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そういえば結局、朱円はどうして遅い昼飯を取っていたのだろうか。思考がそちらに引っ張られそうになったとき、ガラリと特別室のドアが開いた。
「ごめんなさい、遅れました」
「紀磨ちゃん、いらっしゃい」
ふわりと蓮姫が微笑む。彼女が―望月紀磨が遅刻をしてくるのは別に今日に始まったことではない。捻子の同級生である彼女はフリルのついたスカートを翻して捻子の近くにある自分の席まで歩く。この高校には規則が少なく、服装の規制がない。故にほとんどの生徒が私服であり、制服を着用する生徒は生徒会など式に出る場合のみ。あまり校内では見当たらない。紀磨はよくフリルがついたものを着用していて、今日もそのうちの一つなのだろう。後ろまで来たところで捻子と目が合った。口火を切ったのは捻子だった。
「紀磨、また貴方今日も遅刻ですか。規則は守らなきゃだめですよ」
「あら、捻子。居たの」
辛辣気な言葉が返ってきても捻子は眉を寄せて続けた。
「いくら緩い高校だといっても、先輩方に迷惑をかけるのは良くありません」
「捻子って本当、規則規則うるさいわよね。少しは自重したらどう?」
「はいはいストップストップ。その話はまたあとでね!」
パンパンと蓮姫がストップをかけると二人は同時に口を噤んだ。蓮姫に言われてしまえばやめるしかない。規則正しさを求める捻子と自分の思った通りに生きたいと考える紀磨は相性が悪い。会えば口喧嘩、さすがに男女という壁があって殴り合いだとかそっち方面への発展にはいってないものの、仲は正直よろしいとはいえない。
「それに紀磨ちゃんには頼んでたこともあったしねー」
それでも納得がいかない、といった表情を浮かべている捻子に前が付け足すように声を上げた。捻子は首を傾げる。
「やっぱり先輩たちの言った通り、一年のけが人率が格段に多いです」
「先輩達何頼んでたんだ?」
舞信が紀磨に問い尋ねると、なんでも保健室のけが人リストを見せてもらってから来たらしい。なるほど、と舞信は頷く。舞信は二年だが先輩――特に前に対してはずかずか言い放つ。
「言った通りとかどゆこと?」
「正直一年生を疑っていたんだよ。ほら、俺たち三年生や二年生は比較的力を把握している。先生方への聞き込みからこれらの現象を引き起こすような≪力≫は聞いたことがない。だったらまだ把握しきれていない一年生が可能性高いのではないかと思ってね。それで一年を中心に紀磨ちゃんに頼んどいたんだ。」
「えーと、つまり一年生の中の誰かが犯人、ってこと?この現象を引き起こしている?」
紅鈴がまとめるように口出すと蓮姫は肯定の意を込めて応えた。何の≪力≫が原因なのかはわからないが、ケガ人を意図的に引き起こしている者がいること、それは信憑性が高い。それにここまでくると≪力≫が関わっていると考えるのはいよいよ決定的だった。
「だから今回の件は捻子くん、紀磨ちゃん。ふたりに任せたいと思ってるの」
「「え」」
蓮姫の口から出た言葉に捻子と紀磨は同時に声を上げた。
「もちろん私たちもサポートするけど、二人を中心に動いてもらいたい。このままだともっとひどいことになるかもしれない…もしかしたら警察が動いてからでは遅くなるかもしれないわ。その前に貴方たちに原因を突き詰め、≪力≫の首謀者をとめてもらいたい。」
「け、ど…見つかりますかね。」
誰かに洗脳されて、脅されて、というわけではないことはこれまでの些細な調査で分かっている。気が付いたら怪我をしていた、大抵の人がそんなものだ。しかし確かに蓮姫の言う通りかもしれない。このままでは今は出ていない病院送りの生徒が出てしまうかもしれない。そこから警察が動いたとしても。
「この異常をなんとかしないと、ですね…」
「早急に対処が必要だよ」
蓮姫の力強い言葉に捻子と紀磨は頷いた。
×××
「というわけでまずは資料見てみましょうか」
紀磨と向かい合って捻子はルーズリーフやらコピー用紙やら多量にある紙を手に取った。
「一週間前からけが人が異常なほど増え、三年・二年よりも一年のけが人が多い。あと先輩たちの考えでいくと犯人は一年の可能性が高い、か…」
紀磨はくるりとペンを回しながら首を捻った。
「だけど私たちと同じ一年なら入学して間もないわよね。ってことは上級生と関わる機会もまだそう多くないはずよ。」
「…≪力≫が無差別のものであったら?」
「その可能性はあるかもだけど…もっと共通点があるのよね」
紀磨が指さしたのは名簿だった。保健室利用者リスト、というやつだ。今回は特別にコピーさせてもらっていた。朝霧がそれを覗き、いち早く違和感に気付いたようだ。
『面白いことになってるじゃないか』
「…ほとんどの人が…球技系の部活に入っている?」
リストには学年名前、それから部活名まで記入されている。記された部活はほぼ球技に関連しているものだった。なるほど、と舞信顎に手を添える。
「球技…部活関連で何か騒ぎでもあった、ってことかね?」
「縦社会でうるさいのはバレーとか、バスケだったね、うちの高校」
紅鈴がペンを持つ。となると卓球部は除外、だろうか。テニスも…マーカーを入れていくと明確な答えが導き出されていた。前が口を開いた。
「これは…バレー部が関わっているとみて間違いないだろうね。最近バレー部がどうのこうのって話は聞いたことある?」
全員首を横に振る。
ここまででバレー部の誰か、かもしれない可能性がでてきた。けれどこの先が進まない。それに力もどういうものなのか、それも把握できない。結局今日のところはここまでで解散となり、なるべく情報を得ることが課題となった。