物ありそうなやり取りであった。


「紫様、そろそろ……」


 脇に控えていた沃夜が紫に薬を手渡す。


 異なる種類の錠剤が十錠近くある。尋常な数ではない。


 紫はそれらを一気に呷って、コップの中の水は空になった。


 思わず蘭丸が言葉を失うと、紫は悪戯っぽい表情で笑顔を作った。


 自分にとっては日常茶飯事であることをアピールする。


「蘭丸くん、僕にもタメ口でええよ?」


「しかし、紅桃林家当主の前で失礼は――」


 躊躇する。躊躇してしまう。紫という少年は容姿も態度もどこか人間離れしている。


 この異様な感覚は、少し雨下石 群青に似ている気がした。


「当主云うても昨日、今日の話や。それに亜緒くんにはタメ口なんやろ?」


 蘭丸は戸惑った。亜緒とは付き合いの長さというものがあるし、彼は雨下石家の当主ではない。


 それに紫の容貌はどう見ても十五か十六歳である。


 言葉遣いというものは、歳の差が上でも下でも過ぎると無意識に修正されるものだ。


「蘭丸、畏まる必要はないぜ? 紫は僕らと歳は変わらないから」


「何?」蘭丸は亜緒に一瞥をくれた。


 相方は畳みに横になったまま目を瞑っている。


「そうや。僕は十五で体の成長が止まっとるんやわ」


 銀色の髪も含めて薬の副作用なのだという。


「どこかお悪いのですか?」


 微妙な質問だと思ったから、つい敬語になってしまった。


「蘭丸くんは意固地やなぁ」


 紫の声音に軽い不快が乗った。


 敬語を改めようとしない蘭丸に不満があるわけではなく、触れられたくない話題のようだ。


「紅桃林の跡継ぎは五歳の誕生日を迎えると、すぐに体の中に武器を仕込まれるのさ」


 目を閉じたまま、亜緒が淡々と紅桃林家の内情を語ってゆく。


 それは外科手術によるもので、本人に拒否権は無いという。


「以降、誕生日ごとに一つずつ、新しい武器を体内にプレゼントされる」


 次の誕生日が来るまでの一年間で、新しく仕込まれた武器を自在に使えるよう厳しい指導と特訓の日々が続く。


「だから今は、え~っと……」


 亜緒が興味も無さそうに数えるフリをする。


「二十や。ちょうど二十の武器が僕の体の中に眠っとる」


 先程の薬は生身の体と武器の拒絶反応を押さえたり、精神と肉体のバランスを取るためのものなのだという。


 鵺の攻撃を凌いだ脇指わきざしは紫の体の中から直接現れたというわけだ。


「狂ってるだろ? ウチも人のこと言えないけどさ」


 亜緒は畳の上で笑い転げた。やはり、何が可笑しいのか蘭丸には理解できない。


 それにしても、なんという壮絶な環境であることか。


 紫に時折見れる儚い影と狂気の理由を垣間見た気がして、蘭丸は目を伏せた。


「亜緒くん、喋りすぎや。君ってこないに饒舌やったっけ?」


「まぁ、いろいろあってね」


 亜緒が紫の秘密を本人の前で蘭丸に喋ったのは、もちろん意味があってのことだ。


 紫は味方ではない。


 殺しの依頼を受けた亜緒は当然、蘭丸にとっても一戦交える可能性の高い人物といえる。


 紫の手の内を教えることで蘭丸は優位に立つことができるし、紫も蘭丸に対して迂闊に手を出し難くなる。


 もちろん、紫の中に仕込まれている武器の種類で亜緒が知っているものは僅かだが、警戒が出来るということは大きなアドバンテージだ。


 あどけない笑顔に騙される奴から死ぬ。


 紅桃林 紫は美しい少年の姿をしたキル・マシーンだ。


 他人を「殺せる」「殺せない」でしか判断しない。


 それに紫は、もっと恐ろしい切り札を用意しているに違いない油断ならない男なのだ。


「それはそうと亜緒くん、なして雨下石家の跡目がこないなところで商売しとるん? 殺子に聞いたときは驚いたで?」


 紅桃林 殺子は紫の妹だ。体が弱く一日の大半をベッドの中で過ごしている。


 彼女は夢の中で様々な人と出会い、様々な事実を知り、様々な予知をする。


 そして殆どの人が夢で会った彼女のことを忘れてしまう。


 鵺が人と融合して霊格を落としたことを、紫は殺子から聞いた。


「話すのが面倒くさい……」


 それだけ言うと亜緒はもう喋らなかった。


 空腹と無関心がとうとう思考を阻害し始めたのかもしれない。


 不思議と今まで深く考えたことは無かったが、蘭丸は亜緒が雨下石家を離れた理由を殆どと云っていいほど知らない。


 勘当されて飛び出してきたと本人は言っているが、どこまで本当なのか知れたものではない。


 以前雨下石家に呼ばれた際、群青の態度は亜緒を勘当したという感じではなかった。


 禁忌を犯した亜緒から鵺を取り上げることもなく、『左団扇』は元のままだ。


 それに雨下石 ノコギリがたまに遊びに来るのも妙な話ではないのか。


 ――勘当の話は嘘か。


 とにかく、雨下石 亜緒という男はどこまでが本当で嘘なのか相方の蘭丸にも判断がつかない。


 そんな蘭丸自身にも亜緒に隠していることの二つ三つあるから、お互い様とも云える。

紫が使っている関西弁は所謂「なんちゃって関西弁」です。つまりデタラメです。


音叉は京都弁が好きなので紫には京都弁を喋らせたかったのですが、試してみたら上手くハマらず読み手のテンポを崩してしまうのではないかと考えた結果こうなりました。


『左団扇奇譚』の舞台は日本の明治後期~大正時代あたりに良く似た世界で、一種のパラレルワールドなのでそれもアリかなということで理解していただけると助かります。


音叉は決して方言が嫌いなわけではありません。むしろ方言フェチです。


関西の方、どうか御気を悪くなさらずにご理解して楽しんで頂けると嬉しいです。 m(__)m 音叉

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