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 昼休みに、僕は佐藤のクラスに行き、彼に映画を見に行こうと誘おうと思い入ったが、彼はほかの男子と大声で笑い合っていた。その姿を見ていると、何故か僕は声をかけることが出来なかった。大輝はいつも会話の中心で笑っていたのに、佐藤が同じように馴染んでいる姿を見ていると、孤独感とそれから胸の奥に鉛をためたような、陰気な感情が芽生えた。羨ましいという思いと、それからきっと、その時にはわからなかったが、嫉妬だったに違いない。

 教室の入り口で立ち尽くしていると、見たことのない女子が「だれかに用があるの、」と親切に声をかけてきた。違うクラス、違う教室、僕は彼らから見れば、よそのクラスの子、よその者なのだ。今まで何も気にならなかったことが、急に僕を戸惑わせ、臆病にさせた。

 「どうしたの、」

 笑い合っていた佐藤とふと目が合った。それなのに、僕は目をそらして、女子の方に笑顔を見せた。

 「・・・いや、いいんです」

 心臓を鷲掴みにして、窓から外に放り出したい。けれど、心臓は皮膚と肋骨に庇われ、痛覚を与えてそれを避けてる。大声で叫びたい、窓ガラスを割りたい、そんなこと出来るはずも無く、僕は身体を小さくして教室から離れた。僕の居場所など、とっくに失われていたのだ。どこに行けばいいのか分からない、僕は廊下を歩いて、普段はあまり人が使わない渡り廊下に座った。渡り廊下からは、生徒たちのようすが良く見えた。女子たちは小集団になって、秘密を話すように笑っている。男子も同じようにしている姿があったが、グランドでボールを投げていたり、走り回っている姿が女子よりも目立った。先生たちは何をしているのか、職員室の戸を見ると、生徒が出たり入ったりを繰り返している。遠くに視線を向けると、所謂不良グループが校舎から隠れて移動する姿が見えた。ほとんどの者が、単独行動ではなく、グループ行動で、そして、自分たちグループ以外には目を向けようともしない。彼らの世界は閉鎖的で、粘着質を持って作られている。多くの生徒がいるのに、皆同じ服を着て、同じような髪型をし、ほとんど同じ行動をしている。彼らの中に入ってしまえば、きっと僕など消えて生徒の誰かになる。楽なのか、悲しいのか、よく分からない。

 結局佐藤には話せず、放課後になっても僕は剣道の見学にも行かず、そのまま家に帰った。早く家に帰りたい理由もない、遅くまで学校にいる理由もない。理由、否、理由なんて僕の心の問題というだけで、ほかの誰かには何の関係もないことなのだ。

 街灯はまだ周囲を照らさず、太陽の光が僕の体から影を伸ばした。いっそ影に成れたらと手を伸ばしたが、電柱に触れただけで、何も変わらなかった。

 家に帰っても誰もいない。電気をつけてテレビを見たが、夕方から面白い番組などなく、見たことのないドラマの再放送か、地元のニュース番組が映っているだけだ。ゲームを引っ張り出して遊んで見たが、普段あれほど熱中するものも、どこか味気なく、すぐに飽きてしまった。服を着替え、ソファーに寝そべって天井を見上げた。小さな虫が飛んでいるのが見えて、それは電灯の中に入って行ったきり、出てこなくなった。バチバチと羽音とプラスチックの多いにぶつかる音がして、僕は助けようと思うと同時に、放っておいてもよい思い、いつ死ぬのか見たい好奇心、感情が変に宙ぶらりんになって、どうしたものかとそれを眺めていた。考えていたが、考えは纏まることもなく、僕は考えることを止めてテレビを眺めた。しばらくすると、母が買い物袋を抱えて戻ってきて、部屋に入りソファーに座る僕を見るなり、「女の子がだらだらしないの!」と買い物袋を押し付けてきた。女の子はダラダラしてはいけない、それなら、男の子はだらけてもよいという論法が浮かぶ。そう考えると、一層動く気力は無くなったが、「早くしなさい!」と怒声を浴びて仕方なくついて行った。買い物袋を床に置き、冷蔵庫に片づけていると、いつものように嫌味を聞かされた。

 「まったく、言わなきゃ何もしないんだから」

 言われても行動を起こしたくなかったが、それでは本当にただの怠け者になってしまうので、自分としては最終的に言うことを聞いてしまう結果になる。言われる前に自発的に行っても、それが当然のことだと受取られる。確かにそれは普通のことなのだから、仕方がないのだ。言われなければ出来ない人など、社会は必要としていない。それはマイナスでしかなく、自発的に行うこともゼロでしかない。なら、プラスになることは何があるのだろうか。それは注文する側の利になることだけではないだろうか。世の中は社会集団を作り、徒党を組みたがるが、結局のところエゴイストの集合体でしかない。僕にもエゴがあるように他人にも当然のようにエゴがある。

 悔しいと思う気持ちも、悲しいと思う気持ちも、怒りも、喜びも、その時の僕からは抜け落ちていた。感情がその時に無かったのだ。日本海のように激しく波打つことも無く、かといって、湖畔のように穏やかな気持ちではない。全てが自分から離れたことのように感じ、愚痴も罵声も助言も戯言も全て右から左へ、心の中に留まらず、音だけ残して去って行く。家族なら何でも分かるとよく漫画でもテレビでも言っていたが、そんなのは嘘だ。誰も、僕が落ち込んでいること、悲しんでいること、怒っていることに家族でさえ気づきはしない。見当違いなことを言って、僕が答えを出さないため、各自で決めていた答えに納得するだけだ。


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