15
小学生だった僕はその日に終わった。けれど、中学になっても小学校と同じで、姉のお古を着て学校に通うだけだ。紺のセーラーに白いスカーフ、小学生の時の制服に比べれば、女子の服を着ることに抵抗が減っていた。きっと、セーラーが元々水軍のものだと、佐藤から聞いていたからだろう。姉に比べて小柄だったので、スカートはすそ上げし、袖を少し詰めた。
「まあ、すっかり女らしくなって」
近所のおばさんが、僕の姿を見ると声を掛けてくる。つい昨日も会ったばかりだというのに、僕の容姿がそんなに変わるはずはない。単なる社交辞令で、僕の方など見てもいないのだろう。これほど似合わないとは、自分でも驚き、少し安堵していた。
おばさんと軽く挨拶を交わしていると、同じように中学の服を着た大輝が姿を現した。こちらもお世辞にも制服が似合っているとは言い難く、服に着られている姿に、思わずケラケラと声を出して笑い、おばさんも「すぐにぴったりになるわ」と苦笑していた。大輝は腹が立ったのか、佐藤が来るまでずっと不機嫌な顔をして隣を歩いていた。あとから来た佐藤も、同じように身体より大きな制服を着ていたが、優秀な雰囲気の所為か違和感が無かった。
「佐藤は大輝と違って、よく似合ってるね」
「え、制服なんだから、変わらないと思うけど、」
「ミキはオカマっぽいよな」
「しょうがないよ。僕は姉さんとは違うんだから」
当然のことだ。いくら僕と彼女の顔が似ていたとしても、僕と彼女には圧倒的な違いがある。
「バーカ、似合うやつは何着ても似合うんだよ。お前は顔が、いまいちだから似合わねぇの」
「・・・ああ、だから佐藤は学生服も似合うのに、大輝は似合わないのか」
「おう、佐藤ならセーラーでも似合ってたろうよ。でも、お前は見た目が悪いから、学生服もどうせ似合わないだろうな」
言い合いを続けようと身を乗り出したところで、いつものように傍観を決めていた佐藤が間に割り込んだ。自転車が幅を取っているので、大輝の所に行けず、自然と握りしめたこぶしもほどけていった。
「僕がセーラー着ても似合わないし、着ないって。それに、服なんて慣れれば気にならないものなんだから、似合うも似合わないもないって」
佐藤が間に入ると、大輝も僕も反論する気が失せてしまう。それは彼に対する信頼からか、気づかぬ内に佐藤が間に入れば、争いは終了だという了解が染み付いてしまっていたからかもしれない。
入学式の前に、クラス分けというものがある。今まで二クラスしかなかったので、掲示板に張り出されたクラス名簿から、自分の名前をすぐに見つけだすことが出来なかった。一組を見て、二組を見て、次に三組を見て、僕はようやく自分の名前を見つけた。漢字まで同じ姓名の可能性はおそらくないだろうから、三組になったことが分かった。
「あ、ミキも三組、」
「うん。佐藤も三組なんだね」
一年生の時から同じクラスだったので、佐藤が同じクラスになるのはなぜか当然のことのように思えていた。大輝に関しては、これも何となく予測出来ていたが、違うクラスだった。六年間同じ学校だった生徒は、さすがに全員顔と苗字は一致していたが、新しい環境の中で同学年全員の顔と名前を一致させることは難しそうだ。事実、僕は年を重ねるごとに人の名前を覚えることなく、忘れて行った。思えば、人の顔と名前だけでなく、誰と何をしたのか、何があったのかという仔細な記憶が、僕の中から薄らいでいる。一方で、覚えなければならないことが多く、その為に、日常生活の些細なことは全て消去し、公式や暗記しても意味のない文章ばかりが占領していた。
中学というものは、小学校とはまるで違い、混沌として神経をとがらせることばかりだった。違う小学校の生徒の姦しさ、たった数年、数か月の生まれの違いで「先輩」として威張り散らす上級生、先生たちの頑固さと前以上の押しつける教育。もともと僕は、基本的に誰にも逆らわず、誰かを従わせる人間ではなかったので、周囲との摩擦もそれほど起きず、安穏とした中学生活を送れただろう。実際、一年の時は、クラスの中心人物となることもなければ、はみ出し者にもなっていない。
中学では必ず部活に入らなければならず、僕は絵を描くこと以外に興味が無かったので、美術部に所属した。そのことを母に告げると、少し馬鹿にしたように鼻を鳴らされた。
「この子は本当、お姉ちゃんの真似ばかりね」
そのようなつもりなどなく、僕はその時まで姉が美術部に所属していたことすら知らなかった。僕は、自分の気持ちを表現するために絵を描いているのであり、けして、姉を真似して行動していたわけではない。それでも、僕が仮令そのように反論したとしても、一切姉の影響が無かったかといえば、同じ家に暮らしていたので無いとは言い切れない。そして同時に、他の人からも姉の真似をしているだけ、と思われていると知り、急激に絵に対する気持ちが薄らいでいった。結果、コンクールか何かない限り、極力美術部には顔を出さず、結局幽霊部員になってしまった。ところが、部活に行くわけでもないのに、放課後最後まで学校にいる羽目になっていた。一学期の委員決めの際、じゃんけんで負けて放送委員会に選ばれてしまったので、下校の曲を流してからようやく学校から帰れる。部活に顔を出していれば当たり前に過ごす時間のはずが、放課後から下校の放送までの一時間近くの暇を持て余すことになってしまった。