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Messenger Ⅱ~空際のホールムスク~  作者: kagonosuke
第六章 残火の散華
41/60

1)競売 前編

大変ご無沙汰いたしております。約一年ぶりになりますが、また更新を再開したいと思います。

これより第六章に入ります。

 赤の第一の月、第三デェシャータクの五日(25日)早朝、伝令としてやってきたゴールビ()の案内に従い、一組の主従が用意された馬車に乗り込んだ。狭い路地裏にひっそりと横付けされた飾り気のない二頭立ての馬車は、特に目立つ装飾もその所有者を表わす紋章もなく至って地味な外観であったが、中に入れば一転、内装は艶やかな光沢を放つ天鵞絨(ビロード)張りの豪華なものだった。


 柔らかなクッションを背に向かい合うようにして座った乗客は二人。進行方向を向いているのは主と思しき若い男で、その斜交いにやや年嵩の青年が従者の如く控えていた。


 二人の出で立ちは、異国色豊かな港町ホールムスクでも少し風変わりだった。それはここからは恐ろしく遠い地にある主従の故郷の伝統的な正装のようだ。


 たっぷりとした四角く直線で断った袖に膝下まである前身ごろを前で掻き合わせ、拳二つほどは幅のある広い帯を腰骨の辺りで締めている。下衣(ずぼん)も緩く布をふんだんに使ったもので、踝の部分を閉じるように紐で縛っている所為か膝下が風を孕むように膨らんでいた。足には布製の靴を履いている。

 髪は高く結い上げ頭頂部に小さな団子が重なったようになっていた。その前頭部に薄い衣をだらりとかけ、額に回した冠のような留め金で固定している。真ん中に一つ、はめ込まれた貴石が火の光りに輝き、こめかみの辺りから垂れ下がった長い装飾の鎖が揺れる度にキラキラと陽光を反射した。


「いよいよでございますね」


 長く伸ばした癖の無い黒髪を後ろで一つにまとめ結い上げた従者が、主を窺うように見た。額に嵌めた細長い冠の両端から伸びた銀色の鎖が微かな振動に揺れ、その先端に数珠なりに付いた水色の真珠(ジェームチュグ)を頬の上で震わせた。雫の形をしたそれは、乾いて凝り固まった涙のように見えなくもなかった。


「覚悟はよろしいか」


 従者と思しき側仕えの声に額の真中に青い石をはめ込んだ冠を付けた主は、徐に目を閉じ、深呼吸を一つした。そして瞼を開いた時、そこに現れた漆黒の瞳には並々ならぬ決意と覚悟の程が見えた。

「ああ」

 若者は頷くと同じ色の瞳を宿した従者を見返した。



***



 この日、リョウとユリムは、鉱石組合の長を仲立ちに紹介されたホールムスクの中でも特別な会員制の品評会及び競売に参加することになった。ユリムが故郷を出て遥々、この世界の流通の要である港町に旅をしてきた目的は、国で失われた秘宝を探し出し取り戻すためであった。その唯一の手掛かりが、この地下市場にあるに違いないとその一念で半年以上の過酷な長旅を続けてきたのだ。ホールムスク到着早々、国元より付き従ってきた同胞に裏切られ、人買いに売られた所を命からがら逃げ出し、どうなることかと思ったが、ひょんなことからミールの術師組合に所属する術師だというお人好し(リョウ)に救われて、当初の予定からは大分外れたが、ここにきてようやく軌道修正をすることができた。


 確かな情報があったわけではない。国から盗まれたのは秘宝中の秘宝で、その価値を理解した上で金に替えるにはその値打ちが分かる輩がいる場所でなくてはならない。ここに来るまでの旅すがら行き交う商人たちからそれとなく話しを聞きだしてはきたが、ユリムの故郷サリダルムンドの宝がこの辺りで一番評価されるであろう場所は、ホールムスクに違いないとの思いを強くした。


 リョウとユリムはサリダルムンドよりお忍びでやってきた貴人という設定を使った。ユリムは傍系で冷遇されていたとはいえ、元々サリダルムンドの王族だ。リョウはこの街での案内人とするにはホールムスクの知識が乏しく、顔立ちも背格好もサリドの民に良く似ていたので、ユリムの家来として振る舞った方がぼろを出さずに済むだろうという結論に至った。因みに今回の装束は、同じ術師組合の術師でお洒落に余念のないミリュイ・ツァーブが喜々として助太刀を買って出てくれて、色々と奔走してくれたおかげでもある。


 元々サリダルムンドとは縁もゆかりもないリョウにとっては、若干、ミリュイの着せ替え人形になった気がしないでもなかったが、ミリュイの凝り性な性格も幸いしてか、どこからどう見てもサリド人らしい上っ面にはなった。しかもその服装は、平安時代の貴族の直衣(のうし)のようでもあり、リョウにとっても永遠に失くしてしまった故郷に繋がっているのではないかと錯覚してしまうほど懐かしさを覚えるものだった。


 馬車を走らせて暫く、御者が馬を止めたのは川沿いにある閑静な邸宅だった。馬車止めと表玄関は、表通りからは隠れた脇道の奥にあった。

 ミールの中でも内々に開かれているというこの特別品評会は、毎回場所を変え、品物が集まり次第という不定期で開かれていた。会員になるか、然るべき伝手を頼っての紹介がなければ、参加は許されなかった。表には出せないものや足が付いたら困る品々を捌く場でもある。買い手と売り手はそれぞれ然るべき危険(リスク)を冒すことを承知の上で、この品評会でまたとない品を手に入れるのだ。

 表面上、ミールはこの地下市場には関与しない立場を取っているが、売り手も買い手もミール所属の組合員、若しくは強固な繋がりのある者である場合が殆どだ。いずれにせよ商人の町ホールムスク繁栄の裏にある表裏一体の闇の部分であった。


 地下には地下の流儀がある。術師組合の(シェフ)リサルメフからもらった木札をリョウは受付で見せた。以前、この品評会があると紹介された市場近くの隠れ家的場所で話を聞いた時に応対に出た男のように全身黒づくめの服を着た男が、慇懃な仕草で案内に立った。


「旦那さま」

 リョウはそっと緊張で顔が強張っているユリムに声をかけた。

 目当てのものがすぐに見つかるとは思わない。それこそ万に一の確率だ。たとえ今回が空振りに終わったとしても、次に繋がる有益な情報は欲しかった。

「ああ」

 だから何としてでもこの滑稽な芝居をやり通さなければならない。

 こちらを窺う従者(リョウ)の視線に分かっていると重々しく頷く。これまで自分の出自に感謝したことはなかったが、このような場所でどう振る舞えばいいかが身に着いているという点に関しては、少しは役立つこともあるかとユリムは思った。


「こちらへどうぞ。みなさまお揃いです」

 物静かな案内人の声にユリムは一歩前に踏み出した。

 ―ここは戦場だ。

 凛とした若者の立ち姿からたちまち風格が滲み出るように現れ、背後で音もなく控える従者と共に競売会場へ入る。その姿は、紛れもないサリダルムンドの貴人のそれだった。



***



「出品を待ってくれというのは、一体どういう訳です?」

 ―話が違うじゃありませんか。


 約束の刻限を過ぎても中々姿を現さない出品者の一人に大いに気を揉んでいた主は、顔を合わせるなり浴びせられた辞退の一言に顔色を変え渋面を作った。

 声を荒げることはないにしても、語気が強まり瞳に剣呑さが混じる。

「気が変わったとでも言うのですか? 今更取りやめるなんてことは出来ませんよ」

 何せ今回の目玉なのだ。この旅の男が持ってきた品を大々的に宣伝してきた競売の主催者側としては、今回の取引をこのような土壇場で取りやめには出来なかった。信用問題になる。

「まさか、他に買い手があったということではないでしょうね」


 ここの競売への参加は、余所で同時に販売交渉をしないことが出品条件だった。参加すると決めたからには、まずここで客の反応を見る。ここに集う買い手は、目の肥えた一流の商人で、酸いも甘いも噛み分けた好きモノばかり。独自の伝手と販売経路を持ち、訳ありの品を高値で捌くにはもってこいの場所だった。

 納得のいく理由がなければ料簡しないと詰め寄った主に今回の目玉の品を出品予定であった旅の男は、僅かに顔を歪めた。

「余所との交渉はしておらぬ」

 旅の男は、先日会った時と同じ、この街の主にとっては古めかしく聞こえる言葉を使った。

「では何故?」

「約定の品はこなたにある」

 そう言って旅の男は懐に下げた鞄から柔らかな布に包まれた塊を取り出し、それを主の前で解いて見せた。

「なんだ。あるじゃぁありませんか」

 前回、この男が交渉に訪れた時に見せた宝物の入った小箱が、主の前に現れた。

 それを目の当たりにしてほっとしたのも束の間、

「問題はコレよ」

 旅人は感情の読めない瞳に困惑とも取れる色を乗せて小箱に付いた錠前を指でちょんと突いた。

「鍵が開かぬのだ」

「まさか!」

 競売主催者の主の目が驚きに見開かれた。

「鍵はどうされたんです?」

 先日旅人がやってきた時、渋る男を口説き落して中身を見せてもらった。あの時、旅人は丸くて平べったい特殊な鍵を持っていた。

「仔細あって、今、鍵が手元にない。あと一両日もあれば取り戻せると思うのだが…。故に暫し時が欲しいのだ」

「鍵がなければ錠前を壊してしまえばよいではありませんか!」

 このホールムスクに腕利きの錠前屋はごまんといる。

「容易ならざること」

「なんですって?」

「これはわが国で独自に編み出された特殊な仕様ゆえ、ただこの見える部分を壊しただけでは開かぬのだ。そのほうらがいかに優秀な錠前師に頼んだとて、鍵がなければ開かぬ」

「それはまた……」

 主も思わず歯噛みをした。あの秘宝はこの目の前の小箱の中にあると言うのに、肝心の入れ物が開かぬのでは話にならない。競売は実物が提示されてこそ意味がある。

「でも、鍵のありかはご存じなのですね? 失くされたのではなくて?」

 旅人の口ぶりから一縷の望みに縋るように主は言った。

「ああ、……今は恐らくあの男の手に……」

 落ちた沈黙にギリリと旅人の奥歯が軋んだ。


 そのまま黙り込んでしまった旅人に頭を素早く回転させて打開策を練った主は、こう提案した。

「事情は分かりました。では、こうしましょう。競売にはこの箱のまま出品と致しましょう。興味のある買い手が【入れ札】を行い、後日、鍵を入手次第、改めて受け渡しをするということで」

 目玉を失い信用を無くすよりも小箱のまま出品をする方がましだ。一度食らいついた獲物は死んでも離さないという商人の魂を主は見事に発揮していた。

「よろしいですかな」

「ああ。致し方あるまい」

 現物を見せて即金にできない点は不満でもあったが、もとより旅人は己が落ち度として渋々頷いたのだった。



***



 品評会の会場は窓のない部屋だった。天井が高いため圧迫感はなく、壁の真ん中ほどに明かり取りの発光石が等間隔に見事な設えとともに飾られていて、室内をぼんやりと照らし出していた。外はまだ明るいというのにここはほの暗く橙色の光で調光されていた。時の感覚が西日のような色合いに失われてゆくようだ。


 広い室内には上等な布張りの椅子と優美な曲線を描く(テーブル)が前方の丸く突き出た舞台を緩やかに囲むように放射線状に広がりながら配置されていた。(テーブル)の上には客をもてなすための飲み物と軽食が用意されていた。


 リョウとユリムが案内されて中に入った時には、ほとんどの席が既に埋まっていた。むんとした人いきれが顔面にまとわりついた。集まった人々の囁きが低く流れるように部屋中を渦巻いている。声高に話すものはいなかったが、抑えられているはずの話し声も無数に集まり重ねられることでざわざわと肌を舐めるような独特な熱気となって満ちていた。


 参加者たちの装いは一目で上等と分かるものだった。金に糸目をつけない裕福な商人や貴族、他国からの仲買人など王都スタリーツァのサロンにも引けを取らないと思われるほど着飾った者が多かった。場所柄、女性の姿は見当たらない。出品される品は必ずしも物品だけに留まらないからだろう。ここでは人身売買も行われているようだと話に聞いていた。その会場がこの場なのか別室なのかは分からなかった。

 どこかの席で提供されている水煙草の香りだろうか、香辛料が混ざったようなほの甘い独特の匂いが煙のようにたなびいていた。


「こちらへどうぞ」

 リョウとユリムが案内されたのは、会場の真ん中よりやや前方の隅の方だった。一見の客であるのだから舞台から遠いのは仕方がない。それでもミールの口添えがあったからだろうか、出入り口近くの一番遠い場所でないだけ幸いだった。


「どうぞ」

 従者よろしくリョウはユリムを先に座らせると(テーブル)に置かれていた水差しを手に中身をグラスに注いだ。芳醇な香りが鼻先を掠める。提供される酒も一級品のようだった。

 勝手のよく分からない場所で飲み食いするのは不用心だ。ここはミールであってミールでない。二人は周囲の雰囲気に溶け込むために寛いでいる振りをした。


 隣の(テーブル)に座る男たちは饗された軽食を摘まみながら盃を傾けていた。リョウとユリムの二人を見て見慣れない新顔が現れたとでも噂しているのだろうか。時折どこからともなく値踏みをするような視線が注がれた。交わされる囁きの中にサリドの民だとか、今日の目玉とかそういう語句が切れ切れに聞こえてきていた。サリダルムンド正装に身を包んだ客人の登場に会場内では、前評判の高かった競売品の真偽のほどが話題となっていたのだが、そのような事前情報を知らないリョウとユリムの二人は、この視線の意味合いを上手く捉えあぐねていた。


 やがて部屋の照明が全て落ちた。真っ暗闇の中、小さな鐘の音が聞こえたかと思うと舞台前方の明かりが灯った。

 客席の方まで張り出したその場所に髭を蓄えた男がゆっくりと歩み出てきた。男は右手を胸元に宛がうと良く通る朗々たる声で競売の開催を告げた。


「それではお集まりの皆さま方、どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください」

 恭しい仕草で軽く目礼をするとこの品評会の主催者であろう男を照らし出していた光が弱まった。

 入れ替わるように全身黒づくめの男が最初の品を手に現れた。こうして品評会が静々と始まった。



***



 入れ替わり立ち代わり、黒い制服に身を包んだ男たちが恭しい仕草で競売にかけられる品を運んできた。舞台前方の客席側に張り出した場所で品物が保管されている箱の中から取り出され、客人に見えるように掲げられる。

 目が眩むほどに明るく照らされた発光石の光が、競売の品に注がれていた。木槌を持った支配人の掛け声(コール)と共に競りが始まる。始まりに告げられた最低限の金額は、みるみるうちに吊り上がっていった。欲しい品物があった場合、参加者は右手を掲げ買値を告げる。そして一番高い値段を付けた客が、支配人の振り上げる木槌の音によって決まり、そこで品物は落札された。


 会場は静かな熱気に包まれていた。値段を告げる掛け声、支配人の合いの手、落札者が決まった時に鳴る木槌の甲高い殴打音に招待客の拍手と密やかな熱のこもった賛辞の眼差し。新しい品物が現れる度に会場にはどよめきが走り、参加者が目の色を変えた。


 古に滅んだ国の王族が所持していたと伝わるいわくつきの宝飾品、当代きっての名工が鍛えたという剣、槍の穂先。願いが叶う壺。妖精が編んだ羽のように軽い羽衣。品物が出される時の口上がどうにも胡散臭い気がするが、それを信じる信じないは別にして、そのような変わった来歴がある品は蒐集家の心を擽った。


「では、お次は、稀代の名工と誉れ高いあのプラミィーシュレの鍛冶屋、初代レントが鍛えた一振り。どうぞとくと御覧じあれ。値は銀貨(セェレブロ)15枚から!」


 それまで競売の様子を物珍しく思いながらもどこか壁一枚隔てた所から観察していた気分であったリョウは、聞こえてきた口上のとある部分に耳をそばたてた。

 プラミィーシュレの鍛冶屋、初代レント。レントとはあのレントのことだろうか。それとも初代というくらいだからそれよりずっと前の師匠のものか。リョウが知るレントが旅立ったのは、昨年、晩秋の頃だったが、レントという名が代々受け継がれるような通り名だとは聞いたことがなかった。


「どうかしたのか?」

 不意にじっと強い視線を舞台に注いだリョウの反応にユリムがそれまでの沈黙を破った。

「いえ、懐かしい名を耳にしたものですから」

 主に使える従者の如くリョウは控えめに微笑んだ。

「あの剣が?」

「どうでしょう。私の知り合いが鍛えたものか、それとももっと年代の遡るものかは分かりませんが……」

 ただ全くの別物という可能性もある。そう揶揄するように口にしたリョウにつられるようにユリムも舞台中央へと目を向けた。

 黒服の男が抜き身を発光石に翳す。稲妻のように走った光に会場からは感嘆の息が漏れていた。舞台から離れているこの席からでは刀剣の良し悪しは分からなかった。


 リョウはたっぷりとした上着の合わせの下、隠れるように差した短剣に服の上からそっと触れた。

「そのお腰のもの(短剣)を鍛えた者もレントという名の鍛冶屋でした」

 リョウはユリムにガルーシャとレントの形見となった対の短剣のうちの一本を渡していた。

「これか?」

「はい」

 同じく上着の合わせの下、忍ばせるように佩いている短剣の場所を軽く目で示したユリムにリョウは頷いた。

「良き短剣だ」

「はい」

 リョウとユリムがそれぞれ肌身に付けた一振りに思いを馳せているうちに競売の価格はものすごい勢いで吊り上がっていった。

金貨(ゾーラタ)3枚!」

「いや5枚!」

 金貨が一枚あれば、家族が一年は優に暮らしていける。そんな途方もない金額が次々と上がっていた。

「こっちは6枚出す」

「いや8枚」

「12枚」

 豊かな髭を蓄えた強面の男の一声に会場がしんと静まり返った。

「金貨12枚、他にはいらっしゃいませんか」

 朗々と響き渡る支配人の声に観客たちの囁きがさざ波のように広がる。12枚の札を入れた男が自らの勝利にほくそ笑んだその時、冷ややかで良く通る声がした。

「15枚」

 先ほどまで余裕を見せていた男の顔が悔しさで歪む。予算を超えてしまったのだろう。

「では金貨15枚で、そちらの紳士がご落札!」

 カンと鳴り響いた木槌の音に落札者の手が下がる。リョウとユリムの席からは落札者の顔は見えなかった。


「リョウ」

 刀剣の落札が終わり徐々に高まる熱がすっと引いた時、ユリムが声を低くした。

「はい」

「あれは…それだけの価値があると思うか?」

「…分かりません」

 リョウは力なく首を横に振った。

「他人にとってはそれがガラクタのようなものでも、当事者にとっては値段のつけられないほど大事なものというものは幾らでもありますから」

 趣味の世界というものは同じ嗜好を持つ者でないと理解できないものである。

 ふとリョウはユリムの横顔を見た。

「気になるものはありましたか」

「いや」

 探しているというユリムの故郷に縁のある品はまだ出てきていないようだった。サリダルムンドの衣装に身を包んだユリムはいつもよりもずっと大人びて見えた。高く結い上げた黒髪を覆う薄布を留める額の輪、その中央にはめこまれた大きなキコウ石が青い光を頬桁の辺りに反射させていた。こめかみのあたりから伸びた銀色の鎖がちりちりと揺れる。この建物の中に入ってから暫く、当初の緊張からくる硬さは抜けたものの、ユリムの顔色はお世辞にも良いものではなかった。


「ご気分が優れませぬか?」

「いや、大事ない」

 競売はまだ始まったばかりだ。このような所で弱音を吐いたり、苛立ちを漏らすわけにはいかなかった。

 それから二人は再び沈黙を保ちながら、前評判では本日の目玉となるであろうサリダルムンドのお宝が出てくるのを待ったのだった。


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