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修学旅行が終わり、僕は羽野と佐藤が親友同士になったのかと思っていた。だが存外そのようなこともなく、羽野が時折佐藤との会話に入ってくるだけで、日常はそれほど乱れなかった。きっと修学旅行というイベントの熱に浮かされて、みんなの交友関係がおかしくなっていただけだ。大輝もその時息巻いていただけで、普段の生活態度では何も変わらず無関心で接していた。僕のほうは、少しだけ女子たちに会話を求められたが、彼を見習い無関心を装っていると、そのうちに元のさやに納まり平穏な生活をおくった。
六年生という小学校における最高権力に皆が浮かれた一年を過ごし、けれど、それ満喫する間もなく、卒業式を迎えてしまった。卒業式というと、皆が馬鹿みたいに涙を流し合っていた。だが、小さな町だったので、ほとんどみな、卒業後は同じ中学に入学するだけだ。もちろん、幾人かは別の私立中学に通うらしかったが、引っ越しするわけではないので、会おうと思えばいつでも会える。小学校だけの世界ではないと、分かっていた。それなのに、卒業すれば、他の世界が無いとばかりに、面白いように泣いていた。大輝も佐藤も泣かなかったが、羽野は涙を流して女子たちと抱き合っていた。
「何だ、泣き虫くせに、泣かねえな」
大輝は賞状筒で、泣かせたいのか僕の頭を何度も叩いた。彼は僕を泣き虫だというが、彼の前でたまたま泣いたことがあるだけで、それ以外は家族の前ですらほとんど泣いていない。
「・・・大輝だって、泣いてないじゃないか」
「俺はお前とは違うんだよ」
その割に、眼が赤くなっていた。涙は出ていなかったが、卒業することに感傷的になっていたのだろう。僕は鏡で見ても分かるが、普段と何ら変化が無い。そう言う部分で、僕は薄情で淡白だった。佐藤も大輝も同じ中学に通うことが決まっていたので、淋しくなかっただけなのかもしれない。他に親しい人もいない、それならば、こんな学校に未練など無い。意味があるような、意義を見出しにくい小学校生活は、こうしてあっけなく終わりを迎えた。引きのばすことも出来ず、ただ定められた期間のなかで過ごすだけだった。そこには精神の成長も知識の進度も関係なく、期間が過ぎたらそれでお終い。何を言っても、機械的に作られた制度でしかない。そうだと言うのに、卒業という区切りを悲しむのは、何故なのだろうか。その単調な強制力に涙が出るのか、心が培われぬ内に追い出されるシステムに対する不安からか。そうは言っても、個人個人に合わせて期間を決められては、交友関係も合わせて面倒には違いない。
「みろよ、ハゲタカが泣いてるぜ」
男子の誰かが、教頭を指差しながら言った。他の生徒もそれを見て、汚い顔だとクスクス笑っていたが、僕にはその表情を見ることが出来なかった。本当に泣いているのか、泣いているのならどんな表情をしているのか、そもそもどんな顔だったのかもわからない。
「変な顔だな、鼻が真赤だぜ」
大輝の言葉に、僕は返事ができなかった。僕には顔が見えないのだ、教頭だけではない、どんな大人の顔も分からない。卒業式に来た両親の顔も見えない、泣いているのか、普段と変わらない顔をしているのか、何もわからない。
「ほら、ミキ、」
「・・・見えないよ、僕には見えない」
大人の顔が分からない。大輝は知っている筈なのに、僕が見えないことを忘れているのだと腹を立てていた。けれど、大輝は信じていたかどうかは別として、忘れていた訳ではなかった。
「ああ、だから教えてやってるだろう。鼻をまっ赤にして、てっぺんまでハゲた頭に、汗が気もち悪いみたいにうかんで、ああ、また鼻水といっしょに顔ぬぐった。汚いなぁ。にしてもさ、ハゲタカって俺らとなんの関係もないのにヘンだろ」
分からないと条件反射で腹を立てていた自分が、恥ずかしく思えた。けれど、それを伝えることすら恥ずかしく、そして情けないので、僕は沈黙し卒業証書の入った筒を開け閉めするなど無駄な動作で誤魔化した。スポンスポンと小気味の悪い音がして、けれど、その音を聞いていると少しだけ気分が和らいだ。
そのあとに、皆で卒業アルバムにはのらないのに集合写真を撮り、各々家族と友人たちに囲まれながら撮影会を涙と一緒に楽しんでいた。彼らの写真の中の僕は、悲しみも笑顔もない、変な顔で残ってしまうのだろう。誰かの記録の中に残るというのは、それはそれで、小気味の悪いことである。
幼少、小学生編はおしまいです。
一応、以前最後まで書いた小説を投稿しているのですが、話ごとの区切りを作っていなかったため、ぶつ切りな形での投稿となりすみません。