始業式メランコリー
「遅刻するー!!」
春休み開けの月曜日。
スカッと晴れた青空と、ピンと澄んだ空気のなか、コゲたパンをかじりながら、私は家を飛び出した。
「なんでバッハみたいな髪型になっちゃったの!?」
なんて、叫びながら。
私、小川二千花は遠山高校の二年生。
今までつけていた『一年生』の札は昨日で外して、今日から『二年生』だとしての生活が始まる。
二年生になれば、後輩ができるし、転入生が来るかもしれない。
思いっきりはしゃげるのは今年で最後だし、彼氏だって、もしかしたら。
華の高校生活の、青春の一ページが始まるのだ。
・・・・・・なのに、なんでこんなことに!?
朝起きたら髪がバッハになっていた、なんて話ではない。
まず私は昨日寝ていない。新作の乙女ゲームに夢中になっていたら、夜が明けてしまったからだ。
寝ぼけ眼のまま髪を整えていたら、いつの間にか綺麗なカールがたくさんできていた。
バッハはかつらだったらしいけど、私は地毛だ。黒いバッハ頭とはなんとおかしなことか。いや、黒じゃなくても変だけど。
始業式の日に遅刻してパンくわえて走るなんて、少女マンガによくある始まりなのに。これじゃロマンもクソもありはしない。
家から学校までに曲がり角は・・・・・・考えるんじゃなかった。
今はどうやって一日乗り切るかを考えないと。家に戻るとか、遅刻して美容院に行くなんて論外だ。いかに騒ぎを小さくするかが問題。
帽子を被る? 取り上げられるか。
引っ張ってみる? 家で粘っても無理だったのに?
開き直って堂々としてる? そんなことできない。
「血路はないの!?」
半泣きで腕時計をのぞくと、始業式まであと二分しかなかった。
「やばっ、急がないと!」
悲鳴を上げ、私は駈け出した。
と同時に火花が散った。
頭を痛みが駆け抜ける。遅れて思考がやってきた。
あ、そうか、私ぶつかったんだ。この曲がり角で。
曲がり角で!?
「いって・・・・・・」
頭に手を当てながら、ぶつかった相手は立ち上がった。
寝癖を直さないままの黒髪に、眠たそうな、でも綺麗な顔。そして、胸には遠山高校の校章。
同じ学年の子の顔は覚えたけど、この人は見たことがない。多分転校生だ。
・・・・・・て、ことは・・・・・・。
ようやく私の存在に気付いた彼は、
「いってえな、どこ見て歩いてん----」
座り込んだままの私に向かって怒鳴ろうとし、視線が髪に行き、顔をひきつらせ、言葉を失い、
「ななななんでもありません!すみませんでした!ごめんなさい!」
と叫んで、全速力で、逃げた。
「あ、いや、こちらこそ、ごめんなさい」
もう届かない謝罪も空に消え、風がゆらりと髪を揺らす。
遠くから学校のチャイムが聞こえた。
「・・・・・・家、帰るか」
私はゆるゆると立ち上がり、来た道をだらだらと歩き始めた。
青春の一ページが、今、終わりを告げた。
元ネタは友達のさくやさん(仮名)に頂きました、
「『やばい!髪がバッハみたいになっちゃった!』と言いながら、パンをくわえて走る私。」
という書き出しです。
さくやさんの想像したネタはよく私の創作の元になっているのですが、今回も彼女のネタを使わせていただきました。
元のネタの面白さを十分に生かせたか、と聞かれると、あまり自信がありません。
もっと実力を伸ばして、彼女以上の面白さを描けるようになるのが、私の当分の目標です。
この「遠山高校」は今後の短編にも登場する予定です。
ここまで読んでくださってありがとうございました。