無言の会話
初めての短編、というか処女作になります。
あたたかい目で、あたたかい目で!よろしくお願いします笑
拙い文章なので、読んでくれるととても嬉しいです。
この教室には誰とも話さない子がいる。
その子は不思議と暗い雰囲気はなく、むしろ明るいと言っていい。
いつもニコニコとしているからだろう。
その子はいつも本を読んでいるが、別に話しかけるなというオーラは出ていないし、話しかけられたくないのであれば教室にはいないだろう。
そんな彼女・汐見楓さんが誰かと話しているところは誰も見た事は無い。
彼女から話を振る事はなく、当然のように僕達、クラスメイトから話す事もない。
彼女が夏休み明けの二学期初日に転校して来てからひと月経った今でもそれは変わらない。いじめているわけではないので教室内には暗い雰囲気は無い。
彼女がニコニコと明るいせいなのかもしれないが…。
しかし話さないからと言って接点がないのは何かと都合が悪い。
そう思い僕はノートに字を綴っていく。
「おい、ナツアキ! もしかして汐見のとこに行くのかよ」
「そうだよ、課題集めてって先生に言われてるし」
「お人好しだねえ」
はは、と愛想笑いを浮かべ友達をあしらう。
仕方ないじゃないか。誰も汐見さんに話しかけようとしないし、先生から必死に頼まれたら断るに断れない。
女子に頼めば良かったのに、とも思ったが、今更かと思い、諦めた僕は億劫そうに席を立つ。
まっすぐ彼女のもとへ。
彼女に近づくにつれ教室内の視線が集まってきた。
そんなに気になるなら代わってくれるか着いてきてほしいと内心思うが、思うだけだ…。
僕は彼女が背筋を伸ばして本を読んでいる席の前に立つと、彼女は僕に気付いたのか本を読むのを止め、顔を上げた。
もちろんいつものようにニコニコとした顔で。
彼女は話しかけてこない。僕も話そうとしない。
しかし彼女の瞳はどうしたの? なにか用? と問いかけてくる。
僕は先ほどノートに
『数学の課題を集めるのでノートの提出をお願いします』
と、書いた面を耳の聞こえない彼女の前に出して見せた。
彼女はノートに書かれた字を見ると慌てて机の中から二冊のノートを取り出した。
一冊のノートに字を綴った彼女は、書いた面を僕に見せてきた。
『わざわざありがとう。夏秋くん』
と、満面の笑みで。
もう一冊ノートが差し出されているが、僕は数瞬の間その差し出されたノートに気付かずに彼女が書いた字と彼女の瞳を行ったり来たりだった…。
しばらく呆けていたのが不思議だったのか彼女は首を傾げてくる。
僕は彼女のその可愛らしい仕草に我に返り、差し出されたノートを慌てて取ってしまい、去り際にありがとうと言っていた。彼女には聞こえないのに…。
直後に、強く取り過ぎた、と思い横目で彼女を見ると、耳の聞こえないはずの彼女は笑顔を僕に向けていた。まるで僕が発した言葉が何であるか解っているかのように。
一直線に自分の席に戻り、机の上に積まれた数学のノートを職員室に持って行こうと思ったが、休み時間があと一分も無い事に気付いた。
放課後でいいか…と思い、積まれたノートを一旦教室後ろの棚の上に置こうと席を立つ際、ふと彼女に視線を送っていた。
彼女はいつもようにニコニコと本を読んでいたが、僕にはいつもの表情よりも嬉しそうに見えた。
――放課後、課題をやり忘れていた友達に付き合って協力をさせられていた僕は、教室の窓から茜色に染まった校庭をぼんやりと見ていた。
「わるいな、ナツアキ。やっと終わった」
「ホントだよ。これからはちゃんとしてこいよ」
友達は今度何か奢るからさ、と本当に奢ってくれるか怪しい言葉を残しそそくさと帰って行った。
友達が帰った教室に僕の他には誰もいない。
静かだ。時折グラウンドの方から運動部の掛け声と思しきものが聞こえるだけだ。
さっさと職員室に寄って暗くならない内に帰ろう、と思い席を立とうと腰を浮かしたところ教室の扉が開く音がした。そこには汐見楓が立っていた。
彼女は息を切らしていた。
声を掛けようとしたが彼女の耳は聞こえないとすぐ思いだした。
僕がどうしようかと思案していると彼女は両手を胸の前に出し、何やら動かしている。
――手話だ。
慌てているのか必死に手話で語りかけてくるがさっぱりわからない。
彼女が転校してきた際、彼女は事故によって耳が聞こえなくなってしまったことと、その彼女に協力してほしいと先生から告げられた。
手話を会話の基本としているのでみんなに手話を覚えてほしいとのことだった。
最初の頃は仕方なく手話を覚えようとした子が女子を中心に何人かいたのだが、
彼女自身から手話を覚えるのは大変だろうということで、用がある際はメモに書いて見せることになりそれが定着した。
それ以降、誰も手話を覚えようとしなかった。
そんなことがあったので彼女から手話をすることはなくなったのだが、今は必死に手話を使って何かを訴えている。
僕は席から立とうと浮かした腰を椅子に下ろし、机の中からノートを取り出した。
彼女は僕のやろうとした事に気付いたのか、手話をする腕を下ろした。
僕はノートに言葉を書いていく。
『落ちついて! どうしたの?』
ノートを見せると彼女は深呼吸を数回繰り返し、徐々に落ち着きを取り戻しているようだった。
落ち着きを取り戻した彼女は僕の席までゆっくりと寄ってきて、僕の顔を覗き込むように前屈みになった。
それは懇願するようにも、生徒のノートを見る教師のようにも見えた…。
胸の鼓動が急激に高まっていく――。
彼女の慌てた姿は見た事ないし、こんな近くに顔を合わせることがなかったからだ。
なんとなく上気した顔を見られたくなく、顔を反らすと、僕が緊張のせいかペンを強く握っていた手を包み込むようにして彼女の両手が添えられてきた。
咄嗟の事にびっくりしたが彼女の真剣な目と行動の意味に気付き、強く握っていたペンを彼女に貸した。
彼女は僕が先ほど書いたノートの続きに質問の回答を返した。
『変なもの見せてしまってごめんなさい』
と、
――変なものとは手話の事だろうか、そう考えた僕は首を横に振り否定を示した。
すると彼女は安心したような顔つきになったが、何か思い出したのか真剣な顔でノートに書いていく。
『夏秋くん、数学の課題もう先生に提出しちゃいました?』
僕は筆箱からもう一本ペンを取り出し、ノートに書く。
『今から職員室に行こうと思っていたとこだよ。それがどうしたの?』
『ごめんなさい、実は提出するノートを間違っちゃって。夏秋くんに渡したの、別のノートだったの』
彼女は僕が読み終わると頭を下げてきた。
『頭上げて、汐見さん。間に合ってよかったんだし』
頭を下げた汐見さんに見えるようにノートを見せると、彼女は頭を上げてはにかんだ笑みを浮かべていた。
――僕はその表情に再び見惚れてしまっていた。
彼女は再び呆けてしまった僕に不安な顔を向けてきた。
またしても我に返った僕は、照れた顔を隠すため教室後ろの数学のノートを置いてある棚の前まで素早く移動する。
40冊ほど積まれた数学のノートを自分の机まで運ぶ際、心配そうな顔をする彼女に対し笑みを向けることで心配を取り除いてあげようとした。
それが災いしたのかわからないが、足元が見づらくなり椅子に足を引っ掛けてもつれさせてしまった。
椅子に躓き体勢を前方に崩してしまった僕を助けようとしたのか、前から来た汐見さんの両手がノートを持つ僕の手を下から支えてくれた。
汐見さんが前にいてくれたおかげで押し倒してはいけないと足に力が入り、なんとか体勢を戻す事が出来た。
しかしノートの束はバランスを崩し、上に積まれたノート数冊が床に落ちてしまった。
僕達は何がおもしろかったのか、向かい合うようにノートを持ちながら自然と笑みを零していた。
僕は視線を手に持つノート、それから僕の机に目配せして、彼女にとりあえずノートを机まで運ぼうとアイコンタクトをとると、彼女はわかってくれたのか頷きを返してくれた。
僕達はノートを机まで運ぶと一息ついた。
僕にはそんなに重く感じなかったが、彼女には重かったのではなかろうかと思ったからだ。
彼女は耳が聞こえないので体育の授業は見学だ。そのせいか線も細い。
体力がないことは仕方ないと思う。
いつもの笑顔に少し陰りが差していたので僕の考えは当たっているのだと確信した。
僕は彼女を休憩させて落ちたノートを拾いに行くと、何冊かのノートのページが捲れていた。それらのノートを集めていると、ある一冊のノートに視線を奪われていた。
そのノートは見開かれており、そこには絵が描かれていた。絵というほど大それたものではなく、むしろ落書きに近い。お世辞にも上手いとは言えないが、とても丁寧に描かれたあらゆる形の手の絵だ。
――知っている。これは手話の絵だ。
ノートにはページ一杯に50音のひらがなを表す手話の指文字というのが所狭しに並べられていた。絵が描かれている下にはその指文字が示す意味と、その指文字を覚えやすいような解説が示されていた。
このノートが誰のものかはすぐにわかった。
僕はそのノートを持って振り返ると、彼女は僕の持つノートに気付き顔を赤くし俯いてしまった。
恥ずかしがらせてしまった彼女に罪悪感を覚えた僕は彼女の横を通り過ぎ、自分の席に座ると先ほど書いていたノートに謝罪の言葉を書いていく。
『勝手に見てしまってごめんなさい、汐見さん。』
言い訳もない素直な謝罪が書かれたノートを席から立ち頭を下げて見せるが彼女はまだ俯いている。
それでも僕が頭を下げ続けていると、ノートから感触が伝わってきた。
恐る恐る顔を上げると彼女はまだ顔を赤くしていたが、ノートの両端を両手で優しく持ち、僕の顔を見て笑ってくれていた。
その笑顔に安堵感を得た僕は照れ笑いを残し、また席に戻った。
席に座り気になってしまった事を書いていく。
書いた後、それを彼女に見せるか一瞬迷ったが、意を決し見せた。
彼女に嫌われるかもしれないとおもったが…。
『このノート、汐見さんのだよね? どうしてこれを?』
書いたの? とも、取りに来たの? とも書かなかった意地の悪い質問。
彼女はこの言葉を見ると、僕の前の席までやって来て、その前の席の椅子をこちらに向けて腰を下ろした。
至近距離で面接を受けているかのような空気の重さだった。
彼女は覚悟を決めた真剣な顔でノートに続きを書いていく。
『うん、このノートは私のだよ。学校じゃ手話は使わないから忘れない為に持ってるんだ』
――この言葉が嘘だというのは何となく分かる。
先生によると彼女の聴力が事故によって奪われてしまったのは小学1年生の時らしい。
いつから手話を覚え始めたのかは分からないが7、8年ほど前なのでさすがにある程度の手話は出来る筈だ。
なにより先ほど彼女が見せた手話をする手が淀みなく動いていた事もあり、このノートを使う必要性が感じられなかった。
彼女の手話を見ていなかったら彼女の言葉を信じていたかもしれなかった。
そう考えていた僕は、
『本当は?』
と書いて見せる。
彼女よりも真剣な顔で彼女の瞳を見ながら問いかける。
彼女は僕の真剣な表情に少し怖じ気づいたのか俯いて少し考えるような素振りを見せた。
1分ほど経った後、彼女はペンを持って書き始めた。
『本当は、このノートはみんなの為に作ったノートなんだよ。』
彼女は僕が読み終わるのを見るとまた書いていく。
『ちがうなあ、このノートは自己中心的な私の望み。私の為のもの、かな』
彼女は苦笑交じりにノートを見せた。
『どういうこと?』
僕は思った疑問をそのまま書いた。
『そのままの意味だよ。私がみんなに手話を覚えてもらってスムーズに会話したかったんだ。でもみんなが無理して私の為に覚える必要はないから』
彼女は僕の質問に苦笑交じりに書いて見せてくれた。
その表情からは嘘を吐いているようには見えなかったので、その言葉を信じ、さらに質問した。
『でもまだ諦めきれてないからこのノートを学校に持って来ているんだよね?』
僕の書いた言葉に目を見張る彼女。
――図星の顔をした彼女は書く。
『そうだね、心の奥では諦めきれてないのかも。やっぱり紙を使った会話には壁があるんだよ。私、みんなと仲良く会話したい』
彼女は目に涙を溜めて、今にも泣き出してしまいそう顔でこの言葉を書いて僕に見せた。
いつもニコニコと明るかった彼女とさっきの慌てた彼女しか見たことがなかった僕は少し戸惑ってしまっていたが、考えていた事は1つだった。
――どうしたら彼女の力になれるだろうか、と。
僕1人の力だけじゃ何の手助けにもならないかもしれない。
それでも思った。
1人ぐらい仲良く会話が出来る人が彼女には必要なのだと。
僕は書く。
彼女を笑顔にする言葉を。
『僕が手話を覚えるよ。だからこのノート、借りてもいい?』
色々な言葉を書こうとしたが、気恥ずかしさもあり、簡潔な言葉しか書くことが出来なかった。
それを見た彼女の反応は驚きだった。
すぐさまノートに言葉を書いていく。
驚きのせいか、さっきよりもペンの走りが速かった。
『どうして? 私なんかの為に手話を覚えなくてもこうして会話できるんだよ? それでいいじゃない』
僕は考える。
どうして、か。
そして決めた。
以前から想っていたことを。書く。
『汐見さんがすてきな笑顔をするからだよ。汐見さんとこうして会話するのもいいと思うけど、手話で会話した方が楽しいと僕は思うな』
――恥ずかしかった。
顔が茹で上がったかのように熱い。
間接的に伝えたとしてもこんな事、今の僕には口が裂けても言えなかったかもしれない。
でも字を、紙を通してなら伝えることが出来た。
恥ずかしかったが彼女を見ると、顔を赤くして涙を零していた。
僕は女の子を泣かせた事がないし、こんな時どうしたらいいのかもわからないのであたふたとしていると、彼女は涙を拭いノートに書いていく。
『ごめん、泣いちゃって。でもこれ嬉し涙だから。ありがとう』
彼女はまだ目に涙が残っていたが、はにかんだ笑みを向けていた。
教室の窓から夕日が差し込み、目元がキラキラと輝く。
その光景は、僕の目を奪うのに十分な力を発揮していた。
僕はノートに言葉を書こうとしたが思いとどまり、手話のノートに手を伸ばし彼女に見られないように開いた。
ひらがなの指文字があるが、日常的に使う簡単な手話もあるはずと思ったからだ。
その考えは当たった。
彼女は訝しげに見てくるが、早く彼女に伝えたかったので気にせず覚える。
ある程度覚えた僕はノートを片手に持ち、息を整え彼女を見る。
彼女も僕を見る。
僕はノートと彼女を交互に見て、たどたどしい手つきで初めての手話をした。
僕の手話を見た彼女は驚いていたが、やがて涙を零す。――とびっきりの笑顔で。
すると彼女はお返しとばかりに、僕に手話を返してきた。
なんとか目で追ってノートを見たがやっぱり分からなかった。
そんな僕を彼女は笑う。
僕も彼女に釣られて笑う。
――これから彼女との新しい日々が始まろうとしていた。
『よろしく、しおみさん』
『こちらこそよろしく。夏秋くん、ありがとう』
どうも初めまして。
天音理と申します。
マイペーーースに、活動するつもりの天音です。
本当に気が向いた時にしか執筆しません!(断言)
さて、処女作で短編というのは無難なんでしょうか?
よく分かりませんが、処女作らしくとても拙いです。自分で言うのもなんですが。
そんな稚拙な文章を読んでくれた方、ありがとうございます!
後書きまで読んでくれるのはとても嬉しいです。が、その反面、感想も怖いです笑
一緒に『小説家になろう』に投稿しようと友人から誘いがあり、投稿することになりましたが本当に投稿するとは思いませんでしたね笑
短編でも書き終えるのはすごく難しかったですが、書き終えることが出来て、投稿出来てよかったです。
また近い内? 短編か長編を投稿するかわからないのですが、忘れた頃に投稿します笑
ではでは。