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身の上の事、不老不死、それらを聞き終えた二人の先輩はしばらく沈黙していた。
「…不老不死、そんな」
一般的に≪力≫は人の命に関与することは少ないと言われてきた。それは≪力≫があくまで付与物であり、核心なものではないからだ。だが彼女たちにかけられた呪いもとい≪力≫は最早命の範囲を超えている。
「信じられませんか」
「……それは、もちろん。」
信じてもらえないことは重々承知している。それでも、これは事実の事だ。
「それでも、確かにあたしたちの血筋は皆呪いを受けている。それには変わりないんです。例えば貴方方が信じてくれないといっても…紛れもない現実。何か情報があれば、教えてください。」
言い切った風波の視線を受け、少しだけ伏いてしまうりな。すると、ドアが開いた。
「いいと思うんだけど、私は」
「安里」
長いポニーテールを揺らした少女が顔を見せた。その後ろには先ほど飛び出していった密留という少年の姿もある。少女、安里は今笛と風波を見ると小さく笑った。
「はじめまして、ここの取締役、みたいなものをしている安里よ。話はドアの前で聞かせてもらったわ」
「いやそれなら入って来いよ…」
どこか呆れがちに千火我は言い、二人分のお茶を汲むべく席を立つ。空いている席に適当に安里と密留が腰を掛けると、りなが密留に口を開いた。
「密留、貴方…」
「わ、怒んないでよ!ちゃんと仕事してるのに…」
ふてくされ気味の密留の頭を軽くポンポンと叩いた安里は苦笑した。
「協力してあげたいと思う。私たちは≪力≫で悩んでいる子を助けたいと思って行動しているグループだからね。だけど、残念ながらその期待に添えそうにないわ。多分あなた達も気づいているのでしょう?不老不死の資料など、到底見つかる筈ないのよ。もちろん、りなや千火我が取った行動、つまり聞いたこともないってわけ。」
「そう、か」
今笛はしかめっ面を浮かべる。そうだろうとは思っていたが、しかし突きつけられるときついものがある。どちらにせよふりだしに戻ったということだ。お礼を言って立ち去ろうとした、が。
「でもね、情報があるわ」
安里の言葉に動きを止めた。
安里は微笑んだまま、カップを二つ持った千火我を向く。
「あの、例の案件の資料持ってきてもらってもいい?」
「わかった」
「え、安里さん、でもそれは」
りなが驚きの表情を浮かべて腰を浮かせた。安里の隣に座った密留も同じように驚愕の表情を浮かべている。訳がわからずにいる今笛と風波に、安里は言った。
「厄介な案件でね、なかなか解決できていないものがあるの。今日も密留にそれを探るように頼んでもらったわ」
「だけどさー??あれ一人でやるの結構たいへ………あー」
密留は何かを悟ったかのようにコクリと頷いた。何となく今笛と風波も悟る。
「つまり、情報と交換にそれを手伝え、と?」
今笛の問いに「惜しい」と指で三角を作る安里。
「どうも、彼が死なない、と噂されているの。…不老不死とは違うかもしれないけれどね」
「「!」」
「持ってきた」
資料を手に戻ってきた千火我から受け取ると安里は説明を始めた。
要約すると、こうだ。4月、この高校に新しく入った科学の教師。名を秋村という。その教師には何やら噂が立っているようで、その噂が本当なのかの調査を依頼してきた生徒がいるらしい。
いわく、先生は風邪を引かない。
いわく、先生は血を流さない。
いわく、先生は怪我をしない。
「担当が僕だったんだけどねー何あの人めっちゃガード固い」
密留は唇を尖らして千火我が持ってきたお茶を啜った。
「確かに、その噂だけ聞くと…不老不死、みたいなもんだな」
病気や怪我はするし、もちろん血も流れる。故に少しばかり異なることだが。
「これを、貴方達にも協力してほしいの。」
「…今笛」
風波が今笛に視線を投げかける。決めるのは今笛だ。風波はどのような道に向かっても、その道の先に今笛がいる道を選ぶ。長年の付き合いだ、今笛もそれをわかったうえで頷いた。
「わかった」
×××
「……で、これってストーカーだよな」
「しぃっ、見つかっちゃったらどうするの今笛くん!」
首元にストールを巻いた少年もとい密留が囁く。時刻は夕方、7時。路地にて、今笛、風波、密留の三人は先生の後を追っていた。いや、ストーカーしていた。先生というのはもちろん不老不死に似た力を持っているのではないかと思われる先生のことである。
「ってか密留さんってどうしてあのとき部屋から飛び出したんですか?」
今笛がふと疑問に思っていたことを尋ねると、密留は渋るような表情を浮かべた。
「りなが僕一人でもできるっていうのに反対に反対を重ねてきてさ…そりゃ確かに無理だったわけだけどさー」
「まぁあんたさっきガード固いって言ってたもんな。…けど今見る限りじゃガード、固そうには見えないけどよ」
壁に隠れて今笛は呟く。と、その呟きに風波が反応した。
「確かにあの人自身、そんな武芸に特化しているというわけでもなく、ただの普通の人間っぽいけどね」
「ねぇねぇ、今更なんだけど、…風波女の子でしょ?いくら不死だといっても、こんな時間に外出はどうかと」
きょとん、と今笛と風波は密留の言葉に呆けた。それから風波は笑い飛ばすように言い紡ぐ。
「心配してくれてありがとうございます。でもね、大丈夫だよ。私は剣、私は盾。私は強い」
動いた、
三人は先生が入っていった扉を見詰める。研究施設のようだ。そんなに広そうには見えないが、明らかに只の人が住みそうな場所ではない。やはり彼には何かあるのだ。先生の後を追い、扉を開けてみると中は薄暗かった。既に足音がないことから、どうやら近くには先生の姿はなさそうだ。
「秋村先生、どこだろう」
密留は言いつつ、一歩踏み出した。
次の瞬間、床から複数のコードが表面を突き破ると密留の両手足に絡まった。
「――?!」
三人は息を呑み、風波が無言で携えた剣を抜く。鍔のない、刀といってもいい刃を後ろに振りかぶった。背後からは、やはり同じように伸びたコードが三人を狙っていた。
「密留さん!」
今笛が叫ぶと、宙に吊る下げられた密留は顔を顰めながらも指を鳴らした。ちゃぷ、と今笛の足元が音を立てる。そちらに視線を向けた瞬間、水が吹き荒れ無数のコードを断ち切っていた。―密留の≪力≫は水か。今笛は飛沫を払って周囲に視線を走らせる。
「――っと」
自由になった体を床に落とすと、密留は眉を寄せる。風波の剣技、密留の水を受けてもコードはうねりを上げていた。
「えーやだなぁ、なにこれ」
風波が眉を寄せて今笛の後ろに立つ。透き通った水は密留のすぐ近くを漂うと先端を作り尖らせた。
「トラップなのか、何なのか。でも≪力≫の気配はしないけど~」
第六感…≪力≫の気配を強く感じ取ることができる風波の言葉に今笛も頷く。これは≪力≫は関係ない。所謂、侵入者除けのトラップ。先生が向かったと思われるドアを探すが、無駄にドアが多くあり過ぎて絞るのが難しい。めんどくさい、と今笛が眉を寄せると風波がくい、と彼の服の裾を引いた。
「今笛、地下」
「…地下?」
――コードは床から伸びている、ということはすなわち、地下に起動物体があるということ。
「今笛くん、風波ちゃん」
密留が静かに名前を呼ぶ。
「ここは僕が任されるから、先生頼んでもいいかな」
「いや、つってもどうやって地下に」
密留が踵を強く鳴らす。すると水の噴水が床から吹き荒れた。それを諸に浴びてしまったコードがじゅぅと音を立てて溶けていく。しかしコードだけではない。今笛と風波のすぐ近くにぽっかりと空いた穴からは風が通る音がした。
「さ、早く」
「行くよ今笛!」
「――おう」
2人が穴の中に身を捩じらせる。それを確認すると密留はすぐに水で穴を塞いだ。本当の地下への入り口は奥にあることだろう。そう長い距離でもなさそうだ。そう考え、密留はゆったり歩き出す。その間にもコードが密留を狙おうとあらゆる角度から爪を立てていた。それを流しながら密留は笑う。
「あんまり器用に手加減とか苦手なんだ。ごめんね」
コードを操ってる機械。どこにあるのかなぁ、と遊ぶように彼は笑っている。