4)欲望の対価
「ここに呼ばれた理由は無論、分かっているな?」
執務室の机の上で組まれた手は、大きく骨張ったものだった。体毛に厚く覆われた下、日焼けした肌は浮き出た無数の血管の上に細かい皺を刻み、太い指にはそれに見合う大ぶりの金色の指輪が存在を主張するように鈍い光を放っていた。祈りを放棄するかの如く机に押し付けられたその指先には見かけ以上の力がかかっていたが、それを知る者は他にはいない。何食わぬ顔の下、膨れ上がりはちきれそうになる感情―怒りなのか苛立ちなのか判然としない何かをそうやって押さえつけているかのようだった。
その手の持ち主、ミールの長・イステンの声は、いつも以上に平坦で低いものだった。
「さぁ、どうでしょう。心当たりがない、とは言いませんが、一体どれのことやら。組合の報告書の件でしょうか。それとも申請をしていた土地売買の件でしょうか」
それに対して答える声は屈託なく軽やかで滑らかに響いた。
応接用の長椅子にゆったりと腰かけた相手は、たっぷりとした衣の袖をするりと肘下に流して肩をすくめて見せた。細く整えられた口髭の下、薄く微笑をたたえた唇は艶やかですらあった。そうして滑るように紡がれる言葉は、だが、不意に止まる。
「それとも……先日お話ししていた…」
飄々とした空気を咎めるようにイステンの視線が鋭くなった。冗談を口にするつもりはないとでも言うように。
「商いの件だ」
小さな礫が水面に落ちる。端的な指摘に酒造組合に所属するオフリートは合点したように頷いた。
「ああ、例の王都からの引き合いの件ですね。上にも報告は上げていますが、醸造所での生産量は限られていますから、やはり供給量を増やすのは難しいかと。割当先は既に決まっていますし、まぁできないことはないですが、数を調整するのは中々に骨が折れることになるでしょうねぇ。それだけの旨みがこの取引にあるならば別ですが」
「そうではない。裏の話だ」
更なる低さと硬さを持って先ほどより大きい小石が凪いだ水面に落ちた。瞬時にして広がった波動にオフリートは動きを止めた。執務机の向こうからひたひたと寄せられる怒気をまとった冷気に今更ながらに気がついた。平生より厳しい顔つきをしているが、理知的な瞳は今、輪をかけて不機嫌さを明滅させていた。
「自警団から報告が来ている」
「それは…いったいどういったことでしょうか。内容をお聞きしても?」
オフリートは心当たりがないような顔をした。
「攫った子供をさばいていたそうだな?」
再び投げられた小石は水面の上を一つ二つと跳ねてオフリートの元へ届いた。
人攫いの件はここ半年ほど街の懸案事項としてミールの議題にも上がっていた。自警団の反対を押し切って騎士団にまで協力を仰いで問題解決のための号令をかけた側から、実は身内が関わっていたと知れるほど恥ずべきものはない。
人買いに攫われた騎士団長の身内を奪還する過程でもたらされた情報はミールにとって悪夢のようなものだった。そこで組合員オフリートの名が上がり、早々に関係先に捜査が入ってしまった。オフリートが所有する邸宅―通称仕込み部屋とされる場所だ―には使用人の女がいるだけで空振りに終わったが、次いで暴かれた港の倉庫ではまだ若い女と子供が保護された。
これまで通り、万が一表沙汰になっても身内からのお咎めであれば内々に済ますことができると考えているのか、オフリートが慌てた様子はなかった。
「随分な言い方ですねぇ」
心外だと言わんばかりの体で綺麗に整えられた口髭に指を滑らし摘む。
「攫っただなんて人聞きの悪い。純粋な商売ですよ。皆、金に困ってその身を差し出した子たちです。こちらは相応の金額を払っていますし、困窮した子らの世話をして体裁を整えたうえで、よりよい境遇への橋渡しを行っているのですから、慈善事業のようなものです。こちらの商いもこれまで通り組合を通してはいませんから、そちらに迷惑はかけていないはずですが……」
一体、どんな問題があるのかと言わばんばかり。罪悪感などこれっぽちもないという口ぶりにイステンは大きく息を吐いた。
これまでこの問題に目を瞑り、長い間放置してきたツケが今になって巡ってきたということだろうか。この国の掟として人身売買が禁じられているのは、ここホールムスクでも変わりはない。ただ、ここは商人の街だ。国の中央とは違う優先順位があり、異なる倫理観が生きている。長年の商習慣から儲けに繋がるならばどんなもモノも扱った。商人というのはそういうものだ。商業組合ミールが表立って手を染めることはないが、それをしなくとも裏の取引など幾らでも派生する。そこに需要と供給があり、人間の果てることない醜い欲望がある限り。この世から闇を消すことなど出来はしない。光がある限り、それが照らされる場所には必ず影ができる。あるのはその闇の濃淡だけだ。もし、光の強弱を調整できるのならば、そこで生まれる影の濃さも制御することができる。借金のかたに苦海に身を沈めるのならば、それが契約であれば、仕方のないことなのだ。完全なる無秩序を放置するのではなく、その汚濁すら、内に取り込んで緩く目が届く範囲で管理すれば良い。それが双方の利に繋がるならばよしとする商人の倫理だ。
「上納金だってこれまで以上に色を付けているじゃありませんか」
この街でモノを言うのは金だ。競売で上がる売り上げの幾ばくかはミールに還元されていた。競売を主催し参加する者の多くがミール会員であることもそうだが、不測の事態が起きた時に問題を穏便に解決するための保険のようなものでもあった。その恩恵を長も当然受けているはず。そうやって際どいことも商いとして成立させてきたのだ。
「これまでは良かった。競売の件も黙認してきた。だが、今回ばかりは……」
皆まで言わず、イステンは静かに頭を振った。
「………え、どういうことです?」
そこで初めてオフリートが動揺を見せた。
「昨日今日で急にあちこち嗅ぎ回られたのは腹立たしい限りですが、それでも今回だって別にまずいことは……足がつくようなヘマはしていないはず」
どうしてそう言い切れるのか。その自信が慢心を生み、今回の事態を引き起こしたのだということが分からないのか。危ない橋を渡るには危険を嗅ぎ分ける嗅覚が試される。今、この男の鼻は利いていない。
「普段の商いに留めておけば良いものを。欲が出たな」
自戒と皮肉を込めてイステンが言った。
そう、欲だ。理由がなんであれ、事情を抱え堕ちた人間を拾ってさばくことは、これまでと変わりない。そこで収めておけば良いものを欲を出して予定調和の線引きから逸脱したのはオフリート自身だ。それをこの男は理解しているのだろうか。
「まさか、ガサ入れで証拠でも出たんですか? あそこはピュタクの縄張り。ミールとの関係を示すものはありませんよ。今回だって女子供が見つかったというなら、表向き人攫いの件を解決したということにすればいいじゃないですか」
そうすれば騎士団相手に顔も立つ。イステンの手腕を持ってすれば、手心など幾らでも加えられるだろう。
「そういう次元の話ではない」
オフリートの提案をイステンは取り合わなかった。
「では、どういうことなんですか?」
「競売で捕らえた二人組がいただろう?」
机に置いていた組んだ手をゆっくりと持ち上げて、肘をつく形で重なった指の上に顎を乗せる。長の首は生きた銅像のようにギョロリとした眼だけが動いた。
「ああ、それはですね。一度逃げ出した“商品”がひょっこり帰って来たんですよ。今度はおまけ付きで。前回は私の顔に泥を塗られる形になりましたから、迷惑料込みで回収したんです」
それがどうかしたのかという顔にイステンの眉間に皺が寄った。
「その二人組は競売に参加していたんだろう?」
「ええ、ミシュコルツの主催です」
「素性は調べなかったのか?」
その言にオフリートは鼻で笑った。
「素性だなんて。元々売られてきた流れの旅人ですよ? ま、訳ありのようでしたが、それも含めて都合が良かったんですよ。随分羽ぶり良く現れたんで見違えはしましたが、サリドの民ですから間違えようがありません」
深い溜息がイステンの口から漏れた。無知というのは恐ろしいものだ。
「オフリート、お前が言うその“おまけ”とやらは組合の術師だ」
「おや、そうでしたか。組合の関係者は把握しているつもりでしたが、私が知らなかったということは、新入りですかね。ま、流れの術師の一人や二人、どうにでも説明はつくでしょう。あそこにはそこまでの身内意識は希薄ですからね。気にしないのでは?」
「…………そうであれば良かったんだがな。今回ばかりは、お前の読みは大外れだ」
オフリートはまだことの重大さを理解していない。そのことが腹立たしかった。
「面倒なことになったものだ」
「どういうことです?」
「騎士団まで話が届いた。いや、はっきり言う。向こうの怒りを買ったと言うべきか」
「怒り…ですか」
事の本質を理解できていないオフリートはまたもや不思議そうな顔をした。
「代替わりしたとしても王都の連中はそこまで正義感に厚いとは思いませんが」
三月前ならイステンもそう考えたかもしれない。ただ今回はただでは済まない。向こうの身内に手を出してしまったのだから。
「いずれにせよ、相応の処分を下さなければならないだろう。競売関係者もただでは済まない」
突き放すような声にオフリートはようやく今回がこれまでとは違うと気がついた。
「いやですよ……そんな……処分だなんて、冗談はよしてくださいよ。え、まさか、本気なんですか?」
猫撫で声を出してみてもオフリートに向けられるイステンの眼差しはこれまでに見たことがないくらい冷徹で厳しいものだった。
「最終的な処分は査問会で決まる。最悪の事態に備えておくといい」
―話は以上だ。
机に置かれた小さな鐘を一振りするとチリンと涼やかな音が響いた。次の間に控えていた配下の男が静かに現れてオフリートの腕を取り促した。事態が把握できていないのか、呆けたオフリートは面食らったように立ち上がる。そのまま出口へと引きずられたところ、突然、扉の前で振り返った。
「長、どうしてですか? 何がいけなかったんです? これまで散々貢いできたじゃないですか。その分をここで少しでも返してくれてもいいんじゃありませんか?」
揉み消すなどお手の物。今回もこれまで通り金で解決すればいい。そう縋ったオフリートに対し、ゆらりと立ち上がったイステンは表情を変えることなく無言のまま片手を一振りした。
「せめて、理由を…………」
配下の男は再びオフリートの肩を掴んで部屋の外に出した。重い扉はオフリートのすぐ後ろで拒絶するように閉じた。
***
「一体、何が起きているんですか?」
その翌日、商業組合ミール本部に一人の男が駆け込んだ。手には何やら書状のような紙がきつく握り締められていた。
受付の挨拶も険しい表情で素通りし、階段を駆け上がると真っ直ぐに目的の場所へと向かう。長年、もう幾度となくこの場所へ通い続けて来たが、これほどまでの苛立ちを抱えてここに足を踏み入れたことはなかった。
吹き抜けの周りを各組合の部屋がひしめく階を抜けた先、重厚な扉が重々しく並ぶその場所は階下の喧騒からは切り離されたように静まり返っていた。
その扉の一つを紙を握りしめた男の手がやや乱暴に叩く。男は中から返事を待つことなく力任せに扉を引き開けると尖った肩を一室へと滑り込ませた。
「どうした、怖い顔をして」
そこは組合の会議室として使われる一室で、中にはここの幹部連中が集まっていた。
鷹揚な問いかけには答えず、男は手にした書状を勢いよく振り上げた。
「納得いきません。こんな紙切れ一枚で取引を停止しろだなんて!」
低いざわめきの中にまるで落雷の如く鋭い声が響き渡った。日頃の伊達男の風情はどこへやら、のっしのっしと大股で歩み寄る。
「競売を禁止せよとはどういうことですか!」
男の名はミシュコルツ、武具・武器組合に属する商人で、ミール執行役員会からの直々の呼び出し状を手に幹部の一人に詰め寄った。その苛立ちを正面から受けた幹部は、ミシュコルツの細い口髭が震えるのを一瞥した後、さも興味がないという風に肩をすくめた。
「何も難しいことではない。言葉の通りだ」
ここ数日、ミール界隈は遠く鳴り響く雷鳴のように不穏な空気に揺れていた。特に広場を挟んだ向こう側にある自警団の詰所では蜂の巣を突いたような騒ぎで、ひっきりなしに特徴的な青い上着の男たちが出入りし、時に柿渋色の隊服姿が加わった。程なくして自警団からもたらされた一報にミール中枢には人知れず激震が走った。
「ええ。ほとぼりが冷めるまで…ということですよ」
ミシュコルツの手の内で握り潰された書状の残骸をちらと見て、別の幹部がおっとりと告げれば、
「一時的な措置です」
別の幹部も静かに受け合った。
「そんな、いやしかし、ほとぼりと言ったって、それではいつになるか分からないじゃないですか」
頭にかっと血が昇って勢いのままに飛び込んだものの、ヒヤリとした空気に触れて少し落ち着きを取り戻したのか、当初の怒りは熱湯の一滴が冷たい水に飲み込まれ馴染むように萎んだ。
この日、ミールでは臨時の幹部会議が緊急召集されていた。集められた役員は七人。ミールにはおよそ三十ほどの組合があるが、その業種ごと大まかに区分けされた五つのグループから推薦、持ち回り等で各組合から五人の代表者が選出され、そこにイステン、自警団長エンベル、王都との連絡・交渉役を担う渉外担当の三人が加わり、合わせて八人が執行役員として本部の舵取りを行なっていた。ミールの中で何が問題が起きた時にはまずこの幹部会で対応が協議され、決定は速やかに伝達された。
「いや、そうじゃない。こんなことは初めてです。そもそも、あれはこちらとは関係ないじゃないですか!」
管轄外で行われる秘密の競売にどうして今更組合が口を挟むのか。これまでだってそんな馬鹿げたことは一度もなかったはずだとミシュコルツは不満をあらわにした。
「そう言えればよかったのだがな」
「今回ばかりはそういうわけにはいかんのだ」
重々しい溜息が幹部たちの間から漏れた。初めは同じように知らぬふりをしていれば分からないのではという者もいたが、長のイステンがそれを許さなかった。
「それに、よく考えてみろ、まるきり無関係とは言えんだろう。現に組合員が多く参加しているし、この間の主催はミシュコルツ、お前だったんだろう?」
「ええ、まぁそうです」
主に市場を統括する組合の長の指摘にミシュコルツは曖昧に頷いた。組合員自らが主催しているのだ。幾ら表向きはミールの名を伏せていたとしても、そこには多かれ少なかれ組合の成分が浸潤している。そのことは理解していた。ただ、表の市場では出せない品物を取り扱うのが会員制競売の存在意義だ。通常の取引と違い組合員であることは一切問われないが、一元客ははねられる。参加するには会員の紹介ととある場所での審査が必要で、時を変え、場所を変え、不定期で開かれるその集まりは幻のように浮かんでは消えた。組合が知らないと言えばそれで済む話でもあった。
見えなかったはずの幻が突如として実体を持ったかのような成り行きにミシュコルツの勘がひらめいた。
「もしかして、オフリートのところに捜査が入ったという話と関係があるんですか?」
ミシュコルツにしてみれば寝耳に水のような話だった。オフリートは競売の常連でよく知る間柄だ。酒の取引を生業にしているが、裏で人材取引と言えば聞こえがいいが、要は人買いの斡旋、仲介をそれもやや特殊な方向で行なっていた。先だっての競売にも顔を出し取引を成立させていた。そこに絡んだ者がミシュコルツにとっては目玉企画の関係者、取引相手ではあったが、逃げた商品を回収したいというオフリートの事情を優先させた。競売は不成立となったが売り手も買い手も居なくなり、ミシュコルツの元には出品されたサリダルムンド由来の品と買い手側が用意した純度の高いキコウ石の詰まった袋が残された。別途オフリートからも謝礼があるやもしれないが、今回はこの二つを手数料として貰い受けることにしたのだ。サリダルムンドの品は後で自分でさばけば良い。出品者への手数料も要らなくなったので、値段はいかようにも吊り上げられる。そうほくそ笑んだ直後、宝物だという品を入れた箱の鍵がなくなっていることに気がつき愕然とした。取引に使った部屋を隅から隅まで調べたが、丸く平たい硬貨のような金属片はどこにも見つからなかった。その時、ミシュコルツの脳裏に出品者の男の顔が浮かんだ。サリドの武人だというあの男が共に捕らわれた際、もしかして鍵を手にしたのではないかとの疑念が浮かぶ。そうなったら早々にオフリートに連絡を取って、あの者たちの売り先と居場所を突き止めようとしたところ、オフリートの所有する邸宅や関係先に自警団の捜査が入ったと耳にしたのだ。ミシュコルツもこの所の懸案事項として子供の失踪事件については知っていた。だが、オフリートが扱うのは金で売られた者たちで、少なくとも攫った者をどうにかするという話は聞かなかったから、無関係だろうと踏んでいた。あのような荒っぽいことをするのはピュタクやヘェジィなど川向こうの野蛮な連中だと思っていたからだ。
オフリートにはまだ会えていない。どうにか事情を聞き出せないかと気を揉んでいた所、幹部会から一通の書状が届いた。そこにはミシュコルツがこの国で違法とされている人身売買に関わったという罪状が挙げられ、追ってミールより沙汰があるまで、取引の停止と謹慎が申し渡されていた。身に覚えのないことに驚き、それと同時にこんな大事なことを紙切れ一枚で済ますことに腹を立てたのだ。
「これは何かの間違いです。オフリートの件とは無関係です。向こうの商いに口出しはおろか、手を染めることなんてしていませんよ」
それなのにどうして自分まで謂れのない責めを受けなければならないのだ。ミシュコルツの問いかけに幹部の一人、遊技組合の長が血走った目を揉み込むようにした。
「お前の言い分も分からないでもないがな」
そこでなんとも面倒になったという目をミシュコルツへ向けた。そのまま口を閉ざした遊技組合長に変わり、王都との交渉・連絡係を担う渉外担当が言葉を継いだ。
「問題は騎士団の連中に競売のことを知られてしまったことです。まぁ、ただそれだけならばどうにでも誤魔化しは利いたんですがね。そこで人の売り買いが行われていたことまで知られてしまった。その事実をあちらは重くみているんですよ」
「………それは……また………」
騎士団という思いがけない言葉にミシュコルツは眉をひそめた。
「どうしてそんなことに? あれは余所者が知るよしもない取引です。ぽっと出の人間が入れるような場所ではありません。それにあそこでも表立って取引されるのは物品だけで、昔みたいに大っぴらに生身の人間の売り買いはしていないでしょう?」
舞台仕掛けで大々的に人を競売にかけていたのは昔の話だ。たとえ王都の連中に知られたとしても弁を弄すればどうにでも説明がつく。それに騎士団はどこからそんな情報を得たのか。証拠などあるわけがないのだ。新参者が参加するには会員の招待状に加えて、主催関係者との面談がある。そこを潜り抜けるのは無理だ。王都から派遣されてくる連中は匂いで分かるし、先だっての会場には異質な客はいなかった。
何を慌てることがあろうかと言ったミシュコルツに、だが、事情を知らされている幹部たちはなんとも言えない気分で顔を見交わせた。
「今回ばかりは我々にとって悪いことが重なったとでも言うべきか」
それまで黙っていた長のイステンが重い口を開いた。
「ミシュコルツ、お前の競売にサリド人らしき二人組がいただろう?」
「ええ、それがどうかしましたか?」
軽い頷きの後、長は事実を端的に告げた。
「そのうちの一人は組合の術師で、騎士団の関係者だと言ったら?」
「………え………」
思いもよらないことだったのか、ミシュコルツの細い目がこれでもかという程大きく見開かれた。
「まさか…そんな…はずは……」
言葉を失った間に周囲の幹部連中が外堀を埋めてゆく。
「とんだ落とし穴だったというわけだ」
「なんとも間の悪いことにオフリートが売っぱらったのは騎士団の身内だった訳だ。これ以上ない証拠をあちらさんは手に入れてる」
「ええ、こうなってはどうあがいても言い逃れは出来ませんねぇ」
「実際、向こうの怒りは相当なものです」
最後、取ってつけたようにその全てを間近で見ていた自警団長エンベルが告げた。
「そういうわけだ。オフリートには然るべき処分を言い渡すが、取引に関わったお前も無傷ではいられないだろう」
長の言葉は一言一句重く響いた。
「………そんな………馬鹿な」
声を詰まらせたミシュコルツに市場組合の長がとりなすように言葉を継いだ。
「競売の一時停止ぐらいで済めば御の字だろう? あちらの出方は今後の交渉次第だが、ことによっては相当捻じ込まれることになるやも知れん。悪いことは言わない。こちらのかたがつくまで大人しくしてるんだな」
ミシュコルツの手から握られてくしゃくしゃになった書状が滑り落ちた。空気を孕み右に左にと揺れるその軌跡をぼんやりと目で追う。紙が床に乾いた音を立てて着地した時、そこでハッとして顔を上げた。
「オフリートは今、どうしているんですか?」
幹部たちはなんとはなしに顔を見交わせた。不意に落ちた沈黙は、耐え難くひりひりとした緊迫感を生む。ミシュコルツの顔からさっと血の気が引いた。それを見た幹部の一人、港湾組合の長が揶揄うような笑みを浮かべた。
「なんて顔をしているんだ。案外気が小さいのか。伊達男が台無しだぞ。まぁ心配はいらん。オフリートは自宅で謹慎中だ。一応監視も付いている」
査問会で処分が正式に決定するまでは大人しくしているだろうと受けあった。
「……そうですか」
場合によっては自警団の留置所にでも入れられているかと思ったのだが、そこまで事態は深刻ではなかったと知り内心、安堵する。
「あの…では、オフリートと連絡を取りたいのですが可能でしょうか?」
ミシュコルツの問いかけに長が厳しい目を向けた。
「会って何をする気だ?」
「いえ、競売で預かった品に不具合が出たので、出品者のサリド人にどうにかして連絡が付かないか…その聞きたいと思ったんですが……」
長の視線が険しいものになってミシュコルツは口を噤んだ。売られたあの男は、まだこの街にいるのだろうか。
「オフリートに会うことはまかりならん。査問会までは面会禁止だ」
そしてミシュコルツにも同じように査問会までの自宅謹慎が言いつけられた。




