第二話「紅の剣士と盗賊達」
「僕もお二人の旅に同行させていただけませんか?」
鞭で打たれている奴隷の少年、恐怖と激痛の中にもまだ何か希望を求める濁りながらも真っ直ぐな瞳、そんな少年の声に反射的に手を差し伸べてしまった。旅の資金としていて溜めていた貨幣の殆ど使い切り、無駄な買い物をしてしまい、自分でも驚くほど親身に世話を焼いてから4日後、エドと名乗るその少年は私達をまっすぐに見上げてそう言った。拒絶することもできたはずなのに私は、受け入れた。
この旅の先には喪失しかないと知りながら・・・
「どうしました?ユリアさん・・」
エドの声に我に返る。いつの間にか立ち止まり前を歩くエドの背中を眺めていたらしい。
「なんでもないわ。行きましょう。」
当初の目的通り北の王都を目指して、エドを拾った街から歩き続けて1週間。多少歩く速さを落としているとはいえ、子供には厳しい道のりと速度にも関わらず、泣き言一ついわないどころか、楽しそうにエドはついてきている。魔物は多いが横切れば大きく距離を稼げる王城への近道となる深い森の中に二日前から入り込み足場がさらに悪くなっているが、気にしている様子をまるで見せない。いくら奴隷時代の劣悪な環境を過ごし慣れているとはいえ体力そのものがついているわけではない。
「エド、足が痛くない?」
元々が貴族の生まれのせいか、我慢強いのか弱音を吐くことはまるでない。しかし誰が見てもわかるほど華奢な体なためどうしても長距離の歩行は足への負担が大きい。野宿の時に何度か足を気にしている様子が見えたため、内心気にしていた。
「そうですね。流石に少し痛みますが・・・気にするほどではないです。」
自分の体で感じていることを正直にエドは伝えてくる。何か体に異変があったら手遅れになる前に言うようにと、旅の初日にしっかりと言い聞かせている。たとえその場で少しの迷惑をかける事になっても、下手に我慢して後あと取り返しがつかなくなる事の方が問題だからだ。エドもそのことについては素直に頷いていたのではっきりとした異変があれば言ってくるのだろうが、今はまだ異変と言えほどの物か曖昧なものなんだろう。
「ユリア・・何か潜んでいる。」
そんなことを考えながら歩いていると先頭を歩いていたギルが、エドの前に手を出して歩みを止めながら、前を見据えて言う。
「魔物か?」
エドの前に出てギルに並ぶように立てば腰に差している剣の柄へと手を伸ばしていくとギルが尋ねてくる。
「・・・・いいえ、盗賊よ。」
敵の正体を判断するとともに木々の合間から飛んできた3本の矢を剣で切り払っていく。
「エド、伏せてなさい!」
戦闘の邪魔にならないように背後にいるエドに命令をして人の気配を感じ取れる方向へと先に駆け出したギルの後を追っていく。木々に隠れていた六人の盗賊が剣を持ちながら姿を現し迎え撃ってくる。その後方にいる二人の弓矢を持った盗賊が、こちらに狙いを定めてくる。
「ギル!」
「分かっている!」
私の呼びかけに、応対するようにギルの声が聞こえ、視線を向けたときには前衛の盗賊達を潜り抜け後衛の二人の盗賊を切り払っていた。
前衛にいた一人の盗賊の剣を自身に振り下されれば自らの剣で受け流し、首を飛ばしてやり、倒れゆく体を向かってきたもう一人の盗賊に蹴り飛ばし体制を崩してやる。逃げ場をなくすように前後を挟んで攻撃をしてくる二人盗賊達のうち振り下してきた方の剣を自らの剣で切り上げ逸らしながら、背後より迫る剣を、自身にかかった力に逆らわず体を回転させながら流れ落ちるように剣を振り下し、防ぎきる。
「なっ!」
驚きで一瞬動きを止めた二人の盗賊の首筋を自らの剣で薙ぎ払い、動かぬ肉片へと変えるとほぼ同時に残りの盗賊達の悲鳴が響いてくる。ギルが残りを仕留めたのだろう。
「後は?」
頬についた返り血を指で拭きながら呟き剣についた血を振り払ってやる。
「お前が蹴り飛ばした死体の下敷きになっている奴だけだ。」
「ぐっ!貴様ら・・・!」
最後の一人となった盗賊が覆いかぶさっている死体をどけて体を起こしながら憎悪の視線を向けてくる。他の盗賊達とは違い大斧を持っている女盗賊だ。
「おのれ、よくも仲間たちを・・・」
「襲ってきたのはお前たちだろ。」
剣を下してゆっくりと近づいていく。女盗賊の片手が背中へと回されている。2秒後に毒付きのナイフを投げてくるのだろう。
「死ね!」
案の定、射程範囲に入ったと目を見開き女盗賊がナイフを投げつけてくる。動きが丸見えなのであっさりと剣でナイフを弾いてやり、その剣先を女盗賊の首筋に突き付ける。
「命乞いでもすればいいものを・・・」
「黙れ!この大斧のレムリスの力舐めるな!」
降伏の意思を見せることなく最後のあがきと叫びながらレムリスと名乗る女盗賊が片手で握りしめていた大斧を使い、私の体を真っ二つにするためと薙ぎ払おうとするもその腕は突風と共に女盗賊の横を通り過ぎたギルにより斧の柄ごと切断されて吹き飛んでいく。
「がああああああああ!!」
切断された腕の断面から血が噴き出していき、醜い悲鳴を上げてもがき苦しんでいる。
「うるさいわよ。」
耳障りな声を上げるのた打ち回る女にため息をつき、身動きが取れないように、残りの腕と両足を自らの剣で切り落としてやる。
「ぎゃあああああああああ!!」
痛覚などとっくに麻痺しているだろうに、さらに悲鳴を上げながら芋虫のように転がっている。
「ユリアさん、終わりましたか?」
言われたとおりに伏せていたのか顔が泥だらけになっているエドが駆け寄ってきた。近くにある大きな芋虫を見ても動じている様子がない。奴隷時代によく見かけた光景で慣れてしまったのだろう。
「えぇ、行きましょう。」
その泥を指で少し拭ってやり、エドの手を握って芋虫に背を向けて歩いていく。
「ころすうううう!ころしてやるううううううううう!」
泥と血で赤黒く染まっている芋虫は、そんな私に向かって喚き散らしている。
やれるものならやればいい。血の匂いに惹かれて狼の姿をした魔物たちが次々とやってきてすれ違っていく。本能で強者を判断する魔物は自分たちより強いものには簡単に襲ってきたりはしない。狼の魔物たちは死骸や自分より弱い肉を囲んで一気にかみつく森の掃除屋だ。手をつなぎ守るエドには見向きもせず、転がる事しかできなくなった芋虫を囲っていく。
「ひっ!待って。助けて!たすげええええええええええええええ!」
最後の最後に芋虫は命を狙った相手に都合のいい事を叫んだが、その声は大量咀嚼音と骨や肉が千切れていく音にかき消されていく。随分服が血なまぐさくなってしまった。タオルなどで体を拭いたりはしているものの、そろそろ服や体もしっかりと洗いたくなってくる。
それからしばらく歩いていき夕暮れに差し掛かってきたのでそろそろ休息を考えているとふと温泉の臭いがした。森の中でもたまに天然の温泉が湧いていることがあるためおかしくはないが、珍しくはある。匂いの方向へと歩いていくと、焚火跡やテント道具などが置かれている、拠点のようなものがある。その少し奥に案の定天然温泉が存在した。先ほどの盗賊達の住処だったのだろう。
「今日はここで休みましょう。色々と物もそろっているし・・」
荷物を下してテント内を物色していると食材や武器、薬品に魔石まである。とりあえず食材だけ手に持ちテントから出れば、ギルは焚火を起こしており、エドは近くに置いてある薪をギルに手渡していた。二人の近くに座れば保存されていた干し肉や木の実などを旅道具の食器に乗せてやり保存がきく黒パンをナイフで切って取り分けていく。
「さっきの盗賊、ちょっとおかしかったな。」
食事を終えて一息ついていると、ギルが呟く。
「なにか、見つけたの?」
ギルがそんなことを言う時はたいてい何かを見つけたときだ。そして今回は何を見つけたかは察することができる。盗賊達の死骸からはぎ取ってきたらしく、懐から取り出したものをギルが放り投げてきた
「あいつらの一人が持っていた魔石だ。」
飛んできたものを手でつかみ、自分の掌の平に乗せて眺めてみる。それはギルが言うとおり確かに魔石だった。興味があるのかエドが隣へとやってきて横から覗き込んでくる。
「赤色の鉱石、炎の魔石ね。テントにもいくつかあったわ。」
魔法の源となる石だから魔石。魔物の体内で必ず生成されている鉱石だ。石事に様々な力が一つ秘められており、力を加えたり強い念を込めると秘められている力を解放していく。光沢が強い石ほど持っている力は大きい。魔物が魔たる由縁となるのがこの石だ。
魔物たちは元々持つ身体能力の他に、体内にあるこの石の力を使って、炎を吐いたり、放電をしたりと魔法のような力を使ってくる。石が生成されないだけで人間でも石の力を使うことはできるが使えば使うほど力を失っていく上に、加工が難しく細かく砕けたり溶かしたりすると魔力がなくなりただの石の残骸となってしまう。とはいえ便利なのは変わりなく、炎の魔石を使えば簡単に火を起こすこともできるし、水の魔石を使えば、どこにいても水を出すことができる。売ればなかなかの値段にもなるため、これで生計を立てる冒険者などもいる。
「大きさ的にはさっきの狼くらいの魔物から手に入るような石ですね。特に高価な物でもないですし、特殊な物にも見えませんが・・・」
体内に生成される石の大きさは、魔物自体の体の大きさに比例すると言われている。大きいものでは、大人の男性以上の大きさの石なども発見されている。光沢自体が石の力の強さを左右するが大きい石ほど力長持ちする傾向がある。
極まれに発見される特殊な力を持っている稀少な魔石も存在しておりその大体は国宝として王城に保管されている。エドの言うとおり、手元にある魔石は特に珍しいものではない。しかし・・・
「この辺りの魔物が生成する石じゃないわね。」
魔物の体内で生成される石は、その魔物の生息している環境によって決まると言われている。水の中に生息している魔物からは決まって水の魔石が手に入る。森林地帯の魔物から手に入る魔石は風か土の魔石だ。二つの魔石を体内で生成して両方の力を併せ持つ魔物も存在するが、森の中に生息する魔物から火の魔石が生成されることはまずない。
盗賊達がこの魔石を持っているというのは他の地域に生息している魔物を倒したか、何者かが横流しをしたかだ。横流しをしている者がいるとしたらその背後には大きな組織が絡んでいることもある。
「拠点を作らずあちこち動き回る盗賊達だったのでは?」
「それはないわね。テントの中にあった装備も森林用の物だけだったし・・・」
エドが見出した可能性を否定する。様々な場所を旅する盗賊達は決まって準備が整っており様々な旅に対応できる多種多様な品を持ち歩いている。
「それじゃあこの近くの町で売っているものを買ったのでは?」
「盗賊は略奪をするが買い物はしないよ。する必要がないからな。そもそもこの近くの町といえば北の王城とその城下町だ。城兵やギルドの人間が動き回る、そんな街で石を盗み出す無謀な行為など普通はしない。」
「まあ、今更考えたって仕方ないわ。話を聞ける人もいないしね。」
心の隅にとどめてはおくものの、結論は出ないため話を切り上げて立ち上がる。せっかくの温泉だし、いい加減泥と血の臭いを落としたい。ローブを置いて髪をゴムで纏めていく。
「ギル、一緒に入る?」
「エドの前だからって、からかうなよ。」
答えを知っていながらも誘ってみると、驚いた様子でエドは私とギルを交互に見ていた。一方誘われた張本人は大した動揺も見せず、こちらを一瞥するだけで案の定答えをはぐらかしてきた。
「・・・見張りお願いね。」
いくじなしと内心で毒づき、落胆と安堵が入り混じる中背を向けて温泉に向かっていく。
温泉の前に立てば皮の胸当てを外していく。この年になってもいまだに胸が育つため、胸当てで少し息苦しくなっている、いい加減サイズを改めないといけないかもしれない。全くないのも女として困るが、これ以上増えると戦闘の邪魔になるし戦士としては困りものだ。
服を脱ぎ、お湯に足を浸からせてみると少し熱いがすぐになれるだろうと思い、そのまま体をお湯の中へとゆっくりと沈ませていく。全身の倦怠感がにじみ出るようで思わず体内にたまっている疲れを吐き出すように大きなため息が出てしまう。二人がいる場所との距離がそう遠くないため声がわずかながらに聞こえてくる。
「ギルさんとユリアさんってその・・恋人同士なんですか?」
エドがギルに尋ねている。未だにエドに私達の事は何一つ話していない。エドも踏み入ってくる様子もなかったため、特に触れることもなかったが、さっきの誘いで流石に混乱してしまったのだろう。
「うん?違うよ・・・」
ギルが答える。エドを買った当初は、渋い顔をしていたもののやはり同性だからか今では私よりエドと打ち解けている。
「俺達は、そんなに色っぽい関係じゃないよ。」
ギルの言うとおり私達は恋仲ではない。だからと言って、ただの仲間というわけでもない。私はギルを好いてるし、ギルも私を好いている。それでもギルが私を受け入れる事はない。それが私のためだということも分かっている。ギルがもし私を受け入れたら、私が私を受け入れずギルから去っていくのが分かっているから・・・
ギルは常に私のためにそばにいてくれる。私は私の目的のために旅をしているが、ギルが旅をする目的は私のためだ。彼は私が生きるために傍におり決して一線を超えることがない。甘えれば答え、拒絶をすることもないが求めてくることもない。彼がいるから、彼がいるせいで私は命を投げ出すような事はない。彼への罪悪感と想いが私の心から離れず、死から私を遠ざける。だからギルが私にとっては邪魔であり重荷だ。だがそれ以上に愛おしく唯一の心の支えだ。
体を軽く流して服の汚れを落とし、予備の服を着て二人の元に戻るとエドが訓練用の切れない剣で素振りをしており、ギルが横で指導をしていた。私に気付くとエドは顔を赤くしている。湯あがりの女を男は好むと聞いているが色っぽさでも感じたのだろうか。重いので胸当ても外したまま上から服を着込んでいたがそのせいかもしれない。その隣の男は特に反応も示さず平然としていたが・・・
「だいぶよくなってきてるわね。」
髪をタオルで拭きながら赤くなっているエドに言う。顔が幼いためか一つ一つの反応が子供っぽくかわいく見える。
「剣先がぶれなくなったら打ち合いをしてみましょう。」
旅を共にして最初の日の夜。エドが二人の迷惑にならないように最低限の自衛として剣を覚えたいと言ってきた。剣術自体教えるのに時間がかかるためあまり乗り気ではなかったが試に昔使っていた訓練用の剣を渡して素振りをするように言ったら、思った以上に呑み込みが早かったため、しっかりと教え込むことにした。
「はい。お二人のような剣を使えるようになるために頑張ります。」
「ふふ、残念だけど私の剣はともかくギルの剣は無理ね。」
「なぜですか?」
素振りを止めてエドが質問をしてくる。剣の話になって私への興味も薄れたのだろう。興奮か照れか、可愛かった赤みもすっかり引いている。
「ギルの強さの源が剣術ではないからよ。」
「剣術ではない?・・」
「俺は生まれつき人より足が速くてね。だから攻撃を防ぐってことをあまりしないんだ。おかげで防御はからきしだけど、矢が飛んできたらそれと同じ速度で動けばいいし、そもそも普通の人間なら背後に回り込む事が簡単だから剣の撃ちあいにすらならない。単純な剣術ならユリアの方が圧倒的に上だよ。」
「まあ、それでも私よりギルの方が強いわよ。・・・剣の腕じゃ補え切れないほどの天武の才がギルの強さの源なの。」
人より足が速いと言っているがその程度の話ではない。初速だけでいえばギルの速さは射られた矢に匹敵するものだ。そのため普通の人間が攻撃を行う間にギルは回避と攻撃を同時に行うことができる。それも相手の力を受け流すなどの技術を利用するものではなく、単純に相手より早く動くというものだ。正直嫉妬したくなるような力だ。
「まあ、だから習うならユリアの剣術にするといい。」
「ユリアさんの剣術は何か特徴があるんですか?」
「防御に優れた柔の剣とでもいえばいいかな。基本的には相手の防御を技で崩したり、複数人相手の剣も動きを先読みして最小の動きで捌ききる。」
ギルが私の代わりに説明をしていく。確かにその通りではあるが、ここまでの防御特化の剣術になったのは正直なところギルとの模擬戦で自然と身についた技術だ。というより身に付けないと歯が立たなかったという方が正しい。
「まあ、とりあえずは素振りで剣先がぶれない事を今は考えなさい。実際の打ちあいを始めれば感じ取れることもあるはずよ。」
それだけ言えば話を終わりにして、エドの訓練を続けさせていく。しばらく剣を振るった後にエドはギルと一緒に温泉に入りに行った。焚火の前に座りながら剣を片手に見張りを続けていく。思わぬ出費となったエドの事もあり、旅の賃金も底を尽きかけている。明後日にはつく予定の北の王都で魔物退治の依頼でもこなした方がいいかもしれない。旅の終わりはいまだに見えてこない。いつか私にも平穏で幸せな生活を送る日が来るのだろうか。もしもそんな日がきたら・・・
ギルとエドが温泉から上がる音がした。少しして二人が戻ってくる。
「せっかくテントがあるんだ。エドは、そこで寝るといいわ。見張りは私たちが交代でする。」
「・・わかりました。ありがとうございます。おやすみなさい。」
無理な配慮などをわざわざしたりしないということを学んだらしく、素直に感謝を述べテントの中へと入っていく。数分もしたら寝息が聞こえてくる。子供には厳しい旅路の上に剣の鍛錬も行っている。体力が残っているはずがない。ギルは私の隣に座りのんびりと水を飲んでいる。ギルの肩にもたれかかるように頭を乗せて目を閉じていく。ギルは特に拒絶もしないが抱き寄せることもない。もしも平穏で幸せな生活を送る事ができるなら・・・その時は隣にギルがいてほしいと強く願った。