保健室の魔女
窓の外を叩くような雨が降る。雨で始まる歌はなぜか悲しくて、雨で思い出すのはいつも保健室の白いベッドだ。
今日は保健室に行こう。ふと思いついて、おかしさが込みあげた。
もう保健室なんてないのだ。
社会人になった今、暖かい保健室なんて幻想でしかない。
私は健子だった。怠い、熱っぽいと理由をつけて保健室に入り浸っていた。
体温計が平熱のサインを出した時。
「一時間だけよ」
といってくれた先生のことを思い出す。
彼女は保健室の魔女。
憂欝が雨と一緒にやってくる。
「だから女は…」
堂島課長の嫌味が聞こえてきそうだ。
理由をつけるのは簡単で、休む口実ぐらい思いつくのは容易い。
優しく迎え入れて、冷たく突き放す。そんな保健室が今もあればいいのにと思う。
魔女は優しくなかった。三角に近い眼鏡は冷たくて、第一印象は恐かった。
治療が終わればさっさと追い出すし…。
気が付けばでも、足は保健室に向かった。一時間休めば追い出されて、なぜか頑張ってもいいとさえ思えた。
レインブルー
傘をくれたのは
雨の嫌いな
魔女
涙の跡が消えるまで
そっと優しく包んであげる
涙の跡が渇いたら
強く背中を押してあげる
保健室にあった詩集の中にそんな詩を見つけた。
何度も読まれてボロボロになった詩集。
魔女は本当は私たちと同じように、弱い人間の一人なのだと思う。
一時間くらいベッドで休んだ私は、化粧もせずに車のキーをポケットに入れた。
遅刻は確実。
「だから女は…」
堂島課長の台詞をつぶやいて、車を会社へと走りだした。