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 二人でまわっているときに気付いたが、午前中よりもほかの同級生とすれ違う回数が明らかに減っていた。察するに、土産を買うのは予想外に時間を使うものらしい。そうであるなら、もし羽野がいなかったら、流されやすい佐藤に僕らが迷惑をかけていたのかもしれない。そう考えると、羽野が一緒に行動したいと言ってくれたおかげで、佐藤はみなと同じ行動ができたことになる。だから、佐藤を身勝手に振り回さずに済んだのだと大輝に伝えると、彼はふん、と鼻を鳴らした。

 「あんなのに、ミキが礼しなくていいんだよ」

 「もう、なんでさ、」

 「・・・お前ってホント、ガキ。いいように利用されたくせに」

 「だから、どういうこと、」

 解らないから聞いたというのに、大輝は僕の頭を小突き、「トロイな、」と馬鹿にした。その後も大輝は言葉をはぐらかし、僕は気にはなったが聞くことは止めた。子供だからわからないというのなら、分かる時が来るまで考えなければいい。

 集合時間のぎりぎりまで遊び倒し、土産は最後に目についたクッキーを一箱買って大輝と共に集合場所へ向かった。既にほとんどの生徒が集まっていて、大荷物を抱えた羽野と片手に袋を持った佐藤が傍目から楽しそうに会話をしていた。その雰囲気に、少し気が引けて声を掛けられず、仕様がないので大輝と一緒に他の男子との話に加わった。けれど、そこに居ても話題に興味がなくなり、一人になって花壇を囲う煉瓦に腰かけた。しばらくクラスメイトの動向を眺めていると、佐藤と目が合い、呼ばれたような気がして彼のもとに走った。ようやく居場所が出来たような、そんな気がした。

 「佐藤、この後バスでさ、」

 近づきながら声を掛けて、はたと羽野がじっと僕を見ていることに気がついた。どうやら、彼女の邪魔をしてしまったようだ。話の骨を折ってしまったのだろうか、兎にも角にもタイミングが悪いことに変わりはない。

 「どうした、」

 「・・・あ、ああ」

 帰りのバスは自由席だったので、本当は佐藤の隣に行って、持ってきたマグネットオセロをやろうと誘うつもりだった。けれど、オセロを誘うどころか、隣の席に座ることすら出来そうもない。きっと、羽野が佐藤の隣に座りたいのだと察せた。

 「いや、えっと・・・バス、さ。バスで帰ると何時間くらいかかるんだろうかなって、」

 時間などどうでも良かった。ただ、何でも良いから話して、そして早く二人から離れたかった。こんなことなら、初めから近づかなければ良かったのに、淋しさに耐えられなかった自分の弱い心が腹立たしかった。

 「しおりだと、二時間とちょっとかかるだろうね。混んでたら、もっとかかるかも」

 「そっか。あの、僕、トイレに行った方がいいかと思ってさ」

 そのまま二人から離れようとすると、羽野が「私も行こうかな」と言い、一緒に行こうと誘ってきた。僕は男女兼用のトイレにこっそり入るつもりだったので、誰かと一緒になど行きたくなかった。けれど、彼女は意見も聞かずに、佐藤に「荷物見てて」と頼み、僕の背中を押して歩き出したので、逃げ出すわけにはいかなかった。どうして彼女らは誰かと一緒にトイレに行きたがるのだろうか、いや、男子でも何故連なっていくものがいるか。尿意など自分の体感、身体のリズムで違うのに、一緒に行ってどうする。恥ずかしいと思うのだろうか、だが、そんなことは生理的に当然の機能であり、食べるのなら出すのは自然なことで、恥部とちがって誤魔化すことではない。けれど、僕にも矛盾したところがあり、排出行為は恥ずかしいと思わないが、一方で女子のトイレに入ることには羞恥がある。そうすると、結局のところ、僕にも心の奥底では排出行為を恥ずかしいとする部分があるのかもしれない。

「・・・ミキちゃん」隣の羽野は、少し真剣な顔をしていた。「帰りのバスね、佐藤くんの隣に座ってもいいかな」

 そんなこと、僕に了承を得るのではなく、佐藤に聞くべきだ。僕は佐藤ではないし、彼の決定権を握っているわけでもない。

 「佐藤に聞いたらいいよ。僕は、開いた席で寝るつもりだったから」

 「そう、よね。うん」

 女子が隣に居るというのだけでも、心臓がせわしなく動き落ち着かない。トイレの前に来て、羽野は少し歩調を弱め、僕を見下ろして微笑んだ。その笑い方は、姉の笑い方に似ていた。

 「ミキちゃんって、大人しい子かと思ってた。でも、僕っていうし、なんか、ちょっと男っぽいところがあったのね」

 その言葉に、僕は、涙が出そうになった。出そうになって、掌に爪を立ててこらえ、「やっぱりトイレ止めとく」と走ってその場から逃げ出した。走っている間も、涙が眼に溢れ、泣きそうだった。この雫の一粒でも眼から溢れだしたなら、わんわんと泣いていただろう。走って、どこかで叫びたい衝動の中で、突然制服の襟を掴まれた。足は自然と止まり、喉を圧迫する形になったためにせき込んで、その拍子に涙が零れた。そのまま泣こうと思ったが、それよりも咳が止まらず、悲しみの涙でないものに変わっていった。誰かと顔を上げると、大輝が意地の悪い顔をして立っていた。

 「また逃げだす気か、」

 彼の顔を見ると、涙が急に止まった。けれど、溢れた涙はまだ頬を濡らしていたので、袖で顔を拭って痕を消した。

 「・・・逃げたことなんかない」

 「うそつけ。なら、走ってどこにいく気だったんだ」

 とっさに言葉が出ず、結局大輝の予測を肯定する形になるしかなかった。

 「羽野か誰かに、一緒に座ろうとでも言われたのか」

 違うというのは簡単だったが、勘違したままの方が楽だったので、僕は何も言わずに黙っていた。

 「佐藤と座ればいいだろう」

 「佐藤は、たぶん、羽野と座るよ」

 「・・・ふーん。それでスネたのか。ガキだな」

 「スネねてなんかない」

 言いながら、ポシェットに入れたままのマグネットオセロを取り出して大輝に見せつけた。すると、大輝はまた僕を「ガキ」だと言い笑った。

 「もう、なんでもいいよ。大輝、帰りのバスでオセロやろう」

 「オセロねぇ」

 「トランプでもいいよ」

 「わかった、だから、なくほどスネるなよ。幼稚園児じゃないんだから」

 今は泣いてなどいない。それに、先ほどの涙は拗ねたからではなく、大輝のせいでむせたから出たのものだ。それでも、否定するだけの労力を惜しんで黙って頷いた。佐藤と座れなくとも、一人で座るならまだ良い。だが、バスの座席を考えると、それはきっと叶わない。大輝が隣に座ってもいいというのなら、それに飛び付かない手はない。これ以上、誰かの隣に居たくなかった。

 「ねえ、大輝」

 手のひらに、赤い爪のあとがくっきり残っていた。だから、すべて事実なんだと分かる。

 「僕は、男だよ」

 「また、いきなりだな」

 「男っぽいわけじゃない。僕は、男だ」

 男っぽいのではない。僕は、確かに僕が思う限り男なのだ。そしてそれを誰かが憶えている限り、僕はずっと男で居られる。男っぽいという言葉は、僕の胸を深くえぐった。男にそんな言葉は使わない、女に対し、彼女は使った。そのときに改めて、僕は周囲からは男だと気づかれることなく、女としか扱われていないのだと思い知った。自分でも気づかれてはならないと振る舞っていた筈なのに、心の奥底では、誰かに察していて欲しかった。男っぽいのではなく、女ではない何かだと気づいて欲しかった。女子は二次性徴がいよいよ始まり、背も男子より高くなって、胸にもふくらみが出始めている。けれど、もちろん僕にはそんなことは無いし、きっとそれは変わらない筈なのだ。だから、僕が女ではない存在だと、成長期に入れば如実もなると、そう、信じていた。


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