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明るい話ではありません。
作品の関係上、不適切な表現多々出ると思いますので、読まれる際はご注意ください。
連続した文章で作成したため、文章が中途半端に途切れていると思いますので、そちらもご了承願います。
恵まれている訳ではなかった。けれど、恵まれていない訳でもなかった。
僕が生まれた時、すでに家族には娘が一人いた。その娘は割方美人で、近隣の住人からは、末は女優かモデルかと囁かれていた。だが、僕は彼女を美人であると思ったことはない。また、おそらくそれはおべっかのようなものだったろう。けれど、その家族にとってまさに真実であった。あくまでも主観なので、他人から見れば彼女は本当に美人の部類に入るのかもしれない。ここしばらく、彼女の顔を見ていないので、いったいどのような造形であったのか、家族の誰に似ていたのかそれすらよく分からない。ただ、僕は幼いころ、彼女の不出来な部分を組み合わせて出来たような、劣化版だが雰囲気は似た顔立ちだと家族の連中に言われていたので、二十歳をとうに越している彼女の顔も今頃は同じようになっているのではないか。
僕は彼女とは、歳が6つばかり離れていた。
家族の中で、彼女は別格、たとえるならかぐや姫だった。利発、快活、聡明、美人、そのすべてが当たっているとは思えないが、ある程度の実力もあったので、彼女は少し天狗になっていた。僕はいつも彼女と比べられ、歩くこともままならない頃から「本当にどんくさい子」と母に嘆かれていた。今思えば、僕はけして鈍かった訳ではなく、子どもとしてまだ発達途上の段階だっただけだ。赤ん坊がいきなり会話を始めることが出来ないように、僕もほかの子どもと同じように、まだ身体が完全ではなく、歩くことが出来なかっただけだった。
大人は都合の良いことに、僕には言葉の意味が分からないと思っていた。確かに反論する知能はなかったが、母の言っている言葉の意味は伝わっていた。だが、所詮一方通行なもので、それはやはり、愚かで無知だということに変わらなかっただろうか。僕が知っているだけでは、無駄なのである。なぜなら、愚かであるというのは、自分だけで判断するものではなく、周囲の圧力から生まれるものだ。それが定説になるかわからないが、自分の経験からそう学んだ。
僕が犬よりもうまく二本脚で歩けるようになったことを喜んだのは、意志薄弱の父だった。悪人ではないが、どうにもこうにも情けのない人間で、拒否することをおよそ知らない人だった。それが悪いという訳ではない、この性格が幸いし、父は幸運にも小さな工場の一応社長令嬢に言い寄られ結婚した。その会社がつぶれない限り、彼は安定した職を得ることになった。人は顔と少しと人が良いと思われれば、ことのほかうまく運ぶもので、母に似ていない彼女も、画策せずとも同じような人生を歩めたはずだ。
ようやっと彼女とまともに会話できるようになったのは、三歳くらいだったろうか。情けないことに、僕はトイレトレーニングがうまく行かず、ところ構わず犬畜生のように汚物を排出していた。おむつというものがあって良かったが、母は僕が彼女と違って本当に何もできないといつものように嘆くばかりでなく、近所の同じ年の子どもと比べても情けないと呆れていた。ただ、その子が僕よりも体の機能が勝っているのは当然のことで、何しろ彼は4月に生まれていた。同じ「学年」というものに所属してはいたが、3月生まれの僕との差はおよそ一年になる。成長すればその程度の違いなぞ分からないだろうが、幼いころの一年は当然大きかった。考えてみてほしい、片方は生まれたばかりで、もう片方はこの世に存在すらしていない。そう、僕は彼が生まれたときこの世に存在していなかった。
「ミキちゃん、」
その頃、僕は女の子と同じに呼ばれていた。子どものころの僕は、その呼び方が嫌だという感覚はなく、周囲もそれが変だと思ってもいなかった。
「なに、ダイくん」
大輝は近所の子どもの名前で、一人っ子だった彼は、僕を子分か何かのように、いつも手を引いて近所中を歩き回っていた。はっきり言って、それを格別楽しいと思ったことはなく、しかし拒絶する言葉も知らないので、小学生にあがる少し前までそれが続いた。なぜその頃までかといえば、僕が極力外に出ることが無いように、家に閉じこもるようになったからだ。母や近所の者たちは、「子どもは外に出て遊ぶもの」だと僕を追い出そうとしたが、外に出たからと言って、公園は5歳の時に潰されマンションになっていた。道路は人が増えた所為で交通量が増し、安全で遊べる場所なんて何処にも無くなっていた。いや、それも建前で、僕が外に出なくなったのには別の理由だった。
その日、外に出かけるとすぐに大輝に声をかけられ、何時ものように彼に手を引かれ探検に付き合わされていた。彼は裏路地を通って、少し遠くに行くのだと喜々としていた。裏路地の奥には工場が並び、不景気なもので、大半は潰れるか稼働せずに存在しているだけだ。天井という天井には蜘蛛の巣が張って、まるでダンジョンのように薄暗く陰湿な空気を漂わせていた。そこに行くのは初めてではなかったので、僕らは何時ものように工場に残された機械を弄って遊んでいた。だから、そこはある意味僕らだけの秘密基地だった。
「・・・誰だっ」
突然、ドスの聞いたどなり声が工場に響いた。大輝は慌てて僕の手を引いて工場を出ようとした。けれど、僕は怖いもの見たさというか、変な好奇心というものが昔は強かった。誰でも一度は経験したことがあるのではないか、意味もなく、しかも叱られると解っているのに、障子に穴を開けたり、押してはいけない火災報知機を鳴らしてしまったり、大なり小なり、解っているがやってしまう。
僕は大輝の手を振り払い、その場から動かず、じっとそれを眺めていた。動かなくなった鉄の箱の中に居たので、気づかれることはないとふんでいた。入ってきたのは、男とそれからその男に口を塞がれた幼女で、はじめは親子だと思った。
男は幼女を床に押し付け、引き裂くように服を脱がし、写真を撮っていた
その幼女が男の欲望・理性を破裂させるだけの美しさがあったかどうかはわからないが、男は写真を撮りながら自分の服を脱いでいた。それから後は、ああ、大方の人間には、想像することが出来るだろう。もし出来ないのであれば、それは僕と同じ子供だったということだ。僕には幼女が泣き叫ぶ意味が解らなかった。それがいったい何を意味しているのかも、何故あれほど泣くことがあるのか分からない。
フラッシュが絶えなくたかれて、幼女の泣き声はそのうちに収まった。男は退屈したのか、裸の幼女を立たせて「わっ、」と大口を開けて脅かした。幼女は服を着るのも忘れて、工場内を走り回った。それが男には楽しいのだろう、写真を撮りながらゆっくりとした足取りで、幼女の後を追いかけていた。
そうして、走り回っていた幼女が、僕の傍に来た。助けを求めに来たのか、身代わりを見つけたからか、その時幼女の目が一瞬、笑ったように見えた。
唐突に幼女は僕の手を引き、箱の中から引きずり出した。必然的に、男にも僕の姿が見られてしまうが、僕には幼女のように逃げ回る理由が無かったので、そのまま男が近づくのを眺めていた。そうして、幼女は僕を見事に置き去りにし、工場から脱出することに成功したのである。
僕は、結果的に幼女の身代りになった。先ほどと同じことをされても、僕にはそれが分からず、黙って男の様子を確認していた。息が荒く、ひどい悪臭がし、夏のアスファルトの上に立っていた時と同じような熱気が襲った。触れる指は汗ばんで、僕の身体を舐めるように弄った。不思議に思うのだが、男は僕が男だということが明らかにわかっているのに、幼女と同じことをするに至ったのは何故だろう、男が男を抱いたところで、いったい何が楽しいのだろうか。抱くというのは、子孫を残すために行うことで、自分の身代りがこの世に誕生する可能性に対し、興奮するよう作用されるものではないのか。いや、それなら十分に成熟した女でなければ、その作用に意味はない。結局の所、幼女を抱く行為に必然性はないし、興奮する作用が働くのはおかしい。もしかしたら、彼らは自身の過ぎ去った時間を取り込んでしまおうとして、幼児に対しこのような行為に及んでしまうのか。幼児を取り込み、自分の純真性に昇華してしまいたいのか。
身体を触られ、写真を撮られたところで、僕は家族から愛撫されること、成長記録を撮られることとのその行為の違いが分からなかった。しかし、男の性器が体に侵入してきたときは、さすがに嫌な気分になった。行為の意味を知らずとも、痛いのだから嫌な気持ちになるのは当然だ。その時になって、ようやく逃げようと思ったが、抑え込まれているのでどうにもならない。行為のあとに、幼女と同じく立たされるのかと思っていたが、寝かされたまま首を絞められた。
死ぬという概念はあった。だが、それが自分に起こりうるものだという認識はなかった。苦しさに涙が出た、よだれが出た、汗が出た、体中の穴という穴から汚い液体が外に出た。それが男には興ざめだったのか、それとも僕が死んだと思ったのか、男の手は離れ、耳に遠ざかる足音が聞こえた。それも止み、僕は工場に一人残されていた。
僕は、その薄暗い空間の中で独りだった。独りだと思っていた。床に溢れた男の汚い液体と自身の排泄物の上に倒れたまま、時間が過ぎるのを待っていた。理由があった訳ではない、放心したか、あるいは記憶を抑圧し、その瞬間を忘れさせようと脳が体の動きを止めてまで、活性化していたのかもしれない。
「ミキちゃん、」
大輝の声がすぐ傍で聞こえた。彼は僕が何をされていたのかずっと見ていたのか、僕が心配でたった今戻ってきたのか、その違いはわからなかった。だが、ある意味彼の所為で、先ほどのことを記憶の奥に追いやることに失敗した。
彼は汚れた僕の服を持ち、裸の手を引いて工場を出て行った。何があったのか、分からなくとも、二人とも、これは誰にも言えないと共通の認識があった。だから、いつものような家ではなく、工場の傍に流れる小川で大輝は服を洗い、僕は小川を大きなお風呂に見立て、冷たい水に浸かり身体を洗い流した。身体には男の手形がくっきり残っていたが、水につかっている間に、その痕は無くなった。そうすると、本当に何もなかったようだった。僕は水遊びに誘うように、服を洗う大輝に水をかけた。大輝は少し変な顔をしていたが、子どもというのは目先のことにとらわれるもので、忘れたふりをして、僕は大輝と水を掛け合い、石を川に投げて遊んでいた。次節もあり、息は白く身体の芯まで冷え切りそうだったが、僕らは何もかも忘れて遊んでいた。しばらくすると、近所のおばさんが苦笑しながら「風邪ひいてしまうから、やめなさい」とい川から上がるように声をかけてきたので、ようやっとやめることにした。
大輝と別れて家に帰ると、服も身体も水浸しの僕を見て、母は「おもらししたのを誤魔化そうとしたのね」と叱り、すぐにシャワーを浴びるよう告げた。服はそのまま洗濯機の中に投げ込まれ、同じように僕もシャワーで母に洗われた。そうして僕は気づかれないまま、バスタオル姿でリビングのストーブで暖をとった。
「全く、お姉ちゃんとちがって、どうしてこの子は鈍くさいのかしら」
母の言葉に、テレビを見ていた彼女は肩を竦め、同意も反論もしなかった。彼女はこの家の中では自立した優等生、反対に僕は甘ったれの落第生。その構図はごく自然に生み出されているものだ。ある種、そうなるように演じている節が無かった訳ではない。本当は彼女の方も、優秀な姉ということを望まれて、そのように行動していたのかもしれない。