12
翌日は班行動という決まりはなく、遊園地を仲の良いものたちと楽しむように計らわれていた。
遊園地の入口で佐藤を見つけ、僕はすぐに彼のもとに駆け寄ろうとした。けれどその前に、羽野が僕の傍に来て、「一緒に回ってもいいかな、」と聞いてきた。その言い方からすると、彼女たちのグループに僕を入れるのではなく、彼女が僕らと一緒に回りたいと望んでいるようだった。その時には理由が分からず、また、女子が苦手ではあったが、別に嫌いという訳ではなかったので、否定する理由が見つからず「うん」と頷いて二人で佐藤と大輝の所へ向かった。
「佐藤、おはよう」
「おはよう、あれ、羽野さん、」
「おはようございます」
馬鹿に丁寧なあいさつに、僕は首を傾げた。大輝の方を見るとあからさまに眉を顰め、嫌そうな顔をしていた。そこでようやく、僕は大輝が他の男子と同じように、女子を避けようとしているのだと気付いた。
「なんでいんの、」
刺々しい言い方に、羽野が傷つくような気がした。本当に傷ついているのかどうか、女子の表情は演じたものばかりでよく無いのでわからない。ただ、僕ならばそれを言われると傷つくだろう。
「どうでもいいじゃないか。それより、早く行こ。僕、ジェットコースター楽しみにしてたんだ」
外からでも目立つ赤いコースターを指差しながら、大輝の服を引いた。
「お前、ほんっとガキだよな」
「いいから、あれ一番人気だから、すぐに列になるんだよ。朝一番なら、すぐに乗れるかもしれないだろう」
本気半分道化半分、他人の僕への認識から言えば、まだまだわがままな子ども。親分肌の大輝は、子分の面倒を見るという責任感から、羽野といがみ合っていたことを忘れて、「チケットを失くすなよ」と佐藤と羽野を引き連れて、先に歩きだした僕の隣に並んだ。もっとも、佐藤は男女に対しそれほどまで拘らないたちなので、大輝だけが孤軍奮闘することは無意味のため、一時休戦とし、皆で地図を見ては「次は、」と頭を悩ませていた。
遊園地の中で、僕はジェットコースターが一番好きだった。緊張感や恐怖心を味わう、スリルが好きというわけではない。理由は単純なもので、姉は苦手であるが、僕は恐怖も何も感じずに乗ることが出来るという優越の一点のみだった。本当は大輝も姉のようにジェットコースターが苦手なので、予定では佐藤と二人で乗るつもりだった。そういう事情のため、列に並ぶ前に大輝に荷物を預けようとしたところ、羽野が大輝に向って「あら、乗らないの、」と尋ねていた。表情や声の調子から、単なる疑問を口にしたようだったが、大輝はそれが癪に障ったのか、預けた荷物を僕に押し付けて「乗るにきまってるだろう、」と自分から前の列に進んで行った。苦手なら無理をしなければいいのに、意地を張ると損をするものだ。大輝が乗ろうと乗るまいと気にしないというのに、佐藤と目配せして小さく笑い合った。いよいよ次の番になると、僕は当然のように佐藤の隣に立ったが、大輝が急に肩を掴んで引き戻した。
「お前は羽野と」
「何で、」
考えればそれは愚問で、僕が佐藤と乗れば、必然的に大輝が羽野と並んで乗ることになる。嫌なら僕が大輝と乗って、佐藤の隣が羽野でもよいのではと少し怪訝な顔を向けると、大輝は首を振った。
「お前が連れてきたんだから、責任をとれよ」
誘ったわけではないが、確かに僕が連れてきたことは事実なので、責任というのか、しぶしぶ受け入れた。考えれば、乗っている間だけ隣になるだけだ。
けれど、実際に女子と密着して座ると、少しどぎまぎした。特にジェットコースターなどの乗物であると、彼女のスカートが揺れ、ちらりちらと覗く生白い腿に目が行ってしまう。大輝もこういうものを見て、言い知れぬ戸惑いを感じてしまい、女子を遠ざけようとしているのだろうか。
人気のアトラクションを一通り乗り終え、小腹が空いたので遊園地のレストランで昼食と食べることにした。特別食べたいものはなかったので、僕はメニューの中で一番安いサンドイッチを注文した。遊園地の料理においしいものは少ないけれど、値段はどれも高いものばかりだ。いの一番に注文を済ませ、僕は席を取りに三人から離れた。平日なので人は少なく、なるべく綺麗なテーブルを選んで座った。少し経って佐藤と大輝が来て、対面に座った。あくまでも女子の隣に座りたくないのだろう、いったい何がそんなに嫌なのか、理解はできても少し共感し辛い。
「ミキ。なんで、羽野を連れてきたんだ、」
「なんでって、だって、一緒にまわりたいって言われたから」
「なら、断ればよかったろ」
「どうしてさ、」
断る理由などないと首を傾げると、佐藤がクスクス笑い、大輝は閉口した。その様子に、僕は何かを伝えようとしたが、言葉になる前に羽野が戻ってきた。料理を待っている間、会話をするにしても、一人違う者がいるとぎこちなくて会話が弾まない。
「ミキちゃん、」
突然愛称で呼ばれ、またどぎまぎした。
「は、あ、うん」
「ミキちゃんと大輝くんって、一年生から仲がよかったよね、」
大輝の方を見たが、彼は女子と口をきく気はないらしい。仕方なく、僕が彼女と会話をしなければならなくなった。
「家が近いから・・・」
「ふーん、でも、私と大輝くんは同じ幼稚園だったけど、ミキちゃんは見たことないよね」
「幼稚園は大輝とは別だったから」
沈黙の中で、女子と二人だけで話すのは気が引ける。そう思い、大輝を見るが目をそらされたので、佐藤に助け船を求めることにした。
「そういえば、佐藤と大輝も同じなのかな、」
「え、いや。オレも違うよ」
佐藤が会話に参加すると、なぜか羽野は僕から一切合切視線を外し、佐藤の方だけを見つめていた。心なしか、僕と話していた時よりも楽しそうだった。そんな事より、興味が僕から失せたことはありがたかったので、サンドイッチをさっさと食べ終え、同じように食べ終えた大輝と一緒に、二人を無視して次にどこを回るか地図を眺めていた。十分ほどたって、ようやく僕らの行動に気付いたのか、羽野は食べ物を口に入れたまま、「午後って、もう時間がないし、おみやげ見ましょう」と提案してきた。僕はまだ遊び足りなかったので、「時間はまだ大丈夫だよ、」とやんわり断ってみた。
「でも、ちゃんと選びたいの。佐藤君もそうでしょう」
佐藤は少し人に流されやすいところがあるので、「まあ、そうだね」と同意していた。こうなると2対1で、僕の意見は却下されるだろうと思っていた。けれど、大輝だけは「何のための遊園地だよ」と後援した。元論、彼は僕に対して助け舟を出したというより、お土産をはじめから買う気がなかったので賛成しただけだったが。
「それで、遅くなったらどうするの、」
「そんなの大丈夫だって。時間内に戻ればいいだけだろ」
そんなに大きな声で言い合えば、他のお客に迷惑になる。ただ、せっかくなので、まだ遊びたい。普段の僕なら、引き下がるところだったが、周囲の強引さに感化されていた。
「それならさ、僕らはまだ乗りたいから、佐藤たちはお土産を見たらいいよ」
利害の一致したものたちだけで行動したほうが効率的だ。羽野は、「そうね、まあ、佐藤君も一緒なら」と納得し、佐藤は肩を竦めて「そう」と同意した。僕と大輝はもう昼食を摂り終えていたので、妥協案が成立するとその足で次の乗り物へ向かった。本当なら、大輝よりもジェットコースターが平気な佐藤と一緒が良かったが、自分から提案してしまったので仕方がない。大輝なら待ってくれるのだから、一人で乗ってしまっても良いが、楽しみ合う乗り物に一人というのは、さすがに居心地が悪い。何だかんだで、ほとんどのメインアトラクションには午前中にあらかた乗れていたことなので、その辺りは妥協し、大輝に合わせて、シューティングゲームなど高低差のない乗り物を楽しんだ。