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意義のない活動、しかし時間だけは過ぎる。部活が終わり、弓道部の練習風景をネットの外から眺めて、予想通りまだ練習していることを確認し、弓道部の練習場入り口の傍にある柔剣道場の石段に腰かけて、いつものように本を読みながらさくらを待つことにした。騒がしい剣道の声と音が響くが、僕の集中力をかき乱すような不快さはない。それよりも、文字が読みにくくなったと顔を上げると、向かいの山に赤銅色の日が、轟々と空気を振動させながら沈んで行こうとしていた。そこにあるのは、平生と変わらぬ山である筈だが、流々とその成りを変貌させていくようだ。影と言うよりも尚深い、墨にその身を変えて行く。
山を眺めていると、傍の窓から灯りが差した。柔剣道場の電気がついたのだ。これでまた本を読めるようになったというのに、文字の羅列に目を落としても引き込まれるほどの魅力は、夕暮れの壮観さの中では風の前の塵に等しい。
「ミキ、」
さくらの声が聞こえ、顔をそちらの方に向けるとモノクロの女がそこに立っていた。薄明かりの中で、彼女の顔の造形などわからず、身に纏う白と黒の道着だけが浮かび上がって見えた。
「・・・お疲れ様、」
「いま着替えてくるから、ちょっと待ってて」
声、彼女の日ごろの様子を想像して、おそらく笑顔を浮かべているのだろう。見えないだろうが、僕も笑みを浮かべて「うん」と明るく応えた。
弓道部は練習が終わったと言うのに、未だ剣道部の練習する掛け声、竹刀、踏み込む足の音が響いていた。弱小部の一つであるのに、そこまで必死になって練習する理由が分からない。もしかしたら勝てるかもしれないとの望みがあるのかもしれないが、そもそも周辺地域全体のレベルが他県と比べて低いのだと本人たちが自覚しているのだから、全くもって不可解だった。
着替え終えたさくらは、「ちょっと寒いね」と呟いた。寒いと言われて、そこで初めて僕は足に鳥肌が立っていたことに気がついた。紅葉の季節は土色に変わり、雪こそないが、もう息も白い冬である。
自転車で本屋に向かっている間、本屋についてからもさくらと僕は周囲を無視して話し続けていた。先週の休みの話になり、さくらが両親とデパートにショッピングに行ったという話題になった。
「それでね、ママったら、」
彼女の笑顔は屈託がなく、傍にいる僕は、何故か胸が苦しくなった。
「親と本当に仲が良いんだね」
「うん。とっても気が合うの、友達みたいなのよ」
「・・・そうなんだ」
各々が欲しかったものを買い、本屋から僕らの家は方向が違うので「また明日」と普段と変わらぬ別れを済ませて自転車を走らせた。
親と友達のような関係だとさくらや他の女子たちもよく言うが、残念ながら僕にはまるで理解できない。親はあくまでも親で、一応敬愛と尊敬の対象にされるべき存在である。
だが、僕が自分の親を無条件に尊敬しているかと言えば違う。親と言う条件下のもとに、世間から否応なく強制されるこの制約にも似た脅迫感情から、一応一線を画し、他人とも友達とも違う態度をとっている。それにしても、どうして「親」であるだけで、否応なく子どもは「親」を尊敬しなければならないのだろうか。他人の悪口や自分の鬱憤を他人にまき散らすが、こちらの意見を一切無視する人間、そもそも他人に興味を示さない人間、自分の複製を造り出そうとするものたちを「親」という至上の屈辱が無ければ、僕は軽蔑すらせず、関わり合いにならないようにしていたことだろう。しかし、彼らがいなければこの世に存在しなかったので、そのことだけでも至上的敬愛を要求されても仕方ないかもしれない。そうは言うが、こちらとしては我儘で生んでほしいと望んだわけでもない。たとえ、彼らが、自分たちで愛し合い、望み、結果その子を生んだと主張したとしても、所詮、互いの肉体的欲求の顛末、生理学的に発生させられた細胞の塊が、子どもという形に成ったに過ぎない。我意の果てに生みだされたのが子どもなのだ、たとえ聖人と呼ばれるものであろうと、望んで生んだと主張しても、それは子自身が望んだ訳では当然無く、やはり我意の押し付けなのだ。つまり、至上的に尊敬しろというのは無茶苦茶な道理で、敬慕される人間と言うのは、至上的条件下ではなくその個人の特性から、各々がそれを敬慕するに足るべき存在だと認識することによって、自然発生されるものであるべきであり、ただ「親」であることで金科玉条を振りかざし、無理に敬愛されることなどあり得ない。
どれほど捻くれて考えようと、親がいなければ生きていくことが出来ない。生理的には一人で息を吸い、食事をし、排泄して生きているが、社会的には僕は無力で親の庇護のもとに生かされ、愛玩動物、畜生とほとんど同じか、それ以下だ。
だから、理不尽だと感じても、憎悪のはけ口にさせられても、僕には反論が許されない。それは親に対してだけではない、教師にも生徒である僕を従わせる権利があるのも同様、生徒同士であっても、友達の輪に入らず傍にいるだけの僕は、友達の輪の通りに動かなければ無視されるだけでなく、つらつらと罵詈雑言を影で囁かれ続けることになる。
次第に、僕の顔は笑顔が張り付いて、苦しいことも悲しいことも、憎悪、嫌悪、それらが笑顔の下で隠されていった。すると、今までと同じことでも胸の中に鬱積されて、何かに喰らわれてしまうような不安が終始纏わりついた。眠ろうとしても布団の中で何時間も悩み、恐れ、身体は休まらずに黒い影が僕を飲み込むような幻想があった。それでも朝が来て、平生通りの日常を周囲に求められ、自分でも通常以下の人間なのだから、最低限に求められていることをしなければならないと追い立てている。何もかも投げ出してしまいたかったが、それが出来るほど無邪気な子どもではない。




