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救いの剣士  作者: エン
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第一話 「奴隷少年と新たな主人」

「それでどうするんだ?この少年」

 

あの場所から逃げて二時間。必死の逃亡劇から、たまたまぶつかった美しい女剣士にあっさり買われて連れてこられた小さな宿の一室。その部屋の中にある椅子に腰かけている男の人が、緑色の瞳でベッドに座り傷だらけとなっている僕を治療していたユリアさんに向かって呆れ気味に見ながら問いかけた。


「どうするって、それはエドが決める事よ。」


 体中に薬を塗って鞭の傷がひどい腕に包帯を巻いてくれているユリアさんはあっさりと言い切った。椅子に座っている男の視線なんかまるで気にしてない。背中の火傷の治療に移った。パッと見10代後半から20代前半と思われる女剣士。濁りの無いグレーの瞳、やたら目鼻が整い腰のあたりまで長い真紅の髪を靡かせている、凛としながらも怖いくらい美しい。近くにいるだけでひどく緊張する。


「あのまま見捨てていた方がよかった?」


「そんなことは言っていないだろ。・・・」


そんなユリアさんの言葉に深いため息をついて諦めたように言葉を吐き出す。


「エド、彼はギル。私の仲間よ。」


 僕の傷の手当てを終えたユリアさんは、悩みの種となった僕を横目で見て机に肘をつき頭が痛そうに手で押さえている男の人の名前を教えてくれた。僕を買うために契約をしに行ったもう一人の黒いローブの人だ。

 髪が柔らかいのか全体的に軽く浮いており後ろ髪を紐で尻尾のように纏めて垂らしている、少し濃い土色の髪、どこか理知的な印象を与える緑色の瞳、ユリアさんほどでないにしろ、それなりに目鼻も整っていて背も高め、全体的に大人っぽく落ち着いているが、どこか苦労人感を匂わせるその男の人は、自己紹介をされれば、僕の方に向き直り改めて挨拶をしてくれた。


「ギルだ。よろしく。」


「エドです。こちらこそよろしくお願いします。」


その視線からは迷惑そうな様子も、厄介そうな様子も見受けられない。単純に僕の今後について悩んでくれているようだ。


「それでエド、貴方これからの事について何か考えているの?」


「いえ、まだ・・なにも・・」


 先のことなど何も考えてなかった。ただあの場所から逃げたかった。その願いがかなった今この先の事を考えないといけない。ユリアさんの言葉に首を横を振り、少しの間考えてみるも何も思いつかない。というよりさっきまで気づく余裕もなかったが、よくよく考えれば今の状況に内心驚いている。

 買われた奴隷の行く末など強制労働か、売春、それ以外にしても大抵決められた世界でボロボロになるまで使われ捨てられるはずなのに、この二人は僕に手厚い手当をするどころか、普通の人間として当たり前のように話してくる。僕が助けを求めたのがきっかけではあったのだろうが、この人達はどうして僕を買ったのだろう。


「私がエドを買ったのは、エドが助けてって言ったからよ。別に奴隷が欲しかったわけじゃないからエドがこの先の事を決めているなら、別に引きとめもしないわ。」


 そんな僕の思考を見透かしたかのようにユリアさんは僕に言った。それが嘘でないとしたら、この人は正義の味方か何かなのだろうかと一瞬考えたものの、あの時すぐに動きはしなかったことや、ほかに元奴隷のような人間も連れてないことからそれはないと感じた。


「俺達もこの町に来たばかりだからな。五日ほど滞在するつもりだから、それまではこの部屋を一緒に使ってゆっくり考えるといいよ。」


 すぐに答えが出ない事を察したのかギルさんは助け舟を出してくれた。お金もないも持ってない僕に選択の余地はなく、その好意に甘える事にした。冷たい地面の上ではなく柔らかなベッドの上に久しぶりに横になれば、何も考えることなどできずにすぐに眠りについた。

 目が覚めればとベッドから体を起こして辺りを見渡すと、隣に寝ていたギルさんも、もう一つのベッドに寝ていたユリアさんもいなかった。部屋のカーテンを開けると強い朝日が差し込んできて、あまりのまぶしさに目を細める。暗い地下室に押し込められていた頃には見なかった光景だ。

背中に鋭い痛みが走る、奴隷の証とつけられた焼印だ。つい昨日までの生活が頭の中によみがえってくる。忘れられない痛みに体が震えて思わずうずくまってしまう。大丈夫だと何度も言い聞かせて自分も落ち着かせて立ち上がれば机の上におかれたメモに気付く。


「目が覚めて動けるなら町はずれの野原においで。」



 ユリアさんかギルさんかが書いているかは分からないけど、綺麗な字だ。メモを手に取り、階段を駆け下りて一階の受付に座っていた宿屋の主人と思われるおじさんに道を聞いて勢いよく外へと飛び出していく。日が昇ったばかりなのか外に出ている人は少ない。教えてもらった方向へと走り出していき、町の大通りを抜けると、大きな荷馬車とすれ違う。その大きさからすぐに奴隷を乗せた馬車だと分かった。

 御車の人と目が合う。服装が奴隷の時に着せられたもののままだったので捕まえられるかと心配したが自分の商品以外には興味もないのか構わずに行ってしまう。

 野原に着くと、二人が剣で激しい打ち合いをしていた。剣の鍛錬だろうか?二人の姿が見えた瞬間、体が重くなり膝から崩れ落ち地面に手をついてしまう。今の今まで不安でずっと気を張っていたことに気づく。

 しばらくは立てないなと思いぼんやりとふたりの様子を眺めてみた。素人目でも分かる、二人は紛れもなく剣の達人だった。ギルさんの剣術と体術を折り曲げた攻撃を、ユリアさんは美しさすら感じる剣の動きで全て受けきっていた。しばらく剣を重ね合った後にユリアさんが僕に気付き鍛錬を止めて近づいてきた。


「よく眠れた?」


ユリアさんが僕の顔を見ながら言った。久々に聞いたその言葉はとても暖かく心に染み嬉しく感じた。


「はい、ぐっすりと・・ありがとうございます。」


僕の言葉によかったとにっこりと笑い答えてくれた。初めて見たユリアさんの可憐な笑顔だった。


「エドもやってみるか?」


ギルさんがタオルをユリアさんに投げ渡して自身も汗を拭きながらやってきて誘ってくる。


「いえ、僕は剣とか扱ったことないので・・・」


「そうか。ならそろそろ街に戻るか。」


「そんな、僕に気にせずに続けてください。」


「もう、十分動いたよ。」


「そうね。朝食にしましょう。」


最初は遠慮しているのかと思ったが二人とも本当に十分と感じているらしく、僕がきっかけになっただけらしいので、それ以上は何も言わず、二人に従い町に戻り、朝方から始めている食堂に入り、ソーセージと卵とパン、を食べた。ソーセージや卵はもちろん、久しぶりに食べたかびてないパンも感激するほど美味しかった。


「そういえばエド、服は着替えなかったのね。」


食事が終わりミルクを飲んでいた僕にユリアさんが思い出したかのように言った。


「服ですか?」


「えぇ、昨日ギルがエドの服を買ってきて椅子の上に置いてあったのだけど気づかなかった?」


「すみません。見てなかったです。」


メモに気を取られていたため他の事などまるで目に入ってなかった。


「宿に帰ったら着てみるといいわ。子供用だし多分大きさも問題ないわ。」


食事を終えて宿の部屋に戻ると椅子の上には確かに子供用の旅装束が置かれていた。


「せっかくだし着る前に一度体を拭いた方がいいかもしれないな。」


確かに体がくさかった、水浴びなんてした記憶がまるでない。

「いらっしゃい。拭いてあげるわ。ついでに包帯とかも取り替えましょう。」


「いっいや、自分で拭きますので大丈夫です!!」


ユリアさんの言葉に慌てて言いながら拒否をするように自分の前で手を無駄に振るが、結局ユリアさんに手を取られて体を全て拭かれてしまった。恥ずかしすぎて思い出すたびに顔が赤くなるのが分かる。


「どうでしょうか?」


傷の手当てをされてから買ってもらった緑色を基調とする旅装束に着替えてから二人に向かって、聞いてみる。


「うん。似合っている。」


「あぁ、思ったよりもずっと着こなしているな。」


ギルさんが意外そうにしながらもじっと、僕の方を凝視してくる。


「あの、何か?」


「エド、ひょっとして君は貴族の生まれか?」


「・・・えぇ、どうして・・」


視線に耐えかねて尋ねてみたが、その返答に驚きを隠せない。ギルさんの言うとおり、僕はもともと貴族の生まれだ。でもなぜわかったのだろう。


「何となくだが、君からは気品を感じる。生まれながらの奴隷にしては食事の時にしても話し方にしても教養がつきすぎていた。服のボタンも一番上までしっかり止めているし、ベルトもかなりきつく締めているだろ。何も教えられない普通の奴隷ならまずありえないことだ。」


 ギルさんの指摘に思わず過去を振り返ってみる。確かに周りの奴隷たちが、パン貪り食っていたなか一人ちぎって少しずつ食べていたこともあった。


「我が家に恥じない気品あふれる振る舞いをしろ。」


これが父の口癖であり幼少の時徹底的に教養と学をたたき込まれた。結局は無駄になったが、知らず知らずのうちに体には染み込んでしまっていたらしい。

「僕の本名はエドワード・ルイセンブルと言います。」


「ルイセンブル・・・最近は落ち目になっているが古くから続く名門だな。確か2年ほど前に、亡くなった前侯爵夫人に変わって新たな夫人を迎え入れ、それから数か月後前妻との間に生まれた第一子は突然の病で急死し、今の婦人との間に生まれた第二子が爵位継承することになったとか・・」


「はい。僕の母は数年前に亡くなっています。そして父は新しい女性を我が家迎え入れました。その女性との間に子供ができました。」


「爵位継承をその第二子に与えたいと考えた君の父親は、君を奴隷商人へと裏で売りとばしたと・・・」


「はい。その通りです。」


話をしているうちに記憶がよみがえってきて思わず声が震えてしまう。貴族としての生活、奴隷として過ごしてきた期間、そして僕を捨てた父が見せた最後の顔、自然と悲しみが湧きあがり泣きそうになるのを唇を噛み締めてこらえていく。そんな僕を暖かなぬくもりがつつむ。


「ギル、深入りし過ぎよ。」


ユリアさんが僕を優しく抱きしめてくれていた。恥ずかしさなど湧かず、ただのその温かさが心地よく必死にこらえていた気持ちがあふれ出しそうになる。大丈夫と自分に言い聞かせて気持ちを抑え込みユリアさんから離れ自分の足で立てば二人に視線を向けて話を続けていく。


「大丈夫です。その後、何度か会った商談で僕は運よく売れ残り、この町に荷馬車でやってきたとき、隙を見て逃げ出しお二人に出会いました。」


「よく逃げられたな、いや逃げる気になったな。奴隷の出生なんてもんは様々だが、皆共通して徹底的な拷問まがいの痛め付けで従順になる。」


確かに奴隷たちの管理事態は杜撰で逃げ出すチャンスはいくらでも見つけられた。それでも逃げ出したものは見たことが無かった。周りにいた奴隷は、ギルさんの言うとおりみんな従順だった。それしか生きるすべが見つからなかったから。

 女子供構わず鞭を振るわれ、爪をはがされ、体中を殴られる。反抗的な態度を少しでも取れば、売り物にならなくなるほど暴行をくわえられて生きたまま皮をはがれて目玉をえぐられ焼かれていく。他の奴隷たちの前で悲鳴を響かせ助けを求めさせながらゆっくりと嬲り殺されていく姿を見せつける。自分たちに何も希望などがないと分からせるように・・・・それでも・・・・


「諦めきれませんでした。それに耐えられませんでした。あのままただの肉塊として生きて死んでいくことに・・・」


 何度死ぬほど痛めつけられても、あきらめることができなかった。むしろ人間として生きたいという思いが強く生まれていった。ずっとチャンスを伺い耐え続けてやっと逃げ出した。昔ほど裕福な暮らしでなくても人として生きられるわずかな可能性を信じて・・・


「お二人には感謝してもしきれません。本当にありがとうございます。」


頭を深く下げて改めてお礼を言う。もしあの時買ってもらわなければ自分に待っていたのは耐え難い苦痛と死だけだった。目の前で行われた自分の未来となる可能性があった光景が鮮明に頭に浮かび息がつまっていくのを感じる。


「顔を上げて。エド・・・」


 穏やかなで諭すような声と共に、僕の頬に優しく手が添えられる、顔を上げると目の前にユリアさんの端麗な顔があった。


「君はとても強い子だ。私にはとても真似ができない事だと思う。君が今ここにいるのは君自身の行動がもたらした結果だ。だから、私たちに恩なんて感じる必要はない。だから今は休み、苦痛に襲われる過去を振り返らず、ありもしなかった未来に怯えないで、今この先にある望む未来を手に入れる事を考え行動をしなさい。そうすればきっと、君の願う未来が訪れる。」


 どうしてここまで思ってくれるのだろう。二人の事はまだ何も知らない。ただその言葉に嘘はないというのだけがわかる。心が落ち着いていく。自然と苦しさが薄れていき、代わりに心地の良い暖かさが心に染みわたり、自然と笑顔がこぼれてしまう。


「・・・はい。」


その短い返答と共に決意する。今をそして願う未来を考えようと・・・




「エド、出発の準備はできた?」


「は、大丈夫です。」


 五日目の朝、旅装束を着込みユリアさんが買ってくれた子供用の小さな黒いローブを身にまとい、買ってもらった旅の荷物を背負ってから部屋の扉の前に立つ、二人に駆け寄っていく。


「それじゃあ行こうか。ギル、エド。」


宿の主人に簡単に挨拶をして、宿の扉の前で振り返り僕とギルさんを見てユリアさん言い、黒いローブのフードを被っていく。何をしても絵になる人だ。


「はい!」


 僕は二人についていくことにした。この先の未来とかは今は見えないけど、何かを得るためにはそれが最善の道と思ったから。二人があっさりと承諾してくれたのには驚いたけど嬉しかった。長く険しくも自分の人生が大きく変わる旅になる。そんな予感がした。街の出口に差し掛かった時、旅の一歩を踏み出せるようにと街道を吹き抜ける強い風に背中を押された気がした。


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